何もしない一日
気がついたら、日が傾いていた。
体の下には枯れ葉が敷かれ、チクチクする麻の布が掛けられている。
ぼーっとした頭で考える。
昨日、学園を卒業して婚約破棄されたんだわ。
それで追放されたこの森で魔物に助けられて、朝ご飯を食べて……いつの間にか眠ってしまったのね。
それで、夕方まで?
我ながら、寝過ぎじゃない?
はぁーとため息が出た。
わたくしって怠け者だったのね。
洞窟の外に出て、水を飲む。
寝ていたところに戻ると、堅いパンと干し肉が置いてあった。
口に入れ、もしゃもしゃとひたすら噛む。
「これは、明日の分も含まれているのかしら?」
書き置きも何もないので、状況がわからない。
そもそも魔物が文字を書くことがあるのだろうか……。
パンも肉も一切れずつ食べるだけで疲れてしまった。
日が落ちて、辺りは暗くなっていく。
魔法で光を出すこともできるが、もう寝てしまえばいいかと思った。
搾取され続け、疲れ果てた聖女は、またひたすら眠る。
途中で何度かムスが様子を見に来ているのだが、タイミングが合わなかった。
そんな些細なことが、聖女の心を不安定にさせた。
次の日も、寝て、少し食べて、寝て、日が暮れた。
だんだん、この世に一人だけという気持ちになっていく。
ムスにも見捨てられたのだろうか。
自分は役立たずだ。
誰にも必要とされていない。
そんな考えが頭をぐるぐると巡り始める。
気がつくと涙が流れている。
てちてちと小さな足音が聞こえた。
ベネデッタはガバッと上半身を起こした。
夜明けのうっすらと明るくなる中を、ムスが近づいてきた。
「起こしたか?」
手に黒い木苺を持ち、後足でちょこちょこ歩いてくる。
「昨日からよく眠ってるから、寝てたら置いておこうと思ったんだけど」
「一人きりだと思って……見捨てられたかと……」
「えええ? どうしてそう思った? 結界張る契約したじゃん」
膝の上の麻の布に、ぽとりと涙が落ちる。
「よく眠ってたから起こさなかったんだけど、声をかけとけばよかったな」
ムスがぼやいた。
「ご、ごめんなさい。わがままを言って……」
ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「ええ? 文句言ったんじゃないって。わがままじゃなくて、お互いの認識がズレてたねって話でしょ」
ムスは大きな葉っぱの上に木苺を置くと、青黒く染まった両手をペロペロと舐めてからベネデッタの膝の上に乗ってきた。
「ベネ、そうやって希望を口にしてくれた方がいい。良かれと思って違うことをしていたら、思いやりがもったいないだろ」
ムスは背伸びをして、ベネデッタの頬にペタリと手を置いた。
「……もったいない?」
「そそ。喜んでもらいたくてやってるんだから、見当違いなら教えてくれないと」
「そんなことを望んでいいの?」
「ベネばっかり犠牲になって、人の希望を叶えるんじゃ不公平でしょ。
僕はお願いはするけど、命令はしない。やりたくなかったら、ちゃんと断って」
「え……わたくしが、考えるの?」
本当に驚いた。いつも指示されて、命じられたことをするだけで精一杯だったから。
それに、まだ頭がぼんやりしていて、考えること自体が難しいかもしれない。
「そうだよ。がんばって」
ムスは膝から降りて、木苺を摘まんだ。
「でも、これは命令ね。朝ごはんは食べるべし」
むぎゅっと口に押し込まれ、甘酸っぱさにまた涙が出た。




