【第二章】漂う海底
【②-1 リレーの打診】
練習を終えて、プールサイドで整列する水泳部。
顧問の先生が、メモを片手に前に立った。
「今年の夏の大会、リレーを本格的に組む。上位目指すぞ。――エースを含めてな。」
一瞬、空気がぴんと張りつめる。
エース。
つまり、湊のことだ。
みんなが一瞬、湊の方を見る。
でも、誰も何も言わない。
顧問は続ける。
「4人、こいつらでいく。」
そう言って指名されたのは――
・朝比奈 朝陽(1走)
・篠原 直(2走)
・浜辺 千紘(3走)
・立花 湊(4走)
湊は一歩前に出た。
でも、心の中は、ぐらぐらと揺れていた。
(俺が……リレー?)
(本当に、できるのか……?)
朝陽はすかさず手を挙げて、
「はい!全力で頑張ります!」
と笑顔を見せる。その声に、場が少しだけ和らぐ。
直は、無言で腕を組みながら小さくため息。
千紘は湊をちらりと一瞥して、何も言わない。
けれど、その目はただ冷たいだけじゃない――
何か、言葉にできない感情がにじんでいる。
みんなの反応を受けて、湊の胸に渦巻くもの。
(俺は、また”エース”として泳がなきゃいけないのか?)
(でも、今の俺にそんな資格があるのか?)
(……“勝つ”ためだけに、泳ぐんじゃない気がする。)
答えは出ないまま、
心だけがざわついていた。
整列を解く前、顧問がふと言う。
「……誰か一人でも欠けたら、リレーは成立しない。いいか、“チーム”で泳ぐんだ。」
その言葉が、湊の胸にずしりと響いた。
【②-2 片鱗】
部活終了後。
更衣室の外、プール脇。
選手に指名された4人が集められる。
ピリピリとした空気。
誰も、口を開かない。
最初に声を上げたのは、他の部員だった。
「――なんで、湊がリレーなんすか?」
はっきりとした反発の声。
押し殺した怒りが滲む。
「アイツ、昔はリレー嫌ってたじゃないっすか。個人種目しか興味なかったくせに、なんで今さらリレー組む気になってんだよ。」
その言葉に、空気が一段と重くなる。
湊は、ぎゅっと拳を握りしめた。
(……俺、そんな感じだったのか)
(みんなのこと、見捨てるようなやつだったんだ)
目の前の仲間たちの視線が痛い。
信じられない、警戒している、そんな目。
うまく呼吸ができない。
そこへ、
顧問が静かに口を開く。
「――湊は誰よりリレーに向いている。」
その一言に、全員がざわつく。
顧問は続ける。
「あいつは、誰よりも周りを見てた。誰よりも、チームを知ってた。そして、誰よりも――仲間を求めてた。」
一瞬、湊の心臓が跳ねた。
「一人では強くなりきれない。この学校でさらに上を目指すには、リレーしかない。そしてそれには、湊の力が必要だ。」
顧問は湊を真っ直ぐに見た。
「お前には、人を繋ぐ力がある。俺は、そう信じてる。」
湊は言葉も出せず、ただ黙って顧問を見つめ返す。
胸の奥で、何かが静かに、確かに灯り始める。
(――俺は、そんなふうに見られてたんだ。)
自分自身も知らなかった、“過去の自分”の片鱗。
それは、少しだけ、あたたかかった。




