5-1 電子戦
「シルフ、起きて。」
ヤマネコ便の仕事を終えベースへの帰路、宙域をさまよっているところやることがなくてうつらうつらしていたらリンクスから声がかかった。
「ね、寝てないぞ。」
「…まあ、いいわ。緊急事態よ。今、攻撃されてるわ。」
「攻撃? 何を言ってるかちっとも理解できないんだけど。」
攻撃なんてバイオレンスな単語を耳にしたのは何年ぶりだろうか。少なくともこの辺境では暴力事件なんて十数年に一度程度の頻度だ。それも酒場で酔っ払いが喧嘩したとかそんなこと。
宇宙船が攻撃されるとしたらこれは大ニュースだ。しかし、当事者で被害者だからとても笑えない。
「現在進行形で電子戦中よ。おそらく近くに攻撃している船舶がいるわ。各ポートにハッキングを試みられたから航行に必要なセンサーを残して全ポートを閉鎖したわ。レーダーも飽和攻撃を受けていて私の出力ではどうしようもないという状況よ。」
「マグネターとか自然現象の線は?」
「いいえ、その可能性はないわ。影響を受ける範囲にマグネターのような天体は観測されたことはないし、明かに意図を持った変調が行われているわ。」
今の時代、電子的な攻撃も立派な暴力行為。出るとこ出れば勝てるのは間違いない。とはいえ、暴力に屈するのもなんか悔しい。
「それで、どうするんだ? 降伏する?」
「光学観測のみで現状の速度での巡行は危険すぎるから減速するわ。急減速になるからしっかりつかまってて。」
リンクスは言うが早いかすでに減速を開始している。みるみる減速Gが高まり、15Gぐらいで躍度を感じなくなった。
「15G減速を1時間程度実行し敵船舶と距離を取るわ。」
リンクスは急減速による敵船のオーバーシュートを狙うつもりだ。
それにしても15Gで1時間の減速かぁ。すでに苦しいのに無茶言ってくれる。すっかり眠気もぶっ飛んだ。吐き出す物が入ってないのが不幸中の幸い。
いっそのことブラックアウトなりで気を失いたいが、うっ血防止のために座席が定期的にくるくる回って血液の循環が偏るのを防がれていてそうもいかない。
上下が入れ替わるたびに全身の毛穴がギューっと引っ張られたり押し込まれるような感じがする。
中身は耐Gスーツの加圧によりその位置を概ね維持できているが普段はクリアランスゼロの臓器間にギャップが生じる感覚が実に気持ち悪い。これ、絶対に身体に悪いよな。
まさに筆舌に尽くしがたい感覚だ。虫かごをわっしゃわっしゃされた虫の気分だ。良い子のみんなは小さな虫を虐めてはいけないよ。
減速が終わった。1時間の減速と言っていたが、時計を見ると40分ぐらいだった。体感はもっと長かった気がする。
ブラックアウト・ホワイトアウトを繰り返したようなものなので目が今でもちかちかする。
心拍数はピーク時は平常時の倍ぐらいになったけど、今では1.2倍ぐらいに戻った。
強靭なエルフの中にはこの強制的な血液循環の繰り返しを「整う」と表現する者もいるらしい。そいつはあきらかにイカれてる。
「シルフ、ご苦労様。水を飲んでいいわよ。」
シートベルトが解除されるが立ち上がれない。今が何Gなのかもわからない。スーツに備え付けられたディスプレイに表示されてるのは0.6G。いつもの加速度。それにしては体が重い。
「リンクス、歩けない。」
「それもそうね。気が付かずごめんね。」
小型のサーブロボットが水の入ったパウチを運んできた。200ml程度のパウチだが酷く重たい。なんとか両手で持ち上げぎゅっと握って一口分の水を飲んだところで目の前が真っ暗になった。
「シルフ、おはよう。」
気絶したのなんて初めての経験だった。訓練生時代は20G程度の加速度は連続2,3時間やったものだが、15G程度で根を上げてしまったのは我ながら情けない。同期や教官にばれないようにしないと。
しかし、バイタルは完全に回復した。握っていた飲みかけの水を一気に飲み干した。
「リンクス、状況は?」
「あまり芳しくないわね。順を追って説明するわ。」
減速時にオーバーシュートした敵宇宙船を光学観測したところ、敵船はグリーンリンクスより4倍程度の大きさであること。そのことからわかることは搭乗員数人以上、エンジン出力は少なくとも50倍。
電子戦においてはその出力の差が決定的だ。声の大きさに相当するからだ。小さい声は大きい声にかき消されてしまう状況と同じで、こちらの攻撃電波は相手の大出力の前ではないに等しい。
こちらが有利な点はレーダーのパッシブ性能が挙げられる。なにせ探査機だからね。
つまり相手はピンガーを打たない限りこちらを見つけることはできない。現在は相手のパッシブ探査範囲外でこちらが相手を補足できる範囲内にいて膠着状態であるとのこと。とはいえ、敵さんは容赦なくピンガーを打ち込んでこちらに迫っている。
そして芳しくない状況と言うのは帰路のための航路をふさがれてしまっていることだ。
光学観測だけでは振り切れるほどの速度は出せないし、戻るには燃料が不足している。
仮に救難信号を出したところで、最も近い船舶が救援に向かうことになっている。つまり、救難信号を出したところで敵さんが来ることになる。
特にこの辺境では100%純粋に性善説に則ったルールになっていてこういうイレギュラーは考慮されていない。
いや、考慮はされている。見捨てるという形で。それがもっとも経済的だから。
さて、どうしたものか。
「文字通りに八方ふさがりよ。おとなしく捕まるしかないわね。」
「それしかないかなぁ。」
というわけで、敵さんめがけて最短距離を航行して捕まりに行くことにした。毒を食らわば皿までだ。
あとは先ほどの攻撃は何かの間違いという一縷の望みに賭けて。




