真の王女を、父は守る
いつの間にか夏になっていた。季節の変わり目を感じている余裕など、なかった。
オリバーの予後は良くなかった。国に反目している疑いのあるオリバーに関わろうとする医者は少なく、やっと来た医者もろくなものではなかった。
中将という役職も解かれ、頼るものはいない。
昔の父を支配していた若々しさは過ぎ去り、どっと老け込んだように思える。
それでも父は逮捕されなかった。ロイが手を回してくれているらしい。
暮らしは以前のようにはいかなかった。当然のことながら収入はないし、貯金を切り崩しながら生活していた。
このままでは働きに出ることも考えなくてはならない。
ロキシーの何もかもが、変わりつつあった。
今まで、誰も思わなかったことがある。例えば王都が火の海になるということもそうだ。
だが続いた反乱軍による事件により、不安は増大されていた。王都は葬儀のように静まりかえり、かつての活気は失われた。
屋敷に行く、と言っていたルーカスが訪ねてくる気配もない。家の前にも、時には中までも見張りの兵士が付きものものしい空気が漂っている。
そして遂に、決定的な事件が起きてしまう。
その日、モニカは買い出しに出ていた。使用人を雇う余裕は既になく、解雇していたから、必要な用事があれば、双子のどちらかが交互に街に出ていた。
ロキシーは父と、モニカを待っていた。そんな午後だった。
聞いたこともない音が、遠くで聞こえた。
「あの音は……」
起き上がろうとする父を手助けし、支えながら二人で窓側による。数キロ離れた建物から、煙が上がっている。
「爆発したらしい。あれは……監獄の方角じゃないか」
驚いてロキシーも目を凝らす。
あそこには、政治的思想を持つ多くの人間が収容されている。即ち、反乱軍だ。例の反乱軍の元リーダー、マーティーもいたはずだ。
「……まさか、フィンが?」
「止めに行かねば」
行こうとする父をロキシーは慌てて止める。
「そんな体では無理です! 行ってなにができるというの!?」
必死で発したその言葉は、父の心をえぐりとる。力なく椅子に腰掛け、悔しそうな表情になった。
「そうとも……こんな体では、もはや何もできはしない」
と、モニカと見張りの兵士が言い合いをしながらこちらに向かってくる気配がした。
「わたくしたちは何の罪も犯していないのよ!? 安全な場所に避難して何が悪いのよ!」
そう怒鳴りながら部屋の中にモニカは入ってくる。
「町中で反乱軍が暴れているのよ! 逃げなきゃ、ここだって危ないわ! お金持ちの屋敷も襲われてるのよ!」
「行かせるわけにはいかない!」
見張りの兵士が扉を塞ぐように仁王立ちする。
「どきなさい! 仮にお父様が反乱軍の一人だったとして、こんな体ではなにもできないわ!」
「演技かもしれない」
モニカの凄みにも、兵士は動じない。
「じゃあここに反乱軍が攻めてきたら、あなたがわたくしたちを守ってくれるって言うのね!?」
「なぜ我々が反逆者を守る必要がある!」
押し問答は無駄らしい。
様子を見ていたオリバーがこの場を収めるように、ゆっくりと言った。
「モニカ、彼の言うとおりにするんだ。我々はここに留まろう」
何かを言いたげなモニカを父は目で制す。兵士は納得したのか、部屋から出て行った。
それからオリバーは、ロキシーに向き直る。
「ロクサーナ、悪いが席を外してくれ。モニカに話がある」
モニカだけにどんな話がと思ったが、すぐに思い至った。
(モニカが王女だという話をするんだわ)
分かりました、と返事をしてロキシーは部屋を出た。




