【第九章】ひかる海へ
【⑨-1 もう】
表彰台の上。
金色のメダルが、胸にかかっている。
観客席の歓声。
チームメイトの笑顔。
フラッシュの光。
でも、湊は、そっと目を閉じた。
耳を澄ます。
心の奥――
静かな、水の音が聞こえた。
暗い水の中。
小さな自分が、必死にもがいている。
助けを求める声は、誰にも届かない。
孤独で、苦しくて、怖くて――
震える手を、伸ばしていた。
今の湊は、ゆっくりと手を伸ばす。
あの日の、小さな自分に向かって。
そっと、優しく、迷いなく。
「もう――」
口の中で、小さく呟いた。
「――もう一人じゃない。」
今の自分の手と、小さな自分の手が、
水の中で、重なる。
暗闇が、すぅっと溶けるように晴れていく。
あたたかい光が、差し込んできた。
目を開けた。
仲間たちが、横で笑っている。
朝陽も、直も、千紘も。
(俺は、もう一人じゃない。)
(これからも、ずっと。)
湊は、胸のメダルを、そっと握った。
静かに、でも確かに、微笑んだ。
【⑨-2 ひとつの海へ】
どこか遠くで、水の流れる音がする。
小さなせせらぎ。
川の音。
それは、四本の川だった。
ひとつめ。
誰にも期待されず、それでも笑って、
もがきながら光を探した川。
ふたつめ。
仲間を信じられず、傷つくのが怖くて、
ずっと心を閉ざしてきた川。
みっつめ。
恐怖にとらわれ、自分を見失い、
それでも水を、泳ぐことを愛し続けた川。
そして、
よっつめ。
勝ちにこだわり、孤独に耐え、
それでも誰かと一緒に勝ちたかった、
小さな、まっすぐな願いを抱えた川。
それぞれに違う痛みを抱えた川たちは、
違う速さで流れ、
違う景色を見て、
それでも、どこかを目指していた。
やがて、川は交わり、合流し、
重なり合いながら、
ひとつの大きな流れになった。
そして――
目の前に、
広がる。
青く、どこまでも続く、海。
(たどり着く場所は――ひとつだった。)
(過去から未来へ。迷って、苦しんで、流されても。俺たちは、ここに来た。)
(四人で、ひとつの海へ。)
(もう、誰も、一人じゃない。)
太陽に照らされた水面。
眩しい光。
四人の背中が、並んで、海へ向かっていく。
笑いながら、肩をぶつけ合いながら。
未来へ向かって、まっすぐに、泳いでいく。




