表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひかる海  作者:
4/9

【第四章】朝比奈 朝陽、空へ飛び出す

【④-1 挫折】


空気は重い。

周りの部員たちは遠巻きに4人を見ながら、

「やっぱ無理だろ」と言いたげな顔。


2走・直が低い声で呟く。


「なあ、もうやめようぜ、リレーなんか。」


誰も言葉を返さない。

それでも、試合はやってくる。



朝陽、スタートでタイミングを外し。

直は無難な泳ぎにとどまり、巻き返せず。

千紘はトラウマを引きずり、スピードに乗りきれず。

湊も、どこか迷いながら泳いだ。


結果――散々。


プールサイドで、みんな無言になる。

観客席からも、冷めた視線が投げられる。





試合後、バタバタと撤収する中――

朝陽はふと、忘れ物に気がついた。


(タオル、置き忘れた……)


重い足取りで更衣室へ向かう。


そのとき。

中から、他校の選手たちの声が聞こえてきた。


「あいつらにリレーなんて無理だろ。」

「2走は無難なやつ、アンカーは記憶ないって話だし、3走はトラウマ持ち。」

「なにより1走、あんなスタートじゃ、話にならないな。あいつらには勝てるわ。笑」


乾いた笑い声が響く。



朝陽は、扉の前で立ち尽くした。

入りたくても入れない。

ただ、壁にもたれて、震える。


(わかってる。俺が、足引っ張ってる。)

(才能なんて、ないんだ。)


拳をぎゅっと握りしめる。

涙が、こぼれた。



【④-2 決意】

そのとき、千紘が更衣室にやってきた。

朝陽に気づかず、扉を開ける。

中にいる他校の連中に向かって低い声で。


「――お前ら、後ろから朝陽のスタート、見たことないだろ。」


場が静まる。


「朝陽ほど、高く、美しくスタートを切るやつはいない。」


一瞬、相手が言葉を失う。


「落ちた天才が何言ってんだよ」と誰かが吐き捨てるが、千紘は微動だにせず、静かに言い返す。


「俺のことは好きに言えよ。でも――朝陽の本当の強さを、俺は知ってる。」


扉が閉まり、中は静まり返る。




壁越しに聞いていた朝陽は、

肩を震わせながら、顔を上げた。


頭の中に蘇る。


幼い頃、憧れた千紘の背中。

誰より早く、強く、美しく、まるで水のように泳ぐその姿。

ああなりたい!心の底から願った。

千紘を追って水泳をはじめた。フォームを真似して、とにかく彼に近づこうとした。

憧れた千紘が、自分を認めてくれている。

涙が出るほどうれしかった。


――でも。


(俺は、俺だけの強さを見つけなきゃだめなんだ。)


(俺は、スタートダッシュの鬼になる。)




その日から、朝陽は誰よりも早くプールに来て、誰よりも遅くまで、スタート練習を繰り返す。


何度も、何度も、飛び込んではやり直す。


誰も見ていない場所で、何百回も、何千回も。


(繋ぐために――飛び込むんだ。)


プールに響く、水音だけが、朝陽を支えていた。




【④-3 居場所をくれたのは】

夕方のプール。

陽が傾きかけ、オレンジ色の光が水面を照らしている。


誰もいないプールに、

ばしゃん――、ばしゃん――

規則正しい音が響く。


朝陽が、ひとり、スタート練習を繰り返していた。何度も飛び込んでは、やり直し。肩で息をしながら、それでも立ち上がる。


その姿を、湊はプールサイドから静かに見つめていた。


「……お前って、昔からスタート専門だったの?」


休憩に上がってきた朝陽に、何気なく声をかける。


「え、全然ですよ!むしろ、リレーとか一度も選ばれたことなかったっす。」

「え……そうなの?!」


朝陽はタオルで頭をゴシゴシ拭きながら、にっと笑う。


「てか、スタートやってるの、先輩のおかげでもありますから。」


湊は、きょとんと目を見開いた。


「……どういうこと?」


朝陽はケラケラ笑いながら答える。


「前、先輩に言われたんすよ。“出オチやろう”って。」

「…………」


湊は言葉を失った。

そんなこと、まったく覚えていない。

でも、なんとなく――

そんなことを言いそうな”自分”の影を、遠くに感じた。


「……俺、最低じゃん……」


そう呟いた湊に、

朝陽はきっぱり首を振った。


「最低なんかじゃないっす!

その一言のおかげで、俺、本気でスタート極めようって思ったんです。そしたら、千紘先輩にも褒めてもらえて。それで、ようやくこの水泳部で居場所作れました。」


朝陽は、少し照れくさそうに笑った。


「感謝してますよ、俺。」


その言葉を置いて、

またプールに向かって走っていく朝陽。


ばしゃん――


水音が、まっすぐ響く。



湊は、プールサイドに立ち尽くしたまま、

遠ざかる朝陽の背中を見つめる。


(……本当に、あいつは、心からそう思ってるんだ。)


(最低だと思ってた俺が。誰かの居場所を作ってた。)


胸の奥に、じんわりとあたたかい何かが灯る。


知らないうちに、自分も、誰かの背中を押していたんだ。


涙が出そうになるのを、必死にこらえた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ