和服の怪盗
「レパール! お前、ビヨンドに手を出したのか!?」
ビヨンドが遅刻ギリギリに教室を訪れると、レパールが教師に叱られているところに出会した。
この学園では他の生徒に危害を加える行為をしてはならないと決められているのだ。
「いやぁ……。あはは……」
教師から目を逸らすレパール。
顔は汗でびしょびしょだ。
「あっ、ビヨンド! 私あなたに手を出したりなんてしてないわよね!」
ビヨンドに気が付いたレパールは、とっさに聞いた。
「先生。そいつは怪盗仲間にナイフを投げる屑です。しばいてあげてください」
ビヨンドはレパールを見捨てた。
自分にナイフを投げて大怪我をさせようとしてきたのだ。
ビヨンド以外の怪盗ですら擁護する訳がないのに、ビヨンドなんかが擁護する訳がない。
「お前は反省室行きだ! 覚悟しろ!」
「いやああぁぁ! 助けてビヨンドー!」
レパールは教師に服を掴まれながら、ジタバタと暴れている。
「……助けるわけないでしょ」
ゴミを見るような目で、教師に制服を引っ張られながら連れていかれるレパールのことを見送り、自分の席に座った。
「レパールちゃん、連れて行かれちゃったね……。大丈夫かな……?」
「あんなやつ気にしなくていいわよ」
反省室に送られた生徒は、数日間囚人のような生活を送ることになる。
貧しい食事で、過酷な強制労働をさせられる。
数日間とはいえ、十四歳のレパールにとってはつらい日々となるだろう。
あんな性格のレパールも、出てきてしばらくの間はおとなしくなると思われる。
「ところでビヨンドちゃん。腕の怪我は大丈夫……?」
「一応洗い流して包帯は巻いたけど、放課後にちゃんと見てもらうわよ。もしこのまま悪化したら嫌だもん」
「ビヨンドちゃんめんどくさがり屋だから放置しちゃうのかなって思ったけど、そうじゃなくてよかった……」
「私だってそこまでめんどくさがり屋じゃないわよ。切り落とすなんてことになったら嫌だし」
「おいお前ら。授業を始めるぞ」
レパールを閉じ込め終えた教師が教室へ戻ってきて、何事もなかったかのように今日の授業を始めた。
今日も学園生活が始まる。
放課後、ビヨンドは医務室で治療を受けていたが、医師が別の教師に呼ばれた為、一人でベッドに座って戻るのを待っていた。
すると、医務室の扉が開いた。
教師が戻って来たのかと思ったが、教師ではなかった。
赤い髪を花を模した髪飾りでまとめ、背中に一メートル以上ある刀を背負った紫色の和服の少女が部屋に入ってきた。
「あ、あなたは確か......。クレナイさん……でしたっけ?」
「あら、ビヨンドさんでしたっけ? 優秀なお方が私のことを認知してくれているなんて嬉しいですわ。......そうですわ。少しお話をしたいのですが、お隣よろしいでしょうか?」
「まぁ、いいですけど」
クレナイは、ビヨンドの隣に座った。
「レパールさんを倒して任務に成功したそうですね。おめでとうございます」
「あ、どうも」
適当に返事をするビヨンド。
「ふふ、いつか私も貴方と一戦交えてみたいものです。私、お強い方と手合わせするのが好きでして......」
「怪盗が言うセリフじゃないですよ、それ。盗むのが主な目的なんですから。私たち怪盗は」
「......それもそうですね。それでは、お怪我が開かないように気をつけてくださいね」
クレナイは笑顔を見せると立ち上がり、医務室から出ていった。
「……あの人、怪盗っぽくないなぁ」
怪盗クレナイ。
ビヨンドとは別のクラスの怪盗であり、そのクラスで一番優秀と噂されている怪盗だ。
もしかしたらレパールの時の様に一戦交えることになるかもしれない。
それと同時に、戦いたくないと思うビヨンドであった。
医務室で治療を終えた後、ビヨンドは特訓場に訪れていた。
任務がない本日は暇なため、特訓する生徒たちを眺めつつ考え事をしていた。
「お隣いいですか?」
突然声をかけられる。
クレナイだ。
「別にいいですよ」
クレナイは、ビヨンドに促されて座った。
「朝、私が言ったこと覚えてますか?」
「クレナイさんが一戦交えたいって言ってたことですか?」
「ええ、せっかく大勢人がいるんですし、皆さんの前で一戦交えませんか? みなさんに私たちの戦いを観て楽しんでもらいましょう」
「私が戦うのが嫌いだと知ってて言ってるんですか? 嫌ですよ?」
そう言い、ビヨンドは立ち上がりどこかへ行こうとした。
「逃げるんですか?」
クレナイが挑発する。
「怪盗は盗んで逃げるのが仕事ですよー。逃げるのは悪いことでも恥ずかしいことでもないでーす」
挑発に乗らずに背を向けたまま、適当に返事をする。
それを聞いたクレナイの表情が曇る。
「そうですか……。あまりこういうことはしたくなかったのですが……」
クレナイは背負った刀の柄を握る。
そして、瞬時に木刀を抜刀し、ビヨンド目掛けて振り下ろした。
ビヨンドは振り向き、刀の動きを即座に確認し、避ける。
木刀は、大きな音を立てて地面に叩きつけられた。
「危ないですよ、クレナイさん」
クレナイを睨むビヨンド。
「ふふ、このまま試合を始めさせてもらいますね」
木刀を構えるクレナイ。
「はぁ......。少しだけですよ......」
舌打ちをしながらしっかりとクレナイの方を向き、構える。
「では、参ります」
クレナイは、走りながら木刀を横に大きく振るう。
後ろにステップし、木刀を避ける。
そして、攻撃を察したビヨンドは、着地後すぐに横へ避ける。
ビヨンドの察し通り、クレナイは突いてきた。
「流石ですね」
クレナイの猛攻は続く。
当たりそうになりながらも、避け続けるビヨンド。
「息一つ切らしてないなんて、化け物みたい……」
クレナイは、一分間本気で刀を振り続けているのにも関わらず、全く呼吸が乱れていない。
まるで人間ではないようだった。
「化け物みたいな持久力してますけど、戦宝か何かのおかげですか?」
「あら、残念ですが、この持久力は私自身のものです。そんなことより、自分の心配をしたらいかがですか? 辛そうですよ、ビヨンドさん?」
クレナイは突きで顔を狙った。
このままではまずいと思い、ビヨンドは木刀を掴んだ。
木刀を引っ張り、その勢いでクレナイの足元まで滑り込む。
そして、床に手をつき、腕を伸ばした勢いで蹴り上げた。
クレナイは吹っ飛び、床に叩きつけられる。
「いっ......たた......」
「木刀なんて舐め腐ったもん使ってるからそんな目に遭うんですよ」
仰向けに倒れているクレナイに向かって悪口を言う。
腰を抑えつつ、立ち上がるクレナイ。
こんな目にあったのにも関わらず、クレナイは笑顔だった。
「殺すつもりはなく、あくまで力試しをする予定だったので、本日は木刀で試合を挑みましたが……」
クレナイは立ち上がり、木刀をしまう。
「確かに舐めていましたね。こんな木刀じゃ、貴方に太刀打ちできません」
クレナイは背を向け、立ち去ろうとする。
「お見事でした。また戦いたいものです」
「次は無いですよ。もう二度と私の前に現れないでください」
立ち去るクレナイを見つつ、そう伝えた。
「ビヨンドちゃん、クレナイさんと戦ったの!?」
次の日、噂を聞きつけたランディに絡まれた。
「私も見たかったなー。二人の戦い」
「残念だったねー。もう二度と見れないよ」
全くクレナイと再戦する気がないビヨンドは、そう返事した。
「あら、ビヨンドさん。おはようございます」
「げっ……!」
クレナイが挨拶をしてきた。
「あ、クレナイさんおはようございます! 今、二人の戦いを見たかったなぁーってお話ししてたんです!」
「……だそうですけど、また一戦交えませんか?」
「嫌です。あと二度と関わらないでください」
辛辣な返事をするビヨンド。
「私は戦わざるをえない時しか戦わない主義なんですよ。さ、行こ、ランディ」
「あ、ちょっと!」
ビヨンドは歩みを進める。
ランディはクレナイに別れの挨拶をし、ビヨンドの後を追った。
そんな二人を、クレナイはニコニコしながら手を振って見送った。
「戦わざるを得ない時なら戦ってくれるのですね……」
クレナイは少しだけにやけ、その場を後にした。