忠誠をもう一度、わたしは誓う
家に帰ったロキシーを待っていたのは、近頃なりを顰めていたモニカの怒りだった。
「オークリーと、どこに行っていたのよ!」
二人で過ごしていた平穏な日々には起こり得なかったさざ波が、彼女の心に起こったらしい。
家まで送ってくれたオークリーを見つけたモニカは、彼が帰った後でロキシーを怒鳴りつけた。
既にルーカスもレットも帰宅したらしい。家には二階で眠る父の他には、ロキシーとモニカだけだった。
ロキシーは事実を伝える。
「偶然会って、家まで送ってもらっただけだわ。どうしてそんなに怒るの?」
「どうして、ですって!?」
モニカが、その美しい顔を歪める。
「ロキシー! あなたはさっき、レットがわたくしにキスしたことを見ていたじゃないの! 嫉妬したんでしょう!? 反乱軍に、わたくしを売ったのね!? わたくしが王女だと伝えたんでしょう!? どうするつもり!? 殺させるの!?」
「う、売ったって、そんなことしていないわ!」
ロキシーはモニカの怒りの原因に気が付いた。妹は、ロキシーが反乱軍にモニカの出自を告白したのだと誤解しているらしい。そんなことしてはいないし、する気もないというのに。
弁明する前に、モニカが再び言った。
「彼がわたくしを愛していると言ったから、邪魔になったんでしょう!?」
束の間、返答ができない。
レットはモニカにキスをして、愛していると伝えたのか。ロキシーはそれを聞いていない。去った後の出来事らしい。
つい昨日、ロキシーに結婚の申し込みをしたその舌の根も乾かぬうちに、今度はモニカを口説き落とそうとしたということか。
「レットがどうしてロキシーに婚約を申し込んだのか、知ってるの!?」
モニカの目は必死だった。
「彼は、ロキシーが王女だと思ったのよ! そういう男よ、レット・フォードは。欲しいのは愛じゃなくて、得られる地位と名誉だったのよ!」
心にずしりと重しを乗せられたようだった。
なんて男だろう。
だが彼への軽蔑は後でいい。今はモニカの不安を取り除かなくては。
「わたしはいつだって、レットよりも、あなたを大切に思ってるわ!」
それでもモニカは収まらない。
「じゃあ、証拠を見せて! わたくしを信じさせて!」
「証拠って……」
本心を語る以上の証拠を提示する方法が分からない。モニカの両手がロキシーの胸元を掴む。
「わたくしの目が届かない場所に二度と行かないで! わたくしの言うことをなんでも聞いて! 絶対に裏切らないって、もう一度誓いなさい!」
モニカの目が赤い。ずっと泣いていたのだろうか。彼女は暗い思いの中にいる。救ってやるには、彼女の提案を受け入れるのが最善に思われた。
「……分かったわ、モニカ」
ロキシーは頷き、妹の手を優しく覆う。
「もう一度約束する。ずっとモニカの側にいるわ。絶対に、裏切ったりしないから」
モニカの大きな瞳が、探るようにロキシーを見た。
「わたくしのこと、愛してるの?」
「もちろんよ」
即答する。だがモニカは収まらない。
「レットよりも、ルーカスよりも、お父様よりも、誰よりも?」
「家族は比べられないわ――」
「ロキシー! 言ってよ! 信じられないわ」
「……ええ。誰よりも、愛してるわ」
ほっとモニカは息をつき、そのままロキシーを抱きしめた。すすり泣く声が聞こえる。
「わたくし、レットを愛しているの。あの可哀想な彼が、唯一計算なく心から愛せる人が、わたくしなのよ。彼を救えるのは、わたくしだけなの。……レットと結婚しようと思うの」
ロキシーは黙ってその言葉を聞いている。
「今まであなたにはきちんと伝えていなかったけど、わたくし、彼が好きなの。愛しているの。分かるでしょう? 彼が欲しいの」
その言葉が真実かなんて、ロキシーには分からない。
モニカが顔を上げた。
「応援してくれるかしら?」
「……ええ。もちろんよ」
答えると、彼女は微笑む。
「ごめんなさい、ロキシー。だけどわたくし、とっても不安なの。怖くてたまらないの……。これ以外、どうしたらいいのか、少しもわからないのよ……」
「分かってるわ、泣かないで」
震える背を撫でる。
「ねえ、ロキシー。あなたが本当に大切なの」
「知ってるわ、もちろん」
「ロキシーだって、運命のいたずらで殺されてしまうかもしれないのよ? 守ってあげているのに、側を離れないで」
「モニカ、分かっているから……」
「あなたは楽園のふりをした甘い地獄だわ。わたくしを優しく殺すの。素敵で残酷な夢を見せて、内蔵をどろどろと啜っているんだから。ねえ、ロキシー、どうしたらいいの? わたくし、こんなに臆病になってしまったわ……」
悲痛に泣くモニカから、やはりロキシーは離れることができなかった。