彼の嘘に、わたしは気づく
いい加減、言わなくては、とロキシーは思った。
レットに、この家を出て行くと告げなければ。
もうこれ以上、彼の好意に甘えるわけにはいかなかった。オリバーが亡くなった。だから一緒にはいられない。
出て行くチャンスは、何度もあったはずだった。部屋だって、その気になればもっと早く探したはずだ。
(だけどレットは忙しいわ。ゆっくりそんな話をする暇はないんだもの――)
そう言い訳を繰り返しては、言い出せないまま日々が過ぎる。
それでも少しずつ、準備を始めていた。レットが不在の間、街に出て部屋を探し、ほどよい物件を見つけた。父の少ない知人の中に、工場を経営している人がいて、葬儀の際に話したところ、雇ってくれるとも言ってくれた。
今日もその人に会いに街の中心部へと向かい、具体的に仕事の内容を聞いた後で、ではいつから働けるかとまで話をしてきた。その老紳士は親切で、きっとうまくやれそうだと思う。
後はレットに、言うだけだ。
(……それが一番難しいわ)
思わずため息が漏れた。
家へと帰るため人々の雑踏の中を歩いていると、ひらり、と足元に紙が舞い落ちた。拾い上げるまでもなく、内容は想像できた。
敗戦続きの戦争の責任を問う声が、にわかに高まっていた。
王都で活動を増した反乱軍がビラ配りを始めたらしい。軍と度々衝突を繰り返し、逮捕者の話も聞く。それでも彼らの動きは鈍化するどころかますます加速した。抗議活動は度々繰り返され、人々が思いの丈を訴えかけるために行列を成して歩いてるのをみかけたのは一度や二度ではない。
団結した人々は強かった。
“戦争の責任の所在は王にある”
それが彼らの言い分だった。世論も傾きつつあるようだ。戦争を続けたクリフ王を裁判にかけるべきだったなどと、冗談めかして言う人間もいた。
どこまでが本気だろうか。
以前であれば、その手の冗談など、口にすることも許されなかったはずなのに、今じゃ王族は、あいさつ代わりにけなされる。
クリフとモニカは、こんな世の中をどう感じているのだろうか。
真っすぐに家に戻る気になれず、少し遠回りをしようと、レットがいる軍の施設の側を通る。
高い壁と有刺鉄線、そして木々で囲われて、施設の中までは見ることはできない。
会おうと思ったわけではない。ほんの気晴らしのつもりだ。しばらくの間見上げていると、じっとこちらを見ていた門兵が寄ってくる気配がした。
叱られるのだろうか、と身構えるが、そうではなかった。
不思議そうな顔をした門兵はこう尋ねたのだ。
「あなたは、ロクサーナ・ファフニール様ではございませんか」
驚きつつも肯定する。
「ああやっぱり」彼は笑いかける。「お父上の葬儀に行けず、申し訳ない」
「まあ、父のお知り合いの方でしょうか?」
レットよりも幾分か年が上に見える彼は頷いた。
「お父上にはお世話になりました。心からの感謝をしています。そう思っているのは、私だけではありませんよ。色々ありましたから、大っぴらには言えないだけで」
その言葉に、勇気づけられた。父は孤独なだけではなかったのだと嬉しくなる。
門兵は未だ親し気な笑みを浮かべたまま言った。
「しかし、ここにはなんの御用で? フォード大尉に会いに?」
ロキシーがレットと暮らしていることは周知の事実なのだ。
「いいえ、たまたま――」
「呼んでまいります」
偶然通りかかっただけだと言い切る前に、恩人の娘に親切にせんと使命を帯びた門兵は塀の中へと引っ込んで行った。
だがしばらくして、彼は一人で戻ってきた。顔には困ったような表情を浮かべている。
「申し訳ございません、ロクサーナ様」
言いにくそうに告げられる。
「大尉は、今日、休暇のようです」
「え……」
彼は今日、いつものように早朝軍服を着て出て行ったはずだ。その背を確かに見送った。
なのに、ここにはいない。ロキシーに知られたくない用事があるのだ。
愕然とするロキシーの傍らで、まるで知ってはいけない事実を知ってしまったかのように、門兵は気まずそうな顔をした。




