嵐の後で、彼と彼は再会する
オリバーを先に休ませて、三人で家の片付けをしていると、来客があった。
赤毛の彼が、ひょっこりと現れたのだ。初めに声をかけたのはレットだった。
「やあルーカス君。頭の傷は癒えたのかい」
レットの着る制服をじろりと見たルーカスは眉を寄せる。
「……軍人か? 誰だ」
「相変わらず忘れたままか。君の上官だった者さ」
「あんたが?」
「そうなの!?」
重ねるようにロキシーも尋ねる。ルーカスがレットの部下だったなんて、少しも知らなかった。
「偶然再会しましてね。軍も戦場も広大なので、ああして会えたのは奇跡ですよ。どちらかが熱烈に望んでいない限りはね」
どこか含みのある言い方だ。
ルーカスはレットにさほどの興味を示さず、ロキシーを見ると言った。
「様子を見に来たんだ。昨日はひどい騒ぎだったから。片付けか? 手伝うよ」
反応したのはモニカだ。
「ルーカスったら、随分久し振りじゃないの? もっと早く来ると思ってたわ」
ルーカスがモニカに不審げな目を向けたため、ロキシーが紹介する。シャノンから聞いていたらしく妹だと告げると、納得したのか頷き、やや疲れたように言った。
「オレがロクサーナに会おうとすると、シャノンの情緒が不安定になるんだよ。馬鹿馬鹿しいことに、オレとあんたの間に何かあったんじゃないかって疑ってるらしい。流石に今日は、昨日のこともあって、行って来てもいいと言われたが」
「ふん。もうシャノンの尻に敷かれてるのね」
当てこすりのようなモニカの言葉を無視し、ルーカスは無言で屋敷を片付け始めた。その様子を見ていたレットがぽつりと言う。
「あれほどシスターコンプレックスをこじらせていた男が、よくもまあ変わったものだな」
ロキシーは再びレットに尋ねた。
「知ってたの? ルーカスが、記憶喪失だって」
「ええ。なにせ彼は私を庇い、怪我をしたんですから」
「庇い、ですって?」
モニカの鋭い声が飛んできた。
「ルーカスがあなたを庇ったっていうの?」
「残念ながら、モニカ様。彼は私を庇ってくれたんですよ。……信じられませんか?」
「別に残念じゃないでしょう?」
疑問を口にするが二人は答えない。
その空気に再び奇妙さを覚える。
レットはロキシーに説明をする。
「……敵の砲弾が飛んできたとき、ルーカス君が私に体当たりして、代わりに負傷を。彼は生死をさまよい――」自分の頭を人差し指でつつきながらレットは言った。「――目覚めた時にはあの状態だ」
「そうだったのね……」
人を庇うなど、誰よりも勇気と責任感がある弟らしい行動だ。
ルーカスの背中を見つめながら、どこか嬉しく思った。
「ロキシー様」
と、レットに呼ばれ、振り返る。彼の手が、ロキシーの髪に触れた。
「今度二人で遊びに出ませんか」
「遊び? どんな?」
「大人のするような――」
レットの目は笑いながらも、ロキシーを決して逃すまいとするかのように見続けるので、逸らすことができなかった。
「やめろよ」
助けが入った。硬直が解けたかのようにロキシーはほっと息をつく。
レットの手をルーカスが掴んだのだ。レットは赤毛の彼をじろりと見る。
「記憶がないくせに姉さんが大切か?」
「別に、困ってる人を助けただけだ。っていうか、忘れてても姉さんは大切だろ」
「君の大切は、姉弟のそれとは違ったんだよ」
「違ったって、どういう意味だ」
レットはため息とともに言った。
「ひどいな、私の口から説明させる気か? 自分で考えたまえよ。できれば永遠に忘れていてもらいたいものだが」