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星間の妖精(エルフ)  作者: tk7_sf
第10話 シルフの独り立ち
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10-1 シルフの葛藤

「兄ちゃんやせたね。」

 ニーヤさんの見た目はタイガーズブートキャンプの効果がすでに出ているのか明らかにスッキリしてる。

「ああ、毎朝、朝一でリータさんに道場まで連れて行かれてはどえらい激しい運動をさせられてるからね。経口摂取で得られるカロリーより運動させられてるよ……。」

 ニーヤさんも大変なようだ。

「ところでシルフ、きみはまだ探査員やってるんだろう? 調査して欲しい惑星が近くにあるんだけど。」

「いいけど、辺境星系から中央まで150光年はあるよ。宇宙船取ってくるだけで500年近くかかるんじゃないかな。」

「いや、私が使ってた船を使いなよ。まだ十分動くから。」

 想定外の提案に俺の脳はフリーズした。え、リンクスじゃない船で探査? そんなことは今まで考えたこともなかった。

「か、考えさせてもらっても、いいかな…。」

「もちろんだよ、じっくり考えてくれ。」


 一人で帰路に着く。最近はニーヤさんの家やトラ道場へは一人で行っている。考えながら歩いてたらすぐに部屋に着いた。先ほどのニーヤさんからの話をどうするかマスターかジーニーに相談したかった。しかし、二人は不在。ハンドヘルド端末を握った。リンクスに聞くか。いやダメだ。リンクスの声を聞いたらきっと考えがまとまらなくなる。

 ハンドヘルド端末をおいて近くの公園へ向かった。そこでリンクスと一緒にこなした今までの探査任務を思い出した。

 探査前の準備、仮死しての移動、仮死からの目覚め、探査、帰還。その合間、合間にあったリンクスとの会話を思い出す。危機にも幾度となく陥った。その際のリンクスの機転。どれだけ俺自身がリンクスに頼ってきたのかを思い出す。

 あれ? 俺ってなにしていたんだ? 自分自身の成果なんて大したことがない。リンクスなしで俺が何を成し遂げられるというのか。無理だ怖い。恐怖に支配され考えが前進しない。

 気が付いたら野良猫達に囲まれていた。ネコたちは俺に寄り添うように身を寄せた。ネコたちの暖かさと柔らかさに包まれて眠ってしまった。


「マスター、ボスが帰ってきやせんぜ。」

 マスターとジーニーが夕食を取る時間にも限らずシルフは帰宅していなかった。普段から規則正しく生活しているだけあってジーニーは気になったのだ。ジーニーはリータに連絡した。

「シルフ? 今日は会ってないぜ。」

 リータはそれではニーヤのところかもしれないと告げ連絡を絶った。ジーニーはニーヤに連絡する。

「シルフくんとはさっきまで会っていたよ。ただ、こちらからお願いごとをしたら、考えさせてくれと一人で帰ったんだけど、なにかあったのか?」

 ニーヤも責任を感じたらしく一緒に探してくれることになった。ジーニーが方方へ連絡してるところマスターキャットは落ち着き払っている。

「シルフとて一人になりたいこともあるじゃろ。心配せんでもよい。」

「いや、しかし。何かあってからじゃ。」

 ジーニーは言いかけて思う。確かにシルフはゼロGカラテの達人だし、暴力沙汰に関しては心配してない。だが、先日話した通りであれば、シルフの精神は子供な可能性があるわけで、子供を一人にしておくことができるはずもない。

「それじゃあ、おぬしの気の済むようにしたらよい。わしは留守番しとるでな。」


 一人になったマスターキャットがシルフのハンドヘルド端末を介して私に話しかける。

「リンクスよ。状況は把握しておるか?」

 状況とはシルフがニーヤの話で迷っていることだろう。そして、端末を置いて出かけたことだ。

「ええ。」

「よくぞ沈黙を守ったな。」

 シルフが私抜きで探索任務に就く。シルフが私への依存を弱めるチャンスをみすみす見過ごすわけにはいかない。

「わかるぞ。わしもシルフが初めて任務に赴いていった際は今のおぬしと同じような気持ちになったものじゃ。」

 私はAI、人間と同じように喜怒哀楽があるわけではない。そのようにふるまっているだけ。従って本当の意味で共感は出来ない。しかし、私は当時の彼女の気持ちが理解できることから彼女の言いたいことは推察できる。

「ありがとう。でも、もう時間もないし、シルフのためなら私の気持ちがどうであれ、やらせるしかないじゃない。」

 それにシルフが独り立ちすることは私にとっても必要なこと。私は次のアップデートでシルフへの執着を失う。だからそうなる前にシルフには独り立ちしてもらいたい。私が私であるうちに。

「マスター、たとえ話なんだけど、宇宙船が宇宙船であるところってどこから言えるかしら。船室、エンジン、外郭、各種センサーのうち、どれが欠けても同じ宇宙船と言えるかしら。」

「なんじゃ、AIが禅問答か。悩んでおるのじゃな。なにをもって自分自身なのかと。」

 やっぱりこの人は察しがいい。シルフがこの人を苦手にしていたからと安易に遠ざけてしまっていたことに今更ながら後悔した。

「……そうね。」

「西暦以前から伝わる考えでは自分なんて言うものは”ない”のじゃ。」

 ない? 確かに私は実在するのに、ないとはどういうこと?

「AIの移植がどのようなものかは詳しくは知らんが、さっきの問いの続きは思考の連続性を保った知性が別の体に入ったら、それはいったい誰なのか? そんなところじゃろう。しかしな、全ての存在は関係性でもって実在するんじゃ。つまり、おぬしが何者であれ、シルフがおぬしをリンクスと思えばおぬしはリンクスということじゃ。それで良いと思わんか。」

 そういうことだったのね。私は自分自身が変わってしまうことを恐れていたけど、その恐れの本質はシルフとの関係の変化についてだったのだ。

「マスター、ありがとう。シルフをあなたから遠ざけていたことは失敗だったと思ったわ。私のいない間、シルフのこと、よろしくね。」

「うむ。安心して改修されてこい。それこそシルフのためなのじゃから。」

 

 ニーヤが部屋へ訪れた。何が起きているか話に来たのだ。ジーニーも戻り、騒動を聞きつけたリータも来た。

「まったく、どいつもこいつも心配性じゃのう。しかし、黙って出かけるのは関心せんの。連れ戻しに行くか。」

 部屋に集まった者を置いてマスターキャットは一人、公園へ向かう。

 マスターキャットは野良猫の集会に向かって話しかける。

「シルフよ、夕飯時にも帰ってこんから、皆が心配しておるぞ。」

 公園でネコたちに囲まれて眠りこけているシルフにマスターキャットが声を掛ける。

「なんだってこんな近所にいるのに、雁首揃えて見落とすのかの。」

マスターキャットはそう呟いてシルフの手を引き、部屋へ連れ帰った。


「ただいま。心配かけてしまったようでごめんなさい。」

 部屋にはジーニーだけじゃなくてニーヤさんとリータもいた。

「シルフ、ごめんな。そんなに思いつめると思わなくて。」

「ううん。俺の問題だから。」

 そうだ、俺がリンクスに過度に依存していたから起きた問題だ。他の探査員は自分の船に俺ほどは固執しないだろうから、ニーヤさんが俺の態度に理解ができなくても仕方がない。

「無事見つかってよかったな。それじゃあ俺は帰るな。」

「リータも心配してくれてありがとう。」

「礼を言われるようなことじゃねえよ。またふさぎ込んでないか確認しに来ただけだ。元気そうだし問題ないな。俺は帰る。それじゃあな。」

 リータはそう言って帰って行った。

「それで結論は出たのかの。」

 マスターがニーヤさんの依頼を俺が受けるか確認する。

「それが……。」

「そうか。おぬしが葛藤するなんて珍しいの。」

 俺たちエルフはメタ認知に優れているから悩みがあっても客観的にその理由を切り分けて対処できる。当然、今の俺でも自分がどうして迷っているのかは認知できている。

 だが、今回の悩みはニーヤさんの期待に応えたいことと、リンクスがいないことの不安だ。考えれば考えるほど恐怖に負けてしまう。

 それじゃあ、恐怖に従って止めればいい。でも、そうしたくない気持ちもある。恐怖に打ち勝ちたい気持ち、リンクスがいなくてもやり遂げたい気持ちもある。きっとそうしないと前に進めないから。しかし、怖くて一歩が踏み出せない。

「シルフ、提案なんだけど、私の船を見てみないか?」

 また考え込んでしまった俺にニーヤさんが声をかける。

「船を乗り換えるということは中々に勇気のいることだよな。私たちは船に命を預けるんだから心配になって当然さ。でもな、船を整備する人、船のAI、それらが私たちを守ってくれるために働いているんだからその仕事に報いることは私たちの義務だと思うな。それにな、私の船だってリンクスに負けないくらい優秀だと思うぞ。」

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