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怪盗少女 その2

 時刻が十八時を過ぎた頃。

 ビヨンドとランディは一旦準備を中断し、食事をしに食堂へ訪れていた。

 受付で料理を受け取り、席に着く。

 ビヨンドは足を組みながらパンを食べ始めた。

 それに対し、ランディは行儀良く食事を始めた。


「ビヨンドちゃん。パンだけしかもらってないけど、それで足りるの?」


「私はこれで十分」


 そう言いながら食べ続け、最後の一口を口に入れ、水で流し込む。

 そして、隣の椅子に頭を乗せて寝転んだ。


「……私、上手くやれるかな……」


 不安そうな声で呟くランディ。

 優秀なビヨンドとは違い、ランディは怪盗としての評価は低く、実践経験も乏しい。


「私がいるから大丈夫よ。安心しなさい」


 欠伸をしながらも、ランディを安心させるためにそう言った。


「もし、迷惑かけちゃったらごめんね……?」


「迷惑かけちゃったらどうしようって気にしなくていいから、早く食べちゃいなさい。この後準備の続きをするんだから」


「う、うん」


 そう言われ、食事のペースを上げる。


「むっ! うぅ、ゲホッ、ゲホッ」


 しかし、そのせいで喉に詰まったのか、大きな咳をする。

 ビヨンドは即座に起き上がり、ランディの背中をさすりつつ水が入ったコップを手に取り、ランディに渡す。

 ランディはすぐに水を受け取り、飲む。


「ごめっ、ビヨンドちゃ、ゴホッ」


「私のことは気にしなくていいから、自分のことを心配しなさい」


 しばらく水を飲んでは咳き込むのを数回繰り返すと、ランディの咳は治まった。


「ほら、口拭いて。……急かして悪かったわね。ゆっくりでいいから、しっかり食べなさい」


「うぅ……。ごめんね......」


 ランディが食事を再開する。

 ビヨンドは再び寝転がり、教師から受け取った地図を見始め、作戦を立て始めた。



 この時間にもなると、人々は家に帰り、明日に備えて休息する。

 人がまばらな街を、ビヨンドは一般人の格好をして歩いていた。

 無言でスタスタとしばらくの間歩くと、大きな屋敷の裏口にたどり着いた。


 ビヨンドは周りに人がいないことを確認すると、胸ポケットから一枚の小さな厚紙を取り出し、人差し指と中指で挟み、屋敷の庭を巡回している警備兵に向けて勢いよく投げた。

 厚紙は警備兵の眉間へと当たり、地面に落ちる。


「いってぇ……! なんだよ……」


 眉間を手で押さえながら、地面に落ちた厚紙を拾い上げる。


「よ、予告状!? た、大変だ!」


 警備兵は大声を上げ、建物の中へと入っていった。

 ビヨンドはその声を聞きながら、屋敷から離れていくのだった。



 怪盗とは、ただ盗むだけではいいというわけではない。

 事前に相手に盗むことを伝え、万全な準備をさせたうえで侵入し、宝を盗み、時には戦い、逃げる。

 準備した相手に対し、全てにおいて上回り、持ち帰ることが怪盗の美学とされているのだ。



 学園に帰って来たビヨンドは、ランディを自室に呼び、準備を再開した。

 ビヨンドは自分の衣装を見に纏い、準備を始める。


 一般的な生徒は自分専用の服は無く、学園の制服を着て盗みに行くのだが、ビヨンドは違う。

 ビヨンドは成績優秀で任務頻度も成功率も高く、授業料分の宝を学園に渡し終えたらほとんどは換金してしまうため、お金に余裕がある。

 そのため、学園内の仕立屋に指示をし、作らせた特注品の衣服でいつも任務を行っているのだ。

 着替え終わったビヨンドは、教師から渡された地図を見ながら、ベッドで寝っ転がる。


「ビヨンドちゃん。準備とかはしなくていいの?」


「前の任務で道具とか使わなかったから余ってるのよ。だからしなくて大丈夫」


 地図から目線を逸らさずに返事をする。


「うーん、ここが目立たなさそうだから一旦ここまで行くとして、そこで警備の確認を……」


 一人でぶつぶつ言いながら作戦を考えるビヨンド。

 その間、ランディは何を持っていくかを考えながら黙々と準備をしていた。


 盗んだ後は敵を振り切り逃げなければならないため、多くの荷物を持っていくのは得策ではない。

 そのため、ある程度荷物を選別しなければならないのだ。

 今回は、ビヨンドがある程度準備するものを指示し、それに加えて必要そうなものをランディ自身に選ばせている。


「終わったよ!」


 胸の下あたりをポンポン叩きながらビヨンドに知らせるランディ。

 この学園から支給される制服は、怪盗の任務を行いやすくするために、内側には何かしらを仕込むためのポケットが大量に用意されている。

 そこに武器を大量に仕込む者もいれば、自分の身を守るために鉄板などを仕込む者もいる。

 ランディは胸や腹の周辺などの攻撃を受けたら致命傷になりがちな部分に鉄板を仕込み、それ以外のポケットに煙玉や吹き矢などの逃走や支援のための道具を入れた。


「ちゃんと仕込んでるわね」


 ビヨンドは起き上がり、拳でランディの胸のあたりを叩き、確認をする。


「よし、じゃあそろそろ行きますか」


 ビヨンドは起き上がると、自身の戦宝である疾風の靴を履く。


「......ランディ、どうしたの?」


 ランディがじっと見つめてくることに気が付いたビヨンドが聞く。


「私も戦宝欲しいなーって思って......。そうすれば、もっと活躍できるのになーって......」


「......じゃあこれいる?」


 ビヨンドは靴を脱ごうとする。

 しかし、ランディはそれを制止する。


「いや、疾風の靴はビヨンドちゃんのものだから! それに、私が履いても、使いこなせそうな気がしないし......」


 そう言われたビヨンドは、再び靴を履く。


「そのうち自分に合う戦宝が見つかるといいわね」


「ちなみに、私に似合う戦宝ってなんだと思う?」


「......見た相手の呼吸ができなくなる眼鏡とか?」


「そ、そんな野蛮なの嫌だよぉ!」


「ふふ、冗談よ」


 軽く笑うビヨンド。


「ランディはおっちょこちょいだから、自分が動くよりも、相手を動かすような力がある戦宝がいいんじゃない? まぁとりあえず、戦宝を手に入れるまでに死なないように頑張らないとね」


「......うん! 頑張るよ、私!」


「それじゃ、今度こそ行こう」


 ビヨンドはテーブルの上に置いていたウエストポーチを取り付け、部屋の扉を開け、部屋を出る。

 それに続き、ランディも部屋を出た。



 学園の出口に向かい、二人で廊下を歩く。

 壁に篝火があるが、間隔が広く、廊下は薄暗かった。


「ねぇビヨンドちゃん。前から気になってたんだけど、なんでビヨンドちゃんは怪盗になったの?」


「......昔、怪盗にスカウトされたのよ」


「え!? 本当!?」


 怪盗とは正体を隠し、宝を盗んではすぐに逃げるのが一般的だ。

 そのため、怪盗との繋がりが無い限り、スカウトされるということは滅多にないのだ。


「昔、私の故郷に海賊が襲撃してきて、危なかったところを怪盗が助けてくれたのよ。名前はわからなかったけど、この学園の地図が書かれた紙を渡してきたのよ」


「すごーい! スカウトされたってことは、ビヨンドちゃんはその時から強かったの?」


「そんなわけないじゃない。だから、スカウトされた理由は謎よ。それで、その怪盗に憧れて、この学校に入ったの。そして、その人をも凌駕する怪盗になりたいと思ったのよ。自分が目を付けた人間が成長したら嬉しいじゃない? だから、立派になることが私なりの恩返しになると思ってね」


「ビヨンドちゃんならなれるよ! 優秀だもん!」


「だといいわね。それより......」


 ビヨンドはランディを見る。


「それより?」


「ランディはなんで怪盗になったのよ」


「私は怪盗になれば、行方不明になったお姉ちゃんの情報を集められるかなって思って......」


「......そう」


「でも、どうしたら怪盗としてうまくやっていけるかなんてわからないでしょ? そしたら、家のポストに案内状が届いてたの!」


 ビヨンドは少しだけ驚いた。


「なんだ。ランディもスカウトじゃない。なんでおっちょこちょいなのにスカウトされたのよ」


「えーわかんないよー。でも、そのおかげで、私もこの学校に入れたんだー」


 二人がどうして怪盗になり、怪盗になってどうしたいかを話していると、学園の出口にたどり着く。


「ランディ、お話はここまで。......気を引き締めていくわよ」


「うん! 頑張ろうね!」


 二人は学園の扉を開ける。

 二人の任務が始まるのであった。



 深夜一時、エーヴェル家付近。


 予告状を出してあるため、深夜でも警備は厳重だ。

 予告状を出さない方がいいのではないかと思うかもしれないが、相手に事前に知らせ、あえて不利になった上で盗めてこそ怪盗を名乗れるのだ。

 ただ盗むのだけなのは、怪盗のプライドが許さないのだ。


 警備が厳重なエーヴェル家から少し離れた建物の屋根に伏せた姿勢で様子を確認する二人。


「当たり前だけど、正門側は厳重……。裏門側も……かなり人が多い。となると、誘導して引き離すか……」


 ビヨンドは一人で喋りながら双眼鏡で観察していた。

 ランディはそんなビヨンドのことをつまらなさそうな態度を一切見せず、真面目に観察していた。


 ビヨンドとランディから離れた建物に、さらに人影。

 打ち靡く長い金髪の衣装の少女。


 レパールだ。

 レパールはビヨンドたちとエーヴェル家を交互に見ていた。


「ビヨンドはまだ進入経路を考えている途中......。出し抜くなら今……!」


 レパールは建物から降りて正門付近へと駆け足で向かう。

 正門付近にたどり着くと、建物の壁から正門を観察する。


「ふふふ……」


 レパールはポケットから爆竹を取り出す。

 爆竹に火をつけ、それを近くに投げる。


 しばらくすると、爆竹は爆発した。

 それにより、警備兵たちは驚き、一斉にレパールの元へとやってくるだろう。

 警備兵を誘き寄せてその隙に侵入するつもりだ。


 普通だったら、警備兵たちも罠だと察するだろう。

 しかし、ここ最近怪盗を全く捕まえることができず苛立っている警備兵たちに、正常な判断はできなかった。

 それを知っていたため、レパードは誘導作戦を採用した。


 ビヨンドの元にも爆発音が聞こえてきた。

 ランディは驚いていたが、ビヨンドは即座に察した。


「今回も楽勝だと思ってたけど、邪魔が入ったわね......。私たちも行くわよ、ランディ」


 ランディの手を引き、二人は屋根から降り、正面へと走っていった。

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