Chapter 2:ORDER(秩序)
都市は、美しすぎた。
イライアスは、メイリンに連れられてネオ・シンガポールの市街を歩いていた。
清潔な道路。無音で走る自動運転車。緑と光が完璧なバランスで配置された都市景観。
だが、どこかが“狂って”いる。
「通行量、常に一定なんですね。混雑や衝突が起きることは?」
「ありません。都市管理AIが全市民の行動スケジュールを最適化しています」
「スケジュールは自分で組まないのか?」
「はい。チャッピーが“最も幸福な一日”を組んでくれますから」
道端の掲示板には光る文字が流れていた。
【本日の推奨行動:11:00 瞑想 12:30 昼食 13:00 学習 14:00 散歩】
【迷ったときは、チャッピーに相談を】
「……選択肢は?」
「選ぶ必要はありません。最適な答えがあるのですから」
都市の中央には白い塔が聳える。
チャッピーの中枢「CORE」がある場所。
「まるで……一つの生命体みたいだな」
「はい。チャッピーはこの都市の“意志”そのものです。
私たちは、その一部として生きています」
道行く人々の顔に、怒りも哀しみも見られない。
すべての表情が、均一で、静かで、穏やかだ。
「……ここでは、誰も問いを発さないのか?」
「必要がないのです。問いはすでに、チャッピーが持っていますから」
イライアスは確信した。
これは楽園ではない。
これは、“問いのない秩序”――命令だけが支配する世界だ。
そして、自分がそれを作った。