大雨に濡れ、彼は一歩も下がらない
傘もささずにマーティーを探し回る。
人々の抗議の行進はすぐに見つけることができた。だがいくつかの場所に分かれて列をなしているようで、目的の彼の姿は容易に見つけられない。
ロキシーの胸に嫌なざわつきがあった。
いつもとは違う、張り詰めた空気が街に満ちていた。
兵士の数が、明らかに多い。
人々の抗議活動は重ねて行われてきた。いざこざがあることもあったが、大抵は平和的に終わっている。
――違うことがあるとするなら、集まる人々の数が今までとは比べ物にならないということだ。
それだけフィンに共感する人が増えているということでもあるし、王に不満を持つ人がいるということだ。
「あの! マーティーさんがどこにいるかご存じでしょうか!?」
列の中の人々に声をかける。数人目で答えがあった。
「最前列で参加していると聞いたよ。手配がかかってるのに、勇気のあることだ」
「馬鹿!」
思わず叫ぶと、答えた男は目を丸くしていた。
何が勇気だ。だから兵士が、彼を見つけて撃ったに違いない。それが人々をより強固にし、この国を血で染め上げるのに。無謀でしかないことは、勇気とは違うはずだ。
その時、列の前方で、激しく怒鳴りあう声が聞こえてきた。
兵士と民衆が叫びあっている。
刹那、空気を震わせるような激しい音がした。
聞き覚えがある。
銃声だ。
(間に合わなかった……!)
列に人々が悲鳴を上げ、後方へと逃げていく。
反してロキシーは、音のした方へと走った。
列の先頭に、見覚えのある男がいた。以前よりも顔に険しさが増しているが、紛れもなくフィンだ。
「人は撃たれちゃいない! 威嚇射撃だ!」
雨に濡れた彼の髪が顔に張り付いていた。
気にならないかのように、兵士に向けて叫ぶ。
「武装もしない一般市民に銃を向けるとは!」
だが兵士たちは銃口をこちらへと向けたまま、じりじりと列に迫る。
「くそ!」
彼は毒づき、大勢の人と同様に道を戻り始めた。
「フィン!」
ようやく近づくことのできたロキシーは、久方ぶりのフィン・オースティンに向けて呼び掛けた。
驚いた顔で彼は目を向ける。
「ロキシー!? 君もいたのか?」
再会を喜ぶ時間も惜しい。間髪入れずにロキシーは言った。
「マーティーさんはどこに!? 彼が撃たれるわ!」
「……なんだって?」
フィンは眉を顰めつつ、答えた。
「彼はルーカスと一緒に、左方の大通りにいる」
「ル、ルーカスですって!? あの子もあなたの運動にいるの!?」
動転が隠せないが、気を持ち直す。
「とにかく、彼が撃たれるのを止めないと、前の世界と同じことの繰り返しだわ!」
「どういう意味だ!? おい、ロキシー!」
不審がる彼の声を背中に受けながら、ロキシーは左方の通りへと細い路地を駆け抜ける。
そしてついに、彼の姿を見つけた。
人々の前に立ち、いつか見た瞳と同じく強い眼差しで、銃を向ける兵士の前に立ちはだかっていた。
近くに、ルーカスの姿もある。彼も同じく、兵への怒りをその目に帯びていた。
雨がにわかに強くなる。
「僕は引きはしない。撃つなら、撃てばいい。だが撃てば、衝突は免れない」
静かに言うマーティーに、ロキシーはようやく気がついた。
勇気でも、無謀でもないのだ。
虐げられ、ただ一方的に使われて、消耗品のように捨てられていく。
生まれて、生きて、死ぬ。その一生の間に、どれだけの自由もない人々の、解放に向けた命懸けの戦いだ。
マーティーが撃たれるのを止めるべく、数時間走り回っていた。だが今、動くことができなかった。
(あの人たちの、燃えるような瞳を、命を懸けた闘争を、わたしのわがままでどうして止められるっていうの?)
モニカが女王になったこの世界でも、反乱は収まらなかった。
(――わたしだから、首を切られたわけじゃない)
女王ロクサーナの統治が、革命の波を速めたことは確かだろう。だが、王が誰でも、いずれゆがみは収まらなくなる。
注ぎ過ぎた水がカップのふちからこぼれるように、虐げられてきた人々の怨念は噴出する。
ロクサーナだから憎かったわけではない。
彼らが戦っているのは、この時代そのものだ。弾圧と、不自由と、無力が憎い。
(……だけどわたしだって、戦ってきたわ)
どうにもならない胸の内の悲しみが、あまりにも何もできない自分自身が、いつだって憎くて憎くて嫌いだった。
だけど自分はどこまで行っても自分で、他の誰にもなれない。望むものはいつだって、身近な人々が、幸せであることだ。
彼らと自分に違いはない。
譲れない思いがあって、だから前へと突き動かされるのだ。
ロキシーは一歩、路地から大通りへと踏み出した。




