魔王
まずはカーテシーだろう。
「お初にお目にかかります。
ベネデッタ・ディ・ヴィットリオと申します。人族の侯爵令嬢でございます。
先日から森に滞在させていただき、配下の方々に便宜を図っていただいたこと、誠にありがとう存じます」
「ご丁寧な挨拶をどうも……。まずは、お座りなさい」
穏やかな口調で、とても紳士的だ。
だが、どこか一線を引くような距離を感じる。そして、観察するような目――
促されてソファに座ると白い飲み物を出された。
「乳を発酵させて甘くした飲み物だ。内臓を休め、空腹を和らげる」
ムスにも浅い器が出され、ピチャピチャと飲んでみせた。
ベネデッタの方を見上げて「木苺より甘いよ」と笑う。
恐る恐る口をつけると、甘酸っぱくとろけるようだ。思わず夢中になり、ごくごくと半分ほど飲んでしまう。
リーナにハンカチを差し出され、口の周りを慌てて押さえた。
「気に入ってもらえたなら幸いだ」
同じ飲み物を飲んでいるはずなのに、口元は綺麗なまま話している。
「さて、私はオッセルヴァと言う。皆には『主』と呼ばせているが、貴方は私の部下ではない。
人族の言う『魔王』はあまり良い意味ではないであろう? ならば、領主とでも呼んでもらおうか」
足を組んでゆったりと話す様子は、支配者に相応しい威厳があった。
「はい、では領主様と呼ばせていただきます」
ベネデッタが言うと、「うむ」とうなずいた。
「人族の軍が出てくるなど、穏やかではない。
貴方がこの森に来た経緯を教えてくれるかな」
そこで、ベネデッタは簡潔に説明をした。
聖女に選ばれ、王太子の婚約者になったこと。
継母の連れ子が聖女になり、自分は偽物と呼ばれて夜の森に捨てられたこと。
教会が迎えに来ないのは偽物と判断したからかもしれない。
今、軍が自分を捜している理由には、心当たりがない――と。
「ムスたちに助けてもらっている身で、森を騒がせてしまい、申し訳ないことでございます」
ベネデッタは頭を下げた。
「いや、聖女には人族の結界について相談したいところだったから、よいのだ。
つまり、こちらも頼みたいことがあるということだが……」
オッセルヴァは、魔族と交渉する気があるか尋ねてきた。
「お話を聞いてからでないとお答えできませんが、ご厚意を仇で返すようなことはしたくないと思います」
ベネデッタは慎重に、そう答えた。
そこにラモーゾがノックして入ってきた。鳥を布で包んで抱えている。
「遠見鏡で偵察をしてくれた鳥さんね?」
ベネデッタは立ち上がった。
「羽根をやられたべ」
「わたくし結界魔法ほど得意じゃないけれど、治癒も少しなら……」
「せっかくのお申し出だが、魔族に聖力は……」
オッセルヴァが苦笑しながら、ムスに治癒師を呼ぶように指示した。
「あ……そうですわね。失礼いたしました」
恥ずかしい。余計なことをして悪化させるところだった。
赤くなりながらソファに戻る様子を、オッセルヴァがじっと見つめていた。




