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星間の妖精(エルフ)  作者: tk7_sf
第2話 帰還して
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第2話 帰還して

「おう、シルフ、帰ってたのか。」

 長い航海を終えて、惑星探索事務局に報告へ行った帰り道で話しかけられた。声の主はグリーンリンクスを整備してもらっているチューニングショップ・エイトシックスの店主のジンだ。この人もエルフだ。

 一度の航海で数百年はザラだからエルフではない知り合いはほとんどいないのが実情だ。

 ジンとの付き合いは探査局からあてがわれたZX-F86を得意としているのがこの店だったので以来、お世話になっている。

「うん、先ほどね。明日にでも伺おうと思ってた。」

「そうか、労働ポイント、たんまりもらったんだろ。バッチシ点検しないとな。」

 たんまりだなんてとんでもない。現地で星の所有権を得てしまってその事務手続きやら何やらで大忙しだし、宇宙構造物の取得税で探査の収益の大半が飛んでしまった。

 幸か不幸か星の近辺の開発が進んでいないし、推定資源も乏しいから入手した衛星からの収益も見込めないということで毎年のタックスは極めて少ないのが救いだ。まあ、西暦時代で言えば、道路に面していない山の権利をもらったようなものだね。

 ただ、手続きは大変だ。やれテラフォーミングが可能かどうかの調査がされているかだの、航路上の補給エリアとして開拓するかだの、所有者として行わないといけない手続きは枚挙にいとまがない。だいたい、重力が0.2Gの衛星をテラフォーミングしても仕方ないだろうに。これだからお役所は。とはいえ、それらの書類仕事はリンクスにやってもらうのでおれはその文書に目を通して承認するだけだけど。


「そういえば、シルフ、お前、星をもらったんだって?」

「もう知ってるの?」

「そりゃあ、お前が帰還する前から手続きが始まってるんだから噂は流れてるよ。どうするんだ? 儲け話があるなら一枚かませろよ。」

 一枚って何をだよ。それにしても噂が広まるのは早い。光速よりよほど早いんじゃないか? 俺の星の価値なんてあまりないと思うけど。辺境のさらに辺境の星系のいち衛星。その近辺の観測すら滞っているし、開発の優先度はゼロに等しい。

 だから低賃金の俺が出向いたと言うのに。悲しいことに俺の労働で得られるポイントは最新AIを搭載した無人機の運用者より少ないんだから。

「お前の航路を確認したけど、航路上の障害物も皆無だし、大型船でもほとんどの区間を準光速で運行できるしな。今のうちに耕しておいたが良いと思うけどな。」

「ざっと観測した限りめぼしい資源は何もないよ。」

「資源がなければ自分で作ればいいんだよ。俺に考えがあるんだ。」

 一体、何を企んでいるんだ。俺はジンをいぶかしげな目で見つめた。

「こんなところで立ち話もなんだ。事務所で茶でも飲みながら話そうや。」


 エイトシックスの事務所にてお茶を出してもらう。

「砂糖使うだろ? 天然ものだぜ。」

 真っ赤な紅茶に角砂糖。別に真っ白な合成砂糖でも構わないが、天然ものというだけあって、少し赤みがかった三温糖だ。これは少し雑味を含んだ味がなんとも言えない。

「相変わらず、甘党だなぁ。」

 探査員には甘党が多い。宇宙では辛い物やすっぱいものなどの刺激物はご法度だから、そのため必然と甘い物好きになるか食に関心がなくなるかのいずれだ。

 それに船にいると小姑がうるさくて甘味がとれない。こういう場でしっかり摂取しないとね。

 お茶と茶菓子にがっついていると、呆れたジンが続ける。

「まあ、良いけどよ。早速本題だが……」

 本題とは、衛星の開発についてだ。結論から言えば、俺の衛星の管理宙域に宇宙船レースのコースを作り、衛星にはピットやクラブハウスを設置したいんだそうだ。ちなみにZX-F86は宇宙船レースにおいて低コストでスピードが出るので人気の機種だ。

「俺にはな、夢があるんだ。」

 ジンが突然語りだした。曰く、西暦時代のF1のようなレースを再興したいとのこと。

 ジンはそのために色々と画策していて、既にレーサー候補のエルフを集めていること。

 そして、そのうちの一人は俺だということ。探査員は耐Gテストや操船技術の訓練を受けているからだそうだ。

「いやいや、俺はレースなんてしたくないよ。」

「そう言うなって、探査員のお前にはレーサーの適性がある。」」

 適性があってもやりたいかどうかは別問題だよ。俺は他人と競い合うことが元来好きじゃないんだから。

「それに宇宙探査なんてもう既にAIの独壇場だぜ。お前だって今日の時点で最新AI様より安価だから使ってもらってるわけで、いつまでもその仕事を続けていけるかわからないんだぞ。」

 と、ジンは続けた。耳が痛い。とりあえず、持ち帰って検討することにした。


「というわけなんだ。リンクス。」

 リンクスにエイトシックスでの出来事を報告し、他にも開発案が届いていないか確認してもらう。

「開発案は今のところゼロです。情報自体は帰着1か月前から開示していますので、今日の時点でゼロ件ということは皆さんの興味を引けていないということです。遊ばせておくならエイトシックスの案を検討したほうがよろしいと思います。」

 ジンの案、本当にいいのかなぁ。リンクスがそう言うなら条件をまとめてもらって明日にでもリンクスの点検がてら話をするか。


 寝る前、エイトシックスのジンに言われたことを考えていた。

 有人探査の仕事がなくなるという話。

 そんなことジンに言われるまでもなくわかってる。

 この仕事が好きかと言えばどうだろうか。

 基本寝てるだけだし、それなのに命がけだし、実入りはその割には少ない。まあ、使う当てがないから帰ってきたら随分と貯まってるものだけど、船のメンテやら必要経費を引くとそんなに贅沢できるほどは残らない。

 それに航行中の食事は基本的に胃ろうだし。

 マイナス面ばかり考えてしまった。いかんいかん、プラス面だってあるはずだ。

 一度出発してしまえば任務達成に向けて進むだけでいいので、あれこれ考えずに済むのは楽だよな。自分の特性を活かすことができるのも良い。

 誰かが言っていたけど、好きなことよりできることが仕事に向いているという考えもある。俺はまさにそれだろう。なり手が少ないとはいえ、探査員になれるのは狭き門だ。ホモサピエンスに生まれていたらなりたくてもなれない。そういう選ばれた者のみがなれるという所も誇らしく思う。

 俺はエルフであることが最も活きる仕事が衛星探査だと信じてやまないが、ホモサピエンスの変化は激しい。次の航海から帰ってきたら本当に仕事がなくなってるかもしれない。

 そんなことを考えると少し怖くなった。宇宙では死すら恐れないのに。自分の役割が失われることには恐怖を覚える。

 スー、ハー。と一息、深呼吸をした。さっきまでの落ち込んだ考えは息とともに吐き出した。

 クヨクヨするのは俺らしくない。なるようにしかならない。仕事の一件一件を丁寧にこなして、AIに成し遂げられない功績を挙げるしかない。

 今回の件も旧式AIでは話がまとめることはできなかったじゃないか。そういう意味では俺が探査に行った価値はあったじゃないか。

 それに、それでも探査の仕事ができなくなったらそれはもう仕方がない。ダメならダメで、ジンのところでレースの手伝いをしたらいい。プランBでも未来があれば怖くない。


「おはようございます。リンクスの整備と昨日の話をお願いします。」

 エイトシックスに来店して、早速切り出した。リンクスを従業員に引き渡して、昨日の話をすることにした。

「おう、前向きに考えてくれたか?」

 昨晩リンクスにまとめてもらった各種条件を提示した。

「まあ、こんなところか。」

 ジンはぱっとみて合意の意思を示した。

「それで、お前さんはどうするんだ?」

 俺をレーサーにする件か。それは固辞した。探査員ができるうちは続けたいこと。探査員ができなくなったら整備士でもレース関係のスタッフで手伝わせてほしいということを告げた。

「ま、お前の人生だし。それでいいんじゃないか。俺のところで良ければいつでも使ってやるよ。付き合いも長いしな。」

 おそらく、ジンは俺よりもオカにいる時間が長いから、有人探査の状況が危ういことに俺より詳しいのだろう。それでそれとなく次のキャリアを示しつつ応援してくれたのだと思う。ありがたいことだ。

「ジン、ありがとう。」

「改まってなんだぁ? 別に感謝されるいわれもないし、整備費用はまけたりしねえぞ。」

 俺の感謝は伝わったのかどうかはわからない返答をもらってしまった。ま、いいけどさ。


 整備が終わったリンクスを受け取り、早速、試運転だ。

 ペイロードの大半を占める観測機器を積んでいないリンクスはいつもより軽快だ。

 手動運転で岩石群を縫うように避けてはグルグル回る。リンクスは俺の操作に即座に反応し、右へ左へ、上へ下、くるくると回る。

「レーサーかぁ。」

 そんなことをつぶやいてみた。

「シルフ、もっと丁寧に運転してください。」

 リンクスから苦情が届いたので、操縦をリンクスに返した。

 同じようなラインでもリンクスの方が動きが滑らかだ。やっぱり俺はレーサーには向いてないと思う。

「セカンドキャリア、考えないといけないのかなぁ。」

「シルフ、探査員以外のお仕事を検討しているのですか? それなら配送員などいかがでしょう。」

 独り言に反応されてしまった挙句、リンクスからも提案を受けた。

「いや、辞めないよ。出来る限りやる。フリーの探査員という選択肢だってあるんだから。先日の件で思いがけない不労所得も得られそうだしね。」

「そうですか。私はいつだってシルフがやりたいことを応援してますよ。」

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