揺るがぬ信念を、あの日彼は捨てた
マーティーは破顔する。
「フィンや軍にいた奴らから君の話を聞いてて、もしやと思ってたんだ! 腕の立つ狙撃手だったんだろう? 君ならそうなると思ってたよ!」
「もう違う。銃を撃てなくなって、使い物にならないと兵を首になったんだ。今はフーテンだよ」
肩をすくめてみせると、フィンが訝しそうな顔をした。
「君らが知り合いなんて、少しも知らなかった」
「大学を停学になってた時に、家も追い出されてさ。せっかくだから方々旅してたんだ。その時に会った。戦争に巻き込まれかけたけど、いい思い出だよ」
「お前は一体いつから大学生だったんだ?」
眉を顰めるフィンに、マーティーがルーカスと出会った経緯を説明する。聞き終えたフィンは、大きく頷いた。
「運命的だ」
「どうやって暮らしてる?」マーティーが尋ねる。
「どうとだって」
仕事がない日は飢えたが、自分一人が生きていくにはなんとか事足りる。
「たくましいな」
豪快に笑うマーティーに重ねるようにして、フィンが言った。
「正直、俺は君を尊敬してた。物怖じしない君は、人々を勇気づける。……隣に、君がいてくれたらと思う」
真っすぐに見つめてくるフィンから、目が離せない。フィンは迷うことなく言った。
「一緒に来い、ルーカス。君がいれば百人力だ」
一瞬の間、驚いて声が出せなかった。なんてことだ。反乱軍に勧誘されているのだ。
フィンが再び口を開く。
「昔から、君とは気が合った。なんというか……しっくりくるんだ。一緒に戦えるんじゃないかと、ずっと思っていた」
子供の頃、モニカやロキシーに言われたことがある。フィンとルーカスは、将来ともに反乱軍を率いる人間になるのだと。ルーカスとてあの夢を見ていなければ、一笑して終わったことだろう。
それでも、自分が反乱軍と一緒にいる姿なんて、想像ができなかった。
ようやくルーカスは発言する。
「……戦ってどうする? その先にあるものはなんだ。君たちは自由を旗に掲げているが、つまり王を倒すということか? その首を、断頭台にかけるのか」
――別の世界で、オレたちがロキシーの首を切ったように。
「そこまでは思っちゃいない」フィンは言う。
「だが旧体制との妥協は許されない」マーティーも言う。その言葉に、フィンは同意した。
「ルーカス、君だって疑問に思うだろう。貴族が国民の何割いると思う? たった一割と少しだ。そんな奴らがどうして人々を支配しているんだ?」
「貴族だからだろ」
身分が高いのだから当然だ。富もある。
「そうだ。平民に権利はないからな。だが、それがそもそもおかしい。王都でさえ、人々は飢えて死ぬ。一日一日生き延びて、残りの人生を縮めている。一方的に与えられ奪われるだけの人生を生きて、老人たちは死んでいく。子供は未来に希望を抱かない。刻々と死に向けて生きるだけの国に、何の意味がある? ……王から主権を取り返す。それまでは止まらない」
いつかモニカから語られた話を思い出す。フィンは王のいない、身分のない国が造れるのではないかと夢見ている。それが達成されれば、根本からこの国の構造が変わる。
「ただ戦うなら、猿にでもできる。争いが生み出すのは死体だけだ」
それを腐るほど見てきた。
だがフィンもまた譲らない。
「違うさ。争いを生まないために戦うんだ。武力行使は最終手段だ」
「血を流さなければ分からせられない――」
口を開きかけたマーティーをフィンが遮る。
「俺は議員になってみせる。正攻法で変えてやるとも。幸いなことに民衆の支持は得ている。俺の夢は変わっちゃいない。誰でも好きなときに好きなことができる、そんな国でなければ、生きる意味がない」
だから、と再びルーカスに向き直る。
「共にいてほしい。兵力が必要なわけじゃない。君は頭がいいし、俺の友達だからだ。二人でいれば、絶対にうまくいくはずだ」
別の世界では、二人で革命を指揮し、女王の首を打ち取った。
フィンは分かって言っているのだろうか。その道の先で、モニカと戦わざるを得ないということを。
(……きっと、分かっているんだろう)
覚悟の上だ。フィンとモニカの道は外れた。もう、寄り添うことはない。
すぐには答えられないとフィンに告げ、その場を後にした。
その足で、ある場所を目指した。彼女が住む家は知っていた。前に、近くまで行ったことがある。レットと微笑みを交わす彼女を見つけ、胸が締め付けられるように痛くて二度と行かなかった。
だが今、再びその家の近くまで足を運ぶ。
幼い時、ロキシーよりも大切なものはなかった。
何を犠牲にしたって、誰を傷つけたって、ロキシーの側にいたかった。
(――でもオレは、側を離れた)
まだ罪を犯していない人を、殺すために戦場へ行った。
誰よりも愛する彼女のために。
にも関わらず、レット・フォードに銃を向けたとき考えたのは、ロキシーのことではなかった。
(あの男が死んで抱くだろう無念だけが、オレを支配していた)
信じていた者に裏切られたという、驚愕の表情。
彼がルーカスを信頼していたことに、その時初めて気がついた。その事実に、なぜだかひどく打ちのめされた。
結局、撃つことはできなかった。人命を思って撃たなかったのではない。恐ろしくて、撃てなかったのだ。
もう昔の自分には永遠に戻れない。ロキシーをひたむきに想っていた頃の純粋な自分には、戻れない。彼女のためではく、自分のためにその選択をしたのだから。
(オレの信じるものは、なんだろう)
揺るがないはずの信念は砕け散った。
ただただ、鼻腔から体内に入り込んだ、あの独特の死の匂いだけが、いつまで経っても離れないのだ――。




