8-1 いやだって言ってるのに
大会の日。辺境星系から遠く離れた中央星系と呼ばれる星系にミルキーウェイエクスプレスなる超光速船で連れてこられた。いわゆるワープだ。ワープはエネルギー消費が莫大なので年に数回だけ利用できる。恒星を構造物で囲ってエネルギーを回収するダイソン球で集めたエネルギーで稼働しているらしい。ちなみに費用はとんでもなく高価だが、旅費は大会が3名分負担する仕組みらしい。
ふてくされてても仕方がないので都会を楽しもう。
道行く人を観察すると男はマッチョ、女は辺境の基準ではえちえちな格好が主流なようだ。そういうの苦手。
考えてみたら俺は飯も食えないしファッションにも興味ないし、都会を楽しめる要素がなにもない。ちっとも面白くない。というか怖い。もう帰りたい。
人の多さにビビってマスターの手を握る。
「なんじゃ、借りてきたネコみたいになっとるぞ。もうネコを練っておるのか。ヤル気マンマンじゃなの。」
ち、違やい。
「あら。イエネコじゃない。」
なんかすんげえエッチなお姉さんが話しかけてきた。怖い。
「トラか。ひさしぶりじゃのぉ。」
「そうね。もしかして後ろのがあんたのところの選手なの? すでに怯え切ってるじゃない。大丈夫なの? 面白過ぎるんだけど。」
なんも言えねぇ。俺のネームバリューも中央星系に来たらないも等しい。それどころか、辺境の田舎者だ。自分のホームになんら不満はないし、愛着だってあるけど、俺の評価と関係なく他の星系の連中は辺境のことをバカにしてる。そういう差別意識が全くない辺境が恋しい。
「うう、リンクスぅ。」
「どうしたの。シルフ? え、中央星系!? どうして? あー、なるほど。」
ポケットのハンドヘルド端末が答えた。ここでは通信が可能なようだ。そしてなにやら勝手に納得したようだ。さすがはリンクス。俺のことはよくわかってくれているようだ。優秀な秘書で頼もしい。リンクスがいれば俺は頑張れると思う。
「大した用事じゃないなら話しかけないでよね。量子通信の料金はバカ高いんだから。」
無慈悲に切られた。俺には味方はいないのか。
「なんじゃ。AIにフラれたのか。しょうがないのぉ。AIの代わりにわしがあまやかしてやるかの。」
マスターが手を握り返してくれた。マスターって恐ろしい人だと思ってたけど実は優しいのかな。
開会式が終わり待合室にて。
よし。さっさとギブアップして帰ろう。
「ボス、言っておかないといけないことがあるんです。」
ジーニーが話しかけてきた。俺はもう君のボスじゃないから、ボスって呼ばないで。
「単刀直入に言うと、3位入賞しないと帰れません。」
え、何言ってるの?
「つまりですね、大会が負担してくれる旅費は片道分だけなんですよ。帰りの運賃がないので入賞して賞金もらわないと帰れないんです。もちろん、俺もマスターも。」
「は? なんだそれ? てめえなにいってんだ? ふざけんなよ。きいてねえぞ。」
一瞬で怒り100%。記憶にある限りこんなに怒ったのは人生で初じゃなかろうか。俺、怒っても言葉遣いには気を付けてるけど、言葉のとげぬきをするリソースが残らないほど怒りに支配されてる。怒ってるのは自覚できてるのに止められない。アンガーマネジメントが出来ない。それでも手が出ないのは性分だからだ。
「気持ちはよくわかります。俺たちは一蓮托生なんです。」
てめえ、絶対に許さねえぞ。頭のどこかからぶちん。と何かが切れた音がした。あー、キレ散らかすと本当に血管切れるんだな。途端に気持ちが落ち着いた。
「やだぁ、無理だよ、出来ないよぉ。もう帰る。リンクスぅ。」
俺の情緒は壊れた。
「シルフ、泣かないで。泣いても問題は解決しないわよ。あなたならできるわ。ほら、ジーニーとマスターもシルフを慰めてあげて。」
「よしよし。大丈夫じゃから。おぬしなら大丈夫じゃから泣くんじゃない。」
「そうですぜ、ボス、みんな見てますぜ。こんなことで注目されても恥ずかしいですぜ。」
ジーニーの言う通り、周りの者から奇異の目で見られてる。
俺の出番を告げにきたスタッフがドン引きしてる。
べそをかきながら入場した俺に対戦相手はおろか、ギャラリーもドン引きだ。
開始の合図とともに重力が失われた。
対戦相手がべそかき中の俺を容赦なく蹴りこむ。しかし、俺の体は意思とは別に例の風車受けからの叩き込みで対戦相手を瞬殺した。いや、殺してはいない。もちろん比喩だよ。
俺のべそは止まらない。勝ったのに泣いてる様子は異様だったのか何とも言えない雰囲気で会場は包まれた。
「なにはともあれよくやったのじゃ。」
「さっきの対戦相手、実は俺が前に通っていた道場の先輩なんすよ。結構強かったはずなのに瞬殺なんて凄すぎますぜ。」
早く帰りたい。あと2回勝てば帰れる。
「イエネコのとこの子、中々やるじゃない。」
えっちなお姉さんが話しかけてくる。俺はマスターの陰に隠れた。
「あなた、そんなに私のことが嫌いなの。大丈夫よぉ。怖くないわよぉー。」
そういってえっちなお姉さんは俺に触れようとする。
「フーッ!」
俺は威嚇した。
「あらま、試合が終わってなお、ネコが練られてるのかしら。」
「そういうわけじゃないようじゃが… わしにもわからんのじゃ。」
「そう。私はその子、嫌いじゃないのだけどねぇ。次に勝てば準決勝でうちの子が相手よ。そこまで勝ち上がってくれればね。さっきのおサルのように簡単にはいかないから覚悟しておくといいわ。それじゃあね。」
誰なんだ。あのすけべは。すげえ苦手なんだが。
「さっきも会ったがの、トラじゃ。わしとは同門じゃ。奴の門下おそらく強敵じゃぞ。」
感情のコントロールが出来なくなった俺は気が付いたら寝ていた。固い。
「起きましたか。ボス。」
まさかのジーニーの膝枕で寝てたとは。もう、涙も枯れて何も出ない。
「ずいぶんと気持ちよさそうに寝ておったぞ。」
記憶を消してくれ。おっさんの膝枕で気持ちよく寝ていたなんて事実は受け入れがたい。俺は虚無。無。この世は無なんだ。この苦しみも実在しないんだ。
次の試合に呼ばれる。まあ、泣いても笑ってもあと2回勝たないと帰れない。もし負けてしまったら数百年のあいだ節制しながら労働に従事しないと帰りの運賃を稼げない。
いや、次回の大会まで居てもいいな。次は100年後だって? そんなの嫌だ。こんな都会にいたら頭がおかしくなってしまう。
もう1ピコ秒だって早く帰りたいんだ。瞬殺して少しでも大会の進行を速めれば1フェムト秒でも早く帰れるならそうしよう。やることが明確になったらなんかヤル気が出てきた。
対戦相手はウマ道場。代表選手はとてもでかい。ゼロGカラテは明かに質量差で有利不利が決まるのだからちゃんとレギュレーションで分ろよな。怪我しちゃうじゃん。
しかし、俺は俺にできるカラテを使うだけ。それによく考えたらウマが何だか知らない。辺境にウマという生き物はいないから。多分、ネコのほうが強いだろう。ネコはかわいいからだ。「かわいいは正義」と「正義は必ず勝つ」という言葉は西暦時代から言い伝わっている真理と論理だ。
対戦が始まる。重力が弱まる。さっきから気になってるんだけど0Gにならないんだよな。0.07Gくらいの加速度がある。相手が攻めてこない。守りの型なのかもしれない。くそ、当てが外れて数秒無駄にしてしまった。来ないならこっちから行くぞ。
ネコステップで対戦相手との間を詰める。以前にマスターが見せてくれたステップだ。0Gだとできないけど、ゼロコンマ数Gでも重力があれば俺にもできる。
相手の直前で逆立ち気味に蹴りの準備。蹴りの威力を増すためにはインパクト時のスピードが必要だからだ。前進の運動エネルギーと回転でスピードを作る。腕をたたんで回転をさらに増す。フィギュアスケートのトリプルアクセルを逆立ちしてるような感じだ。発生させたモーメントを相手の胴で止めるように蹴りを打ち込む。ゼロGカポエイラだ。
完璧に相手の重心を捉えた確かな手ごたえ。手というか足だけど。我ながら見事に決まった。しかし、相手との体重差を補えるほどのスピードを得られておらず、KOできるほどの威力は出せなかった。相手は一瞬よろめくも俺は完全に空中で静止してしまっている。相手は好機到来と踵落としで俺を撃墜しようとした。
さすがに大会にエントリーするだけあって正確に重心を捉えに来る。ゴロゴロの極意で重心をずらし、踵落としの威力をモーメントに変換。即座に相手の首を両足で挟み、変則式フランケンシュタイナーがさく裂した。




