4-2 ヤマネコ便
惑星シルフ選手権に広告を打って、シルフコーナーと呼ばれることが定着した今となっても、問い合わせは未だにゼロ件。
ジンに視聴地域を確認してもらったら、我らが辺境での視聴率はあまり芳しくなかった。
広告費と衛星の賃料を相殺しているから不労所得も減っている。
事務所を設置したのでその家賃などの固定費もばかにならない。そろそろ働かないとまずいかも。
「シルフ、ゴロゴロしてても金にならないわよ。いいかげん働かないと。」
ごもっとも。古来より働かざる者食うべからずと言い伝えられている。
もっとも、俺は文字通り久しく食べ物を口にしてない。
ここ半年は3日に一度の胃ろうによる栄養摂取だけ。
その材料は文字通りのその辺に生えてる道草だったり、街路樹の落ち葉といった有機物。
たまの贅沢はエイトシックスに冷やかしに行って出してもらう甘い紅茶。それも最近は冷やかしに行っていることがバレてるのかとんと出てこなくなってしまった。
「リンクス、俺、働くよ。」
「本当! それなら運送の仕事があるわ。さあ、行きましょう。」
「え? 今から?」
「そうよ。善は急げっていうじゃない。やる気スイッチは始めることで押されるんだから。」
有無を言わさず、リンクスは運送会社へ向けて発進した。
運送会社についた。
「こんにちは。シルフと言いますが。」
まずは挨拶だ。社会人の基本だね。
「はいはい。聞いてますよ。荷物は裏に3か所分あるからね。3年以内に配送してくださいね。細かいことはAIさんに言ってあるから。それじゃあよろしくね。」
ぱっと見た感じ、全ルートをつなげても0.5光年もない。3年あれば余裕そう。
船に戻り、配送表をリンクスに見せた。
「このルートを3年ですって。宙域内だから周りに迷惑にならない速度だとまともに回ったらギリギリじゃない。20日も余裕がないわよ。」
「運送会社の人、AIに連絡済みと言ってたよ。」
「当初に聞いていたのと違ってるわよ。でも、最初に手をあげてから時間も経っちゃったし、配送先は着手時に確定するとあったわね。それに20日マージンがあるから宙域運送法に抵触することはないわね。…もうやるしかないないのね。」
珍しくリンクスが嘆いている。働けと言ったのはリンクスだもんね。
「リンクスよ。よきに計らえ。」
最近、イヤミっぽいリンクスにすっかり意趣返しできたと思ったのは束の間。集配所に行ったら地獄が待っていた。
「おたくの配送貨物、手積みっすよ。なにせ、船がカーゴ仕様じゃないっすから。パレットごと積めればよかったんすけど、そうはいきませんからね。しめて30箱はあるっすね。ガンバ!」
ガンバじゃねえ。貧弱なエルフに手積み強要すんなって。大半の貨物は加圧不要だったので観測機器向けのスペースに積めるけど、一部の荷物は加圧がマストということで居室へ。計算されたようにギリギリだ。
やっとのことで積み終わり、配送屋と荷物の確認をしていざ出発。
リンクスはあらぬ方向へ舵を切る。
「リンクス、どっちに向かうんだ。航路から90度もずれてる。」
「シルフ、これでいいのよ。三カ所のうち一番遠いところへまっすぐ向かうんだから。」
何を言ってるんだ。そうだとしても標準航路からそれている。
「おいおい、そのルートはターマックじゃないぞ。グラベルを突っ切るというのか。」
グラベルとは物理的な障害物や分子濃度が濃い領域だ。通常使われる航路は真空に近い何もない領域でターマックと呼ばれている。その呼び名は西暦の舗装路と未舗装路に由来しているという。
グラベルを高速巡行すると水素などの分子との相対速度が大きくなり普段静止している粒子が荷電粒子化するに等しい。
「安心して。裏技を友達から教わってるから。」
裏技? 友達?
「友達というのは探査機のことよ。無人の。無人だけあって私たちと比較にならない過酷なルートを通るんだから。それで彼女たちに私にはシルフがいるからそれは無理ねって言ったら、裏技を教えてもらったの。」
「彼女たちって、船って女性なのか?」
「そうよ。古今東西、船は女性よ。そんなの常識じゃない。」
常識らしい。たしか、西暦時代には男性の大統領の名前ついた軍艦とかあったろ。
「それはそうと、裏技ってなんだ?」
「それは、実演するまでのお楽しみ。」
出発から数時間でグラベルに進入した。
現在は特に問題になるような速度は出ていない。
リンクスはおもむろに船体を進行方向に対して180度回転した。つまり、バックしている。
その回転はじつに鮮やかだった。無重力で体がすうっとゆっくり回り、慣性航行しながら180度でぴったり止めたのだ。
これは手動運転では狙ってすることは難しい。
それにしても狙ったように俺を中心にぐるっと回ったのはどう考えても慣性のかかり方がおかしい。姿勢制御スラスターによる機種の上げ下げにおけるロール軸は機体中央より後方になっている。それなのに機体前方の操縦室を中心に回転したのだから。
それにグリーンリンクス号のプラズマイオンエンジンはすこぶるコントロール性が悪い。西暦時代のクルマで例えればアクセルに凄く敏感に応答するようなエンジンだ。それ故にどんな挙動を起こすにしてもその瞬間にはどうしても後ろから押されるような挙動がでる。
それなのに気が付いたら後ろ向きに進んでいるという状況だったのだ。
「ふふん。今のすごかったでしょ。」
リンクスは得意げに言う。
「ああ、凄かった。操縦桿を握ったことのある者ならだれもが驚愕するね。」
俺は素直に称賛した。
「例の中性子星のときに猛練習させられたからね。コツはね、慣性航行した時点でほんのちょっと機首を上げておいて少しの推進力を与えることでドンツキを出さずにすむのよ。そのほんのちょっとというのだってプラズマが機体のなるべく遠いところでで生成されるようにコントロールして、衝撃が伝播しないよう気を付けたんだから。」
まさに神業。間違いなくZX-F86を世界で一番上手に扱えるのはリンクスのAIだろう。手前みそだけど断言する。この配送が終わったらエイトシックスのジンに自慢しに行こう。
「私のこと見直しちゃった? でも、まだまだ、これからもっとすごいことが起きるんだから。」
そういえばそうだ。進行方向にノズルを向けていったい何が起きるのか。それを尋ねようとしたところ、進行方向に加速Gを感じる。ほんの0.02Gというところか。
「あれ? いま、加速したよな。」
「さすがね。0.022Gで加速中よ。」
おほめに授かり恐悦至極。しかし、いったい何が起きたのか皆目見当もつかない。
進行方向にノズルを向けたら逆噴射なのだから減速しかできないはずなのに加速した。そして加速度は増している。加加速度つまり躍度がほんの僅か増加しつづけている。
「まだ加速してる。いったいどうなってるんだ?」
「ふふん。マスト航法よ。」
リンクスは自慢げに種明かしをしてくれた。種明かしといって未だに解せないが。
マスト航法とは帆船が向かい風に向かって推進するように前方のプラズマに引き合うようなイオンを放出して引力で前進する航法のこと。前方のプラズマが障害物をはじくので別名バリア航法などとも呼ばれている。
氷を砕いて航路を開く砕氷船のように、グラベルを力づくで整地する航路開拓船やグラベルにおいても高速航行が必要な探査船に備えられている。
そこまでは知ってるけど、なぜそれがグリーンリンクスでできるのかが解せない。この船にはそんな航法に対応したエンジンは備わっていないから。
「ところが、それができちゃうのよ。私には。すごいでしょ。」
いつにもましてリンクスは得意げだ。
プラズマイオンエンジンの偏向出力を細かく制御して、引力方向のベクトルを優位にするという原理らしい。
原理そのものはマスト航法用のエンジンもプラズマの電磁気力を利用したものであるわけだから、多少の効率低下はあってもうまく制御すれば可能だというのがリンクスの談である。まあ、実際にやってみせたわけだからぐうの音もでないのだけど。
「もっとほめてもいいのよ。私にはシルフにほめてもらえることが一番の燃料なんだから。」
俺は素直にリンクスを称賛して、この旅が予定よりもだいぶ早く終わりそうな気配を感じた。
結果、出発から1年も経たずに最初の配送先に着いた。早くても2年半はかかると思われていた荷物が1年未満で届いたのだから驚かれたものだ。
ただ、この星の重力は重い。0.9Gはある。ちなみに荷物を積み込んだベースは0.6Gだ。
つまり、積み込んだときよりも1.5倍重い。ただでさえ体が思うように動かないのにこれは堪える。さすがに見かねた配送先のセンターの人が荷下ろしを手伝ってくれた。
次いで残りの2拠点も半年とかからず配送し、0.5光年の配送を合計2年でベースへ帰着することができた。
さすがは元探査員だとかさんざん褒められて、それだけ早いなら今後は特急需要があったときに優先的に声がけすると言われた。
そんなわけで俺たちはヤマネコ便としてブランド化することに成功した。
ちなみに船名のグリーンリンクスはクモの名前が由来だけど、ネコの方がなんとなく合ってる気がしてね。なんでだろう。
リンクスの操船を自慢しにエイトシックスに行ったところ、大騒ぎになった。
先日披露してもらったマスト航法やその他のリンクスが編み出した数々の制御方式をエイトシックスのジンがメーカーまで情報をフィードバックしたところ、リリースから1,500年以上経っていてすでに旧式となって久しいZX-F86は改めて脚光が浴びることになったという。パテント料だとかで大金をもらってしまった。リンクスさまさまだ。
そして、衛星シルフのコースの非公式タイムアタックにおいても、リンクスをベースにした操船AI、TAKUMIがインストールされたマシンがコースレコードを大幅に更新したという。
今後はアシスタントAIとドライバーが協調してレースを行う新しいカテゴリーとしてサイバーシリーズの展開が予定されているのだとか。その興行がうまくいけば、さらなる不労所得が得られそうだ。楽しみだ。
さて、ほんの数年であるが流されて生きてみた。リンクスの言うがままヤマネコ便の仕事をしてみたものの、何か満たされない。それで思ったのはやっぱり俺は宇宙探索がしたいということがわかった。それが俺のアイデンティティなのだ。
失って初めて気が付いたが俺は宇宙探索が好きだったんだ。この執着は捨てられないのだ。
ただ、俺は学者でもないし、大した学もない。今まで探査事務局から言われた仕事をこなしていただけだった。
これからはもうちょっと勉強して自分で探査先を見つけるぐらいの気持ちも必要かもしれない。
そうはいっても100年単位の旅行を果たすには莫大な燃料費が掛かる。ちなみに俺の食費なんてのはそれからすると誤差みたいなもんだ。さあて、どうしたものか。
「シルフ、ヤマネコ便のお仕事が入ったわよ。行くわよ。」
もうしばらく流されることになりそうだ。




