信念を持って、反乱の徒たちは酒場に集う
ルーカスがフィンと再会したのは、王都の中心地でのことだった。
「ルーカスか!」
帽子を目深に被っており、記憶の中よりもずっと大人びてはいたものの、確かにそれは、フィン・オースティンだった。
最後に会ったのは、まだ記憶を取り戻す前で、反乱軍と兵士の戦闘を止めに行ったときだ。
不思議と彼とは気が合った。
思いがけない再会だ。あの頃の思い出が次々に蘇り、たまらず笑顔になる。
朗らかさも、人を惹きつける熱い瞳も健在だ。
「フィン……! 懐かしいな! あの夜以来だ」
答えると、フィンはやや驚いたような顔をした。
「記憶を失ったと聞いたが、存外元気そうだ」
「ああ」相槌を打つ。「戻ったんだ、しかも結婚式会場で。結婚はできないって言ったら、袋叩きに会ったよ」
「最高だな」
心底おかしそうにフィンが笑ったので、ルーカスもつられて笑う。
ひどい騒ぎであったあの結婚式すら、もう懐かしく思えた。
「だけどフィン。君の方だっていいのか? 警邏に見つかるぞ」
今や彼は一級の手配者だ。
問われている罪のいくつを実際彼が犯しているのか知らないが、死罪は免れないのではないかとの噂があった。若き活動家として民衆からの支持は厚く、王家からの憎しみは強い。
「あまりよくはないが、俺がここにいるなんて誰も思ってもないらしい。せっかくだ、少し話そう」
返事を待たずに彼が歩き出したので、慌ててそれに続いた。
連れられた先は、とある酒場だった。昼間から盛況している。皆熱心に語り合っていた。
驚いたことに、身なりのよさそうな貴族風の人間もちらほらとまじっている。
「皆、若いな」
集まっている顔ぶれを見て呟いた。
以前双子を誘拐した連中は、もっと年が行っていたように思える。
「老人に救える国はない。未来にいるのは、俺たちなんだから」
奥の机に付くなり問われる。
「ロキシーは元気か?」
「ああ、多分、そうなんじゃないのか」
曖昧な返答を奇妙に思ったのかフィンは眉を顰める。
「会っていないのか」
思わず、自嘲が漏れた。
「今更どの面下げて。無理だよ」
「会えばいいじゃないか。彼女なら、きっと喜ぶ」
なおも首を振る。
「第一、レット・フォードと暮らしてるんだから」
フィンは複雑そうな表情をする。
「皆変わっちまうんだな。ロキシーがあの人と一緒にいるなんて、あの頃は思いもしなかった。……俺にしたって、自分が反乱軍の指揮を執るなんて考えもしなかった。それに――」
どこか寂しそうだ。
「モニカが王女か。その風格だけはあったが、まだ信じられん」
フィンとモニカの間に、かつて幼い恋心や友情があったことはルーカスも感じてはいた。だが戦場に行っている間に、また時が流れ、その間柄も変わってしまったようだ。
今や敵対していると言っても過言ではない二人の立場に、どのような言葉をかけていいのか分からない。
「どうしてフィンは、反乱軍なんてやってるんだ?」
「直球だな」フィンは苦笑する。
「誰も止められないならば、せめて誰かが統率を取らなきゃならない。ただ暴れまわる烏合の衆では、いくら正しいことを言っても聞き届けてはもらえない」
「この先、どうする気なんだ?」
「弱い者は徒党を組むしかない」
その言葉に不穏を覚える。
「武力行使するのか」
「やむを得ない時もある」フィンは言い切る。「ほら、あそこの彼なんて筆頭だ」
そう言って向けた視線の先に、背の高い男が見えた。服を着崩し、一見だらしが無さそうだが、鋭すぎる眼光は、野生の豹を思わせた。
「マーティー! 来いよ」
フィンがその背に声をかける。彼は振り返り、フィンを見ると笑った。
ルーカスは、その男の姿に驚愕した。突如、悲鳴、怒号、炎、銃声が蘇る。襲われた故郷、初めて、人を殺した時のこと。
その時、そばにいたのは、他ならぬこの……
「前に話してだろう、彼がルーカス・ブラットレイだ」
そんなルーカスの思いなど微塵も知らないフィンは、その男を紹介する。マーティーは口をあんぐりと開けて、ルーカスを見つめている。
「あいつはマーティー・マーチン。脱獄囚の過激派で最低の男だ」
フィンがそう言った瞬間、マーティーは立ち上がった。
「マーティー・マーチン!? 本当に君か。うわっ……!」
距離感がおかしいと、文句を言う間もなくルーカスはマーティーに抱きしめられた。
この、破天荒な感じ、間違いない。
「ルーカス・ブラットレイ! やっぱり君は、あのチビだったんだ! 背が伸びたな、ははは、僕とそう変わらないじゃないか!」
ルーカスの困惑に反して、マーティーは嬉しそうに何度も背を叩いてくる。その勢いに、ルーカスは思わず笑った。
暗く塗り替えられそうなりかけた故郷の思い出が、それでも懐かしく輝いているのは、マーティーという底抜けに明るい男と出会ったせいでもあったから、この再会は、ルーカスにとっても嬉しいものだった。