混乱の中で、亡霊は蘇る
階段の上から、鋭い音が聞こえる。
下の部屋で待っていたロキシーは、驚いて出て行く。
モニカが降りてくるのが見える。手には拳銃を持っていた。
ロキシーは彼女の表情に、違和感を覚える。
幼い頃、頻繁に見せていた冷酷な表情だ。
「お父様は死んだわ。この拳銃で、ご自分で頭を撃ち抜いて」
「なんだと!?」
叫んだのは見張りの兵士だ。
「だから兵隊さん、見張りはもう不要よ」
だが兵士はモニカの脇を抜けるように階段を登っていく。
「死んだって、言ったのに」
隣に兵士が来たその瞬間、モニカは兵士に拳銃を向け引き抜いた。
腹に当たる。兵士は倒れる。そのまま何度も撃ち込んでいく。
あっけにとられたロキシーは、身動きが取れない。
兵士が死んだのを確認したモニカは、ロキシーに向き直ると言った。
「この世界は、腐った童話だったみたい」
「ど、どういう意味?」
「カボチャの馬車には別の女が乗っていて、シンデレラがやっと歩いてお城に着いたとき、王子様は別の女を部屋に連れ込んでいたのよ。絶望したシンデレラは、オオカミに食われて泡となって消えるの」
「なんの話よ――」
ゆっくりとモニカは階段を降りてくる。兵士から流れた血が、絨毯を染め上げる。
「この世界は祝福だとあなたは言ったけど、誰にとっての祝福かはあの時、考えなかった。初めから、必要なかったのは誰かってことよ」
モニカの態度に気圧されて、ロキシーはやはり何も言えない。
空気を一変させたのは、唐突に開かれた玄関の扉だった。
来客の予定などない。
そもそも、この屋敷に尋ねてくる人などいないのだ。見張りの兵士以外には。
その兵士は、たった今、モニカが殺した。だから、人が入ってくるわけがない。
にも関わらず、彼は現れた。
よりにもよって、この場に居るはずのない人物の筆頭が、そこに立っていたのだ。
「一体、何が! 銃声がしました、ご無事ですか!?」
四年前、戦地へと旅立ち、戦争の英雄となり、勇敢に死んだ人。誰もがその死を悼んでいた。
だが。
レット・フォードはそこに立っていて、額に汗を滲ませている。記憶と寸分違わず、相変わらず美しい男だ。
「レット……?」
信じられず、その名を呼んだ。
そのまま彼は、一歩屋敷に踏み入れる。倒れる兵士と銃を握るモニカに気が付いたようだ。
「モニカ様、あなたが彼を? 他に兵士は?」
なぜ彼がここにいるのか分からないがなら、ロキシーは首を横に振る。
「い、いないわ……」
「なんで、生きているのよ!」
モニカが顔面蒼白のまま叫ぶ。反してレットは冷静だった。
「生きていてはいけないような口ぶりでは、流石の私も少しは傷つきます。
後で説明しますよ。今はあまり時間がない。反乱軍に乗じた奴等が、町中で暴れ回っています。ここも危ない。大きな屋敷から襲われているようです」
それから、辺りを見渡した。
「ファフニール中将はどこに?」
「に、二階よ!」
ロキシーが答えると、レットは階段を駆け上がり、ほどなくしてオリバーを背負い現れる。
父は生きていた。
「……死んだって言ったら、兵士が引き下がるかなって思ったのよ。それに、本当にお父様を置いて逃げるつもりだったわ。そしたら死ぬことになるでしょう?」
モニカがレットとオリバーを見つめながらそう言った。
「逃げましょう、私が来たからには安全です。なにせ戦争の英雄ですから」
「……本当に、レットなの? 死んだって、新聞を見たわ」
ロキシーはまだ混乱しつつ、尋ねる。
「亡霊に見えますか? 案外そうかもしれないですよ。『壮烈なる戦死』をしましたが、この世に未練がありすぎて、土の下から這い出てきました」
「つまらないわ」
モニカは彼を睨み付ける。レットは苦笑した。
「相変わらず手厳しい。……あれは誤報ですよ、私の上着をかけた人間が、私だと誤解されました。
訂正記事を出させましたが、ああいうのは小さく載るもので。未だ会う人間皆に、驚かれます」
と、肩をすくめてみせた。
二人と居ない飄々とした態度に、どうやら本当にレット・フォードが生きていたらしいと確信をする。
こんな時ではあるが、胸にじわりと喜びがにじんだ。
話したいことは山ほどあったが、レットは言う。
「元々私に帰還命令が出ていましてね、無視していましたが、ファフニール中将排斥のことを聞きつけ、きな臭い話を知り、戻りました。あなた方が心配だったので」
それから、ロキシーに手を差しだした。懐かしい笑顔で、懐かしい声をかけられる。
「王都の外に出ましょう。街は大混乱だ。私から決して離れないでください」




