死の未来から、男は生き残る
あの夜、オリバーを医者に運んだ後でルーカスは言った。
「オレはシャノンのところに戻る。心配してるだろうし」
ロキシーは頷く。本音を言えば、ずっと一緒に居て欲しかったが、我が儘を言ってはいけない。
「近いうちに、屋敷に顔を出すよ。その時に、オレとあんたのことを教えてくれ」
そう言って、ルーカスは去った。
オリバー・ファフニールは生き残った。
運命に打ち勝ったと、ある側面では言える。
だがもう一つの角度から見れば、最悪な事態に陥ったとも言えた。
オリバーに、反乱軍内通の嫌疑がかけられ、男爵という爵位が剥奪されることになったのだ。
逮捕に至らなかったのは、本人が未だ重傷人だったからだ。命を取り留めたものの、立場は非常に危うかった。屋敷には、常に見張りが付いていた。
ロキシーは毎日父の看病をした。養父と養母を看取った時を思い出した。親と呼べる人が四人居るのは幸せかもしれないが、こうも早く失うのは紛れもなく不幸だ。
モニカはあの日、屋敷に先に戻っていた。兵士たちの尋問を受け、疲れ切った表情をしていたものの、父の無事を知り、喜んでいた。
◇◆◇
数日後、事件が起きた。
ロキシーとモニカにはまるで関係のない事件だ。
そして、王にしたら、取るに足らない事件だ。
だがそれは、この国に生きる人々を絶望させるに、十分な事件だった。
以前から、まことしやかに囁かれていた噂があった。敵国の内通者が倒れ、立ちゆかなくなったこの国の大敗走が起きているのではないか、という噂が以前よりも熱を帯びていた。
このまま戦争に負けるのではないかという不安がさざ波のように広がっていった。そうなれば、生活はどなるのか。今でさえ、飢えに苦しみ続ける人がいるというのに。
負けるなどと、今まで口にすることは許されなかった。だが反乱軍の活動が増した。王は本当に正しいのか。今まで考えもしなかった思いが、人々を支配した。
だが一方で、王こそ人々の正義であり、王であれば、きっと全ての困難を解決してくれるはずだという思いも未だに強く抱いていた。
誰が言い出したのかは、今となっては定かではないが、その二つの感情が、貧しい層を中心とした人々を城に向かわせた。
大勢の人が押しかけ、城は一時騒然としたという。人々は反乱を企てたのではない。王をどうこうしようなどとは、考えていなかった。だた疑問があり、答えがあれば良かった。
だが王はそうではなかったらしい。反乱軍の騒ぎで、城内が過敏になっていたせいもある。人々を敵意ある者たちと判断したのだ。
押しかけた人を、兵士により捕らえさせ、壁に並ばせ順番に射殺した。
その事件は国を根底から揺るがした。無抵抗な国民を、王が一方的に殺したように見えただろう。
地方に散った反乱軍に、加わる人も少なくないと聞く。
かつて従順だった国民は、今や怒り狂っていた。
◇◆◇
彼が訪れたのは、そんな折りだった。
見張りの兵士は彼に敬礼をして、通す。
「ロイ・スタンリーさん。いらしてくださって、嬉しいですわ」
モニカがよそ行きの笑顔でそう言った。
「婚約したと聞きました。おめでとうございます」
少し前、そんな話題を聞いたので、ロキシーは祝福を口にした。
名をレイチェル・オッターという彼女は気立てが良いと評判で、順調に交際が進んでいるようだ。
「ありがとう。正直言って、君のおかげだモニカ。進言通りのプレゼントが、功を奏した」
とロイは照れくさそうに笑った。
「クリフ殿下が心配していた。君たちの様子を見てきてくれと。よもや、本人が出向くわけにはいかないからな」
彼は、二人を見て、それから暮らしぶりを見て、見張りはいる生活ではあるものの以前とそれほど差があるわけではないことに安心した様子だ。
「君たちと、君たちのお父上をどうにか救えないかと画策している」
ソファーに座るなり、そう言った。意外だった。彼はモニカを無理矢理襲った男にされかけたのだから味方してくれるとは考えていなかった。
「あなたはわたくしを恨んでないの?」
ド直球にモニカが尋ねるのを、ロイは苦笑混じりに返す。
「俺個人として、君に嵌められた苦い思い出がなくはないが、あれはまあ、我々も悪かった。恨んでないさ。
俺はもちろん、王家側の人間だ。忠誠を誓っているのは最終的には国王だ。だが中将を強引に排斥するのが正しいやり方とは思えない。殿下の意向もあるが、俺も君たちを助けたいんだ」
「心強いですわ」
ロキシーが言うとロイは頷いたが、その表情は明るくはない。
「だが、元々ファフニール中将は前女王の家臣だった。そのわだかまりが、今城内で噴出している。
先日、人々が城に押しかけたこともあり、城内は異常な空気が支配しているんだ。中将も、回復を待ち捕らえられる予定だ」
「何ですって! お父様はなんの罪も犯していないのよ!」
ロイに怒鳴っても仕方がないが、モニカは立ち上がり掴みかからんばかりの勢いで彼にくってかかった。
「……君たちに言うべきことではないかもしれないが、ファフニール中将は敵国に間者を作っていた。我が国を勝利に導くために、その者を使って多大なる貢献をしてきたんだ。だから出世をできたとも言えるが」
だが、とロイは首を横に振る。
「敵国の間者は我が国と内通していることが判明し、死んだらしい。ところが、これを逆手にとった奴等が我が国にいた。
中将こそが、敵国の内通者なのではないかと疑いをかけられている。反乱軍に加担し、王を討つつもりなのではと。だから中将の立場は、非常にまずい」
「お父様はいつだって陛下のために尽くしているのに……」
ロキシーは言う。ロイの顔は渋いが、はっきりと言った。
「分かっているさ。俺も中将を尊敬している。みすみす、殺させたりは、絶対にしない」
ロキシーはロイ・スタンリーをよく知らない。かつての世界で、関わりは薄かったはずだ。
しかし微笑むロイは、きっと誠実な人物だろうと思った。
「反乱軍は地方へと逃げたようだ。フィン・オースティンの行方を、軍が追っている」
「捕まったら、フィンはどうなるんです?」
「死罪だ。この争いを止めるには、もうそれしかない」
心臓が冷える思いだった。
また来る、と告げロイは去って行った。
ここまでお読みいただき本当にありがとうございます。
この話で、大体全体の半分くらいです。




