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もう戻らない令嬢の話――偽物の聖女と断罪されて、魔族に拾われました  作者: 紡里


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魔の森の中と外

「ベネの名前呼んでるねぇ」

 魔の森に来て四日目、昨日に引き続き軍人たちが森に入ろうとしている。

 しかし、進もうとして木にぶつかったり、方向が少しずつずれて戻っていったり、端から見ていると滑稽だ。


「ベネデッタ・ディ・ヴィットリオ様! どこにおられますか!」

「お助けしに参りましたぞ!」


 鳥型の魔物が首に掛けた遠見鏡で周囲を偵察してくれている。

 洞窟にその対になる鏡をラモーゾが運び込み、そこから軍人たちの様子を眺めているところだ。


 助けに来たと言われても、王太子の息がかかっていたら、何をされるかわからない。

 聞こえてくる言葉を鵜呑みにできないと、ベネデッタは警戒を強めた。



 今朝は、昨日持ってきてくれたパンケーキを少し食べた。蒸し野菜は異臭を放ち始めたので、捨てるしかなかった。


「あいつらがいだら、村に行けねぇ。

 そろそろ、風呂にも入りてぇべ」

 ラモーゾが鏡を睨みつけたあと、ベネデッタの方を見た。


 正直、すぐにでも入りたい。

 卒業パーティー用につけていた整髪料が気持ち悪い。汗と泥が、とてつもなく不快だ。


「……主様のお屋敷に行ぐか?

 魔族用の風呂は、人族にはヌルヌルして変な感じらしいけんど、そのままよりはよかんべ」


「主は、ベネの気持ちが落ち着いたらって……。無理強いしたくないって言ってたけど」

 ムスとラモーゾは相談を始めた。


「いんや。村と行き来できてたら、そうだけんど。食べ物と風呂に困ってるんだから、仕方ねぇべさ」


「……まあ、決めるのはベネだしね」

 ムスはベネデッタの顔を見た。

「魔族の偉い人の屋敷に行くかい? 僕たちの主なんだけどさ。

 食事とお風呂と……ベッドで寝られるよ」


 ベネデッタはじわじわと喜びがこみあげてくるのを抑えられなかった。

 だがムスとラモーゾの様子から、単純に喜べない何かがあるのだろうという気がする。


「一つ約束して欲しいことがある。主の屋敷の中では、光の神の名前は口にしないでほしいんだ」


「あ……無意識に言ってしまうかもしれないわ」

 当たり前に唱えていたので、言わないでいられる自信がない。



 鏡から「ギャッ」と悲鳴があがった。

 鏡の向こうで羽毛が散っている。


「鏡に気付いたのか? それとも魔物だから攻撃したのか?」

 ムスの高い声に、緊張が混じる。


「森に幻術が張ってあるから、こっち側に落ちたなら人族に捕まることはねぇべ。助けに行くだ」

 ラモーゾが駆けだした。

 あちら側に落ちたらどうするのかは、言及せずに――。



「ベネ。神の名を唱えられない術をかけていいかい? 必要なくなったら解くから。

 それで、急いで屋敷に向かおう」


 ムスに急き立てられ、術を受け入れた。

 ムスはベネデッタの膝に乗り背伸びをした。爪でベネデッタの喉の辺りに何か模様を描いていく。

 チクチクと軽く痛いような、痒いような感じがした。



 ベネデッタはワンピースにブーツで、森の中を急いだ。

 ムスが四つ足で先導する。その小さな背中を見失わないように追った。

 数日前に、ドレスにヒールで転びながら歩いたのとは大違いだ。


 小枝にぶつかるのは痛いが、なんて気持ちがいいんだろう。

 薄暗い森に、少し澱んだ空気。

 光に満ちた教会とは比べものにならない環境のはずなのに。


 ベネデッタの心は、なぜか弾んでいた。

 思い切り走るなんて、いつ以来だろうか。

 生きている気がする。


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