真相を、わたしは悟る
「――幸いにして、私も彼も生き残りました。ルーカス君など本当に死にかけていましたが、どうやら川で体を冷やしたのが良かったらしい。仮死状態になったのが逆に功を奏したとか医者は言っていましたが、専門的なことは分かりません」
こんな話を聞かされては、養父母も安らかには眠れないだろう。
「……ねえ、どうしてルーカスはレットに銃を向けたって言うのよ?」
ほとんど確信のある不穏の影を胸中に感じていた。
「そう、問題は動機です。ずっと分からなかった。私を殺したいほど憎んでいたのかとも考えましたが、どうも単なる憎悪や嫉妬とも思えなかった。問いただす前に、彼は記憶を閉ざしてしまったから。ですが先ほどのあなたの話を聞いて疑問が解けました」
レットは顔を上げる。
蝋燭の火に照らし出された彼の顔は、しかし能面の様に表情がなかった。
「私が不幸をまき散らす元凶なのだと思い込んでいる人間がいたら、その排斥が正義だと信じてもおかしくはない」
その恐るべき推察を、少しの躊躇いもなく彼は口にする。
ロキシーだって、薄々感じていた。だが思考にする前に、必死に頭の外に追い出していたというのに。
誰がレットの未来の企みを知ることができたというのだ。ロキシーでさえ、ついさっき思い出したばかりなのに。
疑問など、抱くことさえ愚かしい。心当たりは一人しかいなかった。
「じゃ、じゃあモニカがルーカスに、あなたを殺すように言ったってことじゃない!」
「そう言っているんですよ。さながら全知全能の神のように、あの二人は私が将来犯す罪を裁こうとした」
彼は動じない。
モニカがルーカスに何かしらを吹き込んだと既に察していたようだ。
「あの子は嘘つきで我が儘で感情屋だけど、人の命を奪うのをよしとする子じゃないわ!」
「そうでしょうか? 彼女は既に人を二人殺しています」
「どちらも人を守るためよ! 不問に終わったじゃない!」
「そうだ。特にあなたと自分の命を守る時にその資質は遺憾なく発揮される」
言い返す言葉が出てこない。
確かにあの日、教会でのルーカスの態度はおかしかった。
――もしオレが、ロキシーのために、ロキシーの大切なものを壊したら、嫌いになる?
あの言葉の真意を、これほど時間が経ってようやく察するとは。
ルーカスはレットに銃を向けた。ロキシーの未来を救うために。
モニカは自分とロキシーを守るために、レットを殺せとルーカスに言った。
レットがいなければ、ロキシーも嫉妬に狂わないから。レットがいなければ、ロキシーはモニカを殺さないから。レットがいなければ、反乱軍が勝って、王制が終わるから。
王制が終われば、女王は不要だ。ロキシーとモニカは生き残る。
それを彼女は望んでいたのか。だけど――。
「じゃあどうして、モニカはあなたと婚約をしたの?」
「あなたを抑えつけ、永遠に支配するためです」
「……そこまで分かっていて、じゃあどうして、あなたはモニカと婚約したの?」
静寂の後で、レットはゆっくりと答えた。
「……そうすることが、最善だと思ったからです」
彼の目が、ロキシーを捕らえる。暗い瞳の奥に隠された意図は分からない。
「ロキシー様。このまま私と一緒にいるか、もう一度彼女の元に戻るのか、決めてください。もし、逃げたくないと言うのならば、もう一度、戦わなくては。
いくら彼女を愛していても、愛されていても、その愛し方は間違っていると、気づくべきだし、気づかせるべきだ。本当に彼女を、心の底から愛しているならね」
ロキシーとモニカの関係が、正常でないところまで来てしまったことは、分かっていた。分かっていても、離れられなかった。
それをよしとしていたのは自分だ。受けるべき罰だと思っていた。
だがその態度こそが、モニカをさらなる闇の中に陥れているのかもしれない。深い闇の中で孤軍奮闘するモニカは、まるで身動きが取れない囚人だ。
モニカがロキシーを縛り付けていたように、ロキシーもモニカを閉じ込め続けていたのだ。
「……何が正しいのか、もう分からないわ。だけどわたし、前のロクサーナみたいに、皆を不幸にしたくない。恨まれたくないし、憎悪の中で、死にたくないの。モニカといると、自分が正しく生きているって思えるのよ」
ロキシーの本音は結局それだ。二度と誰にも嫌われたくない。母がいたら、なげかわしいとため息を吐かれたところだろう。
レットがまた、ロキシーの手に触れた。もう彼への恐怖はないし、彼の瞳にも暗さはない。
「私も多分、前の世界のレット・フォードとは違う。想像ですが、以前の私は冷血漢に見えて、ただの愚か者だったんでしょう。あなたを愛していたのに、その死までそれに気が付かなかった。ですが今の私は、あなたを愛していると、失う前に気が付いた」
「何とでも言えるわ、そんなこと」
「ええ。だから何と言ってもいいでしょう?」
いつもの調子に、やっとロキシーは笑った。レットもほっとしたように微笑む。
「大切なものは見えにくいですが、少なくともルーカス君は私を殺しませんでした。彼のおかげで、今生きています。芯のある青年ですよ。悔しいですが、あれほど人格的に優れた人間はいない」
ロキシーも頷いた。いつだってルーカスはそういう人だ。
レットはまた言う。
「大丈夫、この世界だってそこまで悪くはない。愛することも、愛されることも、決して恐ろしいことじゃないんだ。ロキシー様。どうか幸せになることに、怯えないでください」