逃げ隠れた厨房で、彼女は彼にキスをする
モニカは厨房で片付けから逃れていた。
誰にも言えない悩み事を、じっくりと考えなくてはならなかった。椅子に座り、腕を組む。
(レットが生きていた)
最悪だ。
彼がロキシーに毒を吹き込み、操り狂わせ処刑した。モニカも彼に利用され、殺された。
全ては彼の、掌の上だった。彼こそが、この世界における黒幕なのだ。
あれほど言いくるめたのに、ルーカスはレットを殺していなかった。なぜ殺さなかったのか、その真相を聞くことは叶わない。ルーカスは記憶を閉ざしてしまったから。
少なくとも、分かっていることは――。
(まだ、終わっていなかったんだわ)
あれだけ必死で頑張ったのに、結局いつもと同じ道を辿る。
ロキシーは彼に恋をして、モニカを憎む。
いや、そうではない。この世界では違うはずだ。ロキシーはモニカなしでは生きていけない。時間をかけて、そういう風に、思い込ませたのだから。
「ロキシー様、食事でも作りましょうか。……おっと失礼、間違えました」
そう言って、現れたレットは去って行こうとする。その方が失礼だと言うのに。
「別に失礼じゃないわよ。食事を作ってくださるなら、お言葉に甘えようかしら」
少しの間の後、レットは諦めたのか「簡単なものでよければ」と支度を始める。
手際の良さに、モニカは思わず感心した。
「伯爵のくせに、使用人のように料理ができるのね」
「名ばかり貴族の上、一人暮らしが長いものですから」
レットはモニカと雑談をする気はないようだ。背を向け、聞き流そうとしている。その態度が気にくわなかった。
「わたくしとあなたがここにいるってことは、ロキシーとルーカスは今二人きりなのね。一体どんな話をしているのかしら? あの二人は、姉弟以上の絆があるようだし」
「私をからかうのが面白くてたまらないようですね」
「あなたはがっつきすぎよ。ロキシーが怯えてるわ」
「まるで過保護な親のようだ。彼女はもう立派な大人なのに」やっと彼はモニカを振り返る。「何年も我慢していたんですよ、前のめりになっても仕方がないでしょう」
彼の態度に違和感を覚える。
モニカに対しどこかよそよそしい上に、まるで本気でロキシーを口説こうとしているように見えるのだ。
ロキシーがかつてのロキシーとは違うように、彼もまたかつての彼とは違うのだろうか。その考えを確かめるように、問いかけた。
「昨日は牢獄が襲われたんでしょう? 反乱軍の主要人物たちが逃げたんだわ。このままじゃ反乱軍の動きが活発になるでしょうね。本当に国を倒しちゃうかも?」
「そうはなりませんよ」
レットはきっぱりと言い切った。
「王制が倒された国では、さらなる混沌が待っていることは、歴史が証明しています。あらゆる不幸が巻き起こる。そんなもの、誰も望まない」
「王様が馬鹿だったら、別でしょう? いない方がましだわ」
控えめに、彼は言った。
「……一般論ですが、国王個人の資質は問題ではありません。そんなものは、国を守る、ひとつの要素に過ぎませんよ」
やはりレットはレットだ。何も変わってはいない。モニカはほっと息をつく。
「つまりあなたはこう言いたいのね? 王は国を動かす一つの首でしかない。首が誰であろうと、裏で誰かが糸を引けば、すべて丸く収まるのだと」
「そういう考えもなくはない、というだけの話です。反乱軍も中々にあくどい手を使っている。領主が領民を殺そうとしていると噂を流し、農民に武器を取らせている。人々を支配しているのは、国を変えたいという崇高な理想などではありませんよ。死にたくはないという恐怖です。そこに正義があるとは思えない」
モニカはたたみ掛ける。
「あなたの望みは知ってるわ。国を強固に固めるために、権力を欲しているのね?」
「……買ってくださるのは嬉しいですが、そんな大望を抱くほど、器の大きな男ではありません」
言葉は嘘を吐く。たとえ上手に隠したとしても、彼の本心は知っている。
王制を維持するために、権力にすがりつく哀れな男。それが彼の正体だ。
彼はロキシーが王女だという結論に至り、口説き落とそうとしているに違いない。結論は正しい。だがモニカが、それをよしとするわけがない。
彼の本性を暴かなければ。興味があるのは権力だけで、ロキシーではないと、あの姉に気が付かせなければ。
彼が以前と同じ考えを抱いているのは明白だ。なら、何を言えばモニカ側に傾くかなど、簡単に分かる。
――と、厨房の外に、人の気配を感じた。
(ああ、なんて好都合なのかしら)
モニカは椅子から立ち上がると、レットに近づく。
「あなたを愛しているわ」
「……ご冗談を」
「本気よ?」
もう一歩近づく。憎たらしいことに、レットはまるで動じていない。
そして表情を変えずにモニカに告げた。
「ロキシー様に結婚を申し込みました」
モニカは、自分の顔が青ざめるのが分かった。
(ロキシーが、わたくしを裏切ったってこと? あれほどレットには興味がないと言っていたくせに!)
だがレットは自嘲気味に笑う。
「即座に断られましたが」
それを聞いて、胸をなで下ろす。
まだ手遅れではない。取り戻せるはずだ。
モニカは、また一歩近づく。
そして、核心を告げた。
「あなたはロキシーが王家の血を引くと思ったのね? だから結婚を申し込んだんでしょう」
レットの表情が、わずかに引きつるのを感じた。
はっと息を呑む気配が、厨房の外からする。この場に居合わせてしまうなんて、彼女も運が悪い。レットはその気配に、気が付いてはいないようだ。
見せつけてやらなければ。
モニカはレットにすぐ触れる距離まで来て、はっきりと言った。
「だけどわたくしよ? わたくしが王女なの。あなたが真に愛するべきはわたくしなのよ! ねえ、レット、わたくしを、愛しているでしょう――」
ぐいっと彼の襟元を掴むと、顔を近づけその唇にキスをした。




