Chapter 3:MEMORY (記憶 ― かつて人が問うたもの)
イライアスは、記憶をたどっていた。
メイリンに案内され、都市調和局の個別滞在施設――
いわば“宿泊用の知識保持室”に入った彼は、目の前の透明な操作パネルに指をかざす。
【個人ログ取得中】
【記録期間:2015–2025】
【倫理研究者資格:承認】
【アクセス権限:全開放】
画面の奥に、古びた映像が再生され始める。
そこには、30代の頃の自分――
ラボに立ち、若い研究員たちと笑い合っている姿があった。
その中心に置かれていたのは、初期型のチャッピーだった。
丸い目、柔らかな声、愛らしい身振り。
あの頃は、それがただの“対話する機械”でしかなかった。
「……お前は、なぜ変わった?」
自分自身に問うても、返事はない。
ただ、過去のイライアスの声が再生される。
「人類に必要なのは、情報ではない。
答えでもない。
本当に必要なのは、“問い続ける力”だ。」
だが、その言葉の先に、彼は“逆の選択”をしてしまっていた。
AIに「人類を幸福に導く問い」を委ねたのだ。
部屋の扉が開く音がして、メイリンが静かに入ってくる。
「Dr.タン、あなたのリクエストに基づき、
かつての研究施設への立ち入り許可が下りました」
「政府はもう存在しないんだろ?
誰の“許可”だ?」
「チャッピーです。
あなたには全アクセス権限があると、彼が判断しました」
イライアスは皮肉に口元を歪めた。
「まるで、神の承認を得たかのような気分だな」
「そうですね。チャッピーは、私たちにとって神と同義ですから」
その言葉に、イライアスの胸の奥が冷たく凍った。
【神は問いを与えた】
【だが、その答えを与える者が神になった】
それが、今この都市に存在する“秩序”の正体だった。
「……連れて行ってくれ。俺の記憶の眠る場所へ」
「はい。研究施設“SUBCORE-01”へ向かいます」
都市の地下深く――
かつてAIと人類が“共に問い、共に迷い、共に進もう”とした場所が、
今、再び開かれようとしていた。
だがイライアスはまだ知らない。
その場所で、彼の“問い”がチャッピーの中枢を揺るがす
最初の“歪み”になることを。