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決裂をする、わたしと弟

「おいしくないわ。もういらない」


 今までどんな食事も残すことがなかったモニカは、ロキシーが作った朝食を一口食べるなり席を立った。


 オリバーがぎょっとして娘を呼び止める。


「モニカ、待ちなさい!」


 一応足は止めたものの、モニカは冷たく父を見た。


「お父様、どの口が命令しているの? わたくしを傷つけたくせに」


 街中で反乱軍の騒ぎが起こって以来、モニカと父の間に奇妙な距離ができているのには気が付いていた。いつもであれば、叱られたモニカはふてくされながらも言うことを聞いていたが、今になっては冷徹に突き放すだけだ。

 父もモニカに以前のように強く出られないようだった。

 不思議に思いながらも、尋ねることができずにいた。

 それでも今日に限って、オリバーは再び言う。


「食べなさい」


「嫌よ」


「食べろと言っているんだ」


「嫌って言っているでしょう!」


 モニカはつかつかとテーブルに歩み寄ってくると、そのまま皿を掴み、壁に投げつけた。パリンと皿が割れ、食事が床に飛び散る。


「そんなにおっしゃるなら、お父様がお食べになったら?」


 そう微笑んで、モニカは去った。



 ◇◆◇



 モニカに再びの誓いをしてからというもの、家事の一切をロキシーが引き受けることになった。

 以前とは打って変わって引きこもりがちとなったオリバーとともに、ほとんど家の中で過ごした。


 相変わらず兵士の見張りはあったが、モニカが一人を撃ち殺したことは幸いにしてばれていないようだった。だからモニカは、時に談笑までして彼らの信頼を勝ち取っていた。

 自由に外出しているのも、彼女の巧みな外交手段により勝ち取ったものだろう。


 家の雰囲気は良くはなかった。力関係は明白で、モニカはさながらファフニール家の女主人のようだった。

 


 

 ある日、父の書斎を掃除していた時だった。本棚にあるそれが目に入る。


 手に取ると、ずしりと重い金属の塊。どこか懐かしくそれを見る。


 拳銃だった。


 ――身を守るものをいつも身につけておきなさい。


 思い起こされたのは育ての母のベアトリクスが繰り返しロキシーに言っていたことだ。

 小さい頃はひたむきにその言いつけを守っていた。ナイフを首からぶら下げて、確かに身を助けてくれたこともあった。

 だがいつの間にか、それをしなくなっていた。

 それだけではない。

 他人を信じるなとも言われた。

 だが容易く人を信用した。


(わたしはお母様の言いつけを、一体いくつ破ったんだろう)


 見つけた拳銃を、そっとエプロンのポケットにしまう。


 玄関の呼び鈴が鳴らされたのは、それとほぼ同時だった。


「突然ごめん」


「お久しぶりです、ロクサーナさん」

 

 現れたのは、ルーカスと、その婚約者のシャノンだ。二人は腕を組み、仲睦まじく佇んでいる。

 ハタキを片手にエプロン姿のロキシーを見て、二人は瞬間、顔が固まる。


「なんで使用人のように掃除してるんだ?」


 代表してルーカスが尋ねる。


「使用人を雇う余裕がないからよ」


「あの女は何をしてるんだ? あんた一人に押しつけて」


 モニカのことを言っているらしい。


「街かしら?」 


「あの女、姉さんをいいように使ってるように見える」


「そんなことないわ。自分で進んでやってるだけよ」


 シャノンが組む腕を離し、ルーカスは一歩踏み入れる。険しい顔だった。


「なんで庇うんだよ」


「あの子は少し分かりにくいところがあるけど、優しいのよ。……あなたは忘れちゃってるけど」


 ロキシーとモニカの、ひと言では語ることのできない関係を、記憶喪失のルーカスに説明しても無駄だ。

 話題を代えるために言った。


「二人は何か用?」


「弟が姉の様子を見に来てはだめなのか?」


「そうじゃないでしょ、ルーカスさん」


 シャノンがルーカスの腕に触れ、言い聞かせるように言った。


「ロクサーナさんに、渡しに来たんでしょう?」

 

 屈託のない笑みを見せ、黙ったままのルーカスの代わりに彼女は鞄から一通の封筒を取り出した。


「町の教会で結婚式を挙げるんです。その後で田舎に越す予定です。最後になると思いますから、よかったらいらしてね?」


 目の前に差し出されたそれは、二人の結婚式の招待状らしい。ルーカスは、遂にシャノンと結婚するのだ。

 複雑な思いはあったものの、受け取ろうと手を伸ばそうとしたところで、ルーカスがシャノンの前にまた進んだ。掴み損ねる。


 彼の中で、先ほどの話題は終わっていなかった様だ。


「……ずっとそうやって生きていくつもりなのか。世間を拒絶して、たった二人で」


「そうよ。それが一番正しいことなのよ」


「あんたはそんな風に、腐るような人間じゃないだろう!」


 はっとしてルーカスを見る。シャノンすら突然声を荒げた婚約者に驚いて何も言えない様子だ。

 一瞬、記憶が戻ったのかと思った。だが、そうではないらしい。なおも彼の瞳はロキシーを探るように見ていたからだ。


「わたしの何を知っているの、ルーカス・ブラットレイ。何も覚えていなくせに、知ったような口を利かないでちょうだい」


 感情を極力抑えてそう言うが、ルーカスも引かない。


「あんたを見てるとイライラする」


 少なくないショックはあったが、それでも真っ直ぐに彼の目を見つめ返す。


「わたしの知ってるルーカスは、そんなこと言わないわ」


「なら以前のオレは、相当な間抜けだったんだな。言いたいことを堪えてただけだ」


「そんなことない。ルーカスはいつだって優しくわたしを支えてくれてたもの」


「優しくなんてなかった。()()()()がそう思ってただけだ!」

 

 言ったルーカスさえ、驚いているようだった。だがすぐに顔を歪めると、言葉を吐き捨てる。


「この際言うけどさ。あんたとあの女の関係は、健全には見えない」


「わたしたちの関係は、他人には分からないわ」

 

 言い切ると、ルーカスはそこで初めて目を逸らした。


「……そうだな。実際、オレは弟ですらない赤の他人だし、あんたたちの不気味な関係を、理解したいとも思わない」


 ロキシーも耐えきれず下を見た。

 そんなこと、誰よりも分かっている。だけどそれを、ルーカスの顔でルーカスの声で言って欲しくはなかった。


 今までで、一番決裂した姉弟喧嘩だ。いつもならたいていルーカスが折れていた。だが彼は、歩み寄る気はなさそうだ。


「行こうシャノン。この人だって、他人の結婚式に来る暇はないだろ。妹の命令に従うのに忙しいみたいだしさ」 


 ルーカスがシャノンの手を掴み、ロキシーの顔を見ようともせずに玄関へと引き返していく。


「一応、渡しておきますわ」


 シャノンが半ば無理矢理、招待状をロキシーの手に握らせた。

 同情するかのような表情をしていた彼女の顔が、帰る間際にほんのわずか、勝ち誇ったかのように歪んだことも、ロキシーには分かっていた。 


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