森に捨てに行こう
短編「もう戻らない令嬢の話 ――偽物の聖女と断罪されたので」の連載版です。
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短編を読まなくてもわかるように書きますので、ご安心ください。
森の中を罪人用の馬車が走る。
ガタガタと大きな音を立て、振動は乗っている人間の尻を痛めつけた。
人と魔の領域の境目にある森はうっそうとして気味悪く、御者を務める兵士をも震わせた。
「もう、この辺でいいんじゃねぇか」
馬で併走している兵士が、御者台の兵士に声をかけた。
「疑り深い宰相の坊ちゃんが、奥深くに咲く花を証拠に取ってこいとおっしゃるんだ。
もう少し先まで行かないと」
「そうそう。しっかり頼むよ」
パーティー用の煌びやかな服を着た少年が横柄な言葉を吐いた。彼は大司教の甥で、学生ながら司祭の地位にある。本来なら、公式の場に出るときは司祭の服を着用すべきなのだが。
ケェェーと鳥のような声が聞こえた。
湿気た森の中では、それが不気味さを演出した。
かろうじて馬車が通れる程度の、むき出しの土の道。細い木の根に乗り上げ、馬車は一瞬だが宙に浮いた。
「おわっ。気をつけてよ」
少年は御者台の兵士を叱りつけた。
兵士はムッとしたが、勝手についてきたのはそっちだろうという言葉を飲み込む。
彼が王太子の学友であり、大司教の甥であることを知っていたので。
「申し訳ありません。危険なので、馬車の中に移動されますか?」
罪人用の馬車であることを承知の上で、言ってみた。
「……気をつけてくれればいいから」
さすがに嫌味に気付いたのか、少年は大人しくなった。
少年は体をひねり、御者台の覗き窓から馬車の中をうかがった。
中には、パーティー用のドレスを着た少女がいる。
髪は乱れ、頬が赤く腫れている。ただ、泣いているだけのようだ。
「ソフィアを虐めたりするからだ。聖女の偽物め。
この中で懺悔の祈りでも捧げていたら、殊勝な心がけだと褒めてやったのに」
正義の名の下に、学園の社交パーティーで、王太子と学友たちは十七歳の少女を吊し上げた。
理想に燃える少年たちは、自らの過ちに気付かない。たとえ、本当に少女に非があったとしても、そのような方法は紳士として許されないことに。
王太子とソフィアの恋愛は美しく、それを邪魔する婚約者など魔の森に捨ててしまおう。
婚約者が、教会が認めた聖女だということなど関係ない。
少年は、来年、学園を卒業したら、すぐにただの司祭ではなく教区を任される司祭になる予定だ。叔父の引き立てで、数年すれば司教になれる。
そのときは、僕がソフィアを大聖女にするのだ。
聖女がどのように選ばれるかも知らない無知な少年は、無邪気に将来を夢見た。
馬車の中で、か弱く泣くことしかできない少女が、どう変わっていくか考えることもなく……。
教員たちは、下位貴族が店で窃盗を犯したことに対応していて、パーティーの様子を見に来る余裕がない。もちろん、それをやるように命じたのは自分たちだ。
国王も婚約者の親も口を出せないよう、今夜中に婚約者を追放してしまう。
意気地なしの大人たちも、そこまでお膳立てをすれば、ソフィアを新しい婚約者にするだろう。寂しいけれど、今は、それが最善なのだ。
王太子の学友……いや、側近と呼んでいいだろう。その一人、近衛騎士団長の嫡男が、この護送用の馬車を手配してくれた。
彼は、父親の職場に幼いころから顔を出し、いろいろなところに顔が利く。
自分たちで計画を立て、実行する。一人前の大人になったようで、誇らしい。
少年は勇気をかき立てるような言葉を考えて、自分を鼓舞した。
ちらりと、どうして魔の森に捨てることになったのか、と疑問が浮かんだ。
婚約破棄だけで充分では……。
いや、駄目だ。
それでは、この悪女は可憐なソフィアを家で虐める。
前妻の娘ベネデッタは、後妻の連れ子であるソフィアをいじめ抜いているのだから。
午後に始まったパーティー。
悪女の断罪をして、王都を出て、ようやく魔の森に入った。
もうすぐ日が傾き始める時間となり、森は不気味さを増す。少年は、震えそうな膝をさりげなく手で押さえた。
「まだ、森に入るのか」
「目印の花がまだ見当たらないんです」
「もう、いいよ! エンリコには僕から説明するから」
「わかりました。宰相のご子息には、きちんと納得してもらってくださるんですね」
兵士は手綱を引き、馬車を停めた。
兵士たちは非番で、小遣い稼ぎに王太子たちのお遊びに付き合っているだけだ。もう帰れるなら、その方がいい。




