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断頭台のロクサーナ  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第三章 蝙蝠は誰も愛さない

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建物の中に、弟と潜入する

 ルーカスがロキシーの前を行き、道を確保する。戦場でどんな戦いをしたのか知らないが、ルーカスはロキシーが知る彼よりも、ずっと勇敢に見えた。


 暗い建物の中は、外とは違い奇妙に静かだった。今は銃声も止んでいる。


 火薬の匂いが鼻についた。人はいないように見えた。


 柔らかい何かを踏んづけ、小さく悲鳴を上げる。軍服姿の死体だった。


「そんなに臆病で、よく一人で入ろうとしたな」


 ルーカスが呆れたように言う。むっとして小声で言い返した。


「昔、ルーカスはお化けが怖いって、わたしのベッドに潜り込んで来たのよ。守ってあげたんだから」


「へえ。じゃあ以前は強かったんだな」

 

 あまり興味が無さそうに発せられたルーカスの呟きに、ロキシーは思わずびくりとした。


 そういえば、小さい頃の自分は何も怖くなかった。王都に来た時だって、誘拐犯に立ち向かった。

 いつの間にか、弱くなってしまったのか。誰かにすがり、守られることにすっかり慣れて。

 だって、モニカの側にいて、言うとおりにしていれば、安全だった――。


 ルーカスは進んでいく。扉を開け、人の有無を確認するが、いずれも不在だった。

 先程の会話で幼少期を思い出したのか、独り言のように呟く。


「オレの知っている限り、一番強い人は母だった。自分を信じろと、いつも言っていた」


「違うわ、信じられるのは自分だけって言っていたのよ」


 一瞬、ルーカスはロキシーを振り返り面食らったような表情をしたが、


「そうか、オレのお母様は、あんたにとっても母親か」


 合点がいったように、笑った。

 こんな緊迫した時なのに、弟の久し振りの笑顔にロキシーはどこか安堵してしまう。

 二階へと上がる階段の途中で、そっと声をかける。


「ねえ、ルーカス」


「しっ」


 話しかけようとしたが、手で遮られる。彼の視線は階上の一つの扉に向けられていた。開けはなたれている。


 中から声がする。

 ここに人が居るらしい。


 状況から察するに、兵士に追い込まれ、向かい合っているのだ。

 扉に近づき中をうかがう。見えた光景に息を呑んだ。


「ファフニール中将、なぜそちら側に付くのだ!」


 兵士の一人がいらだたしげに声を荒げる。


「そうではない。だが、まだ彼は、何もしてはいない! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 オリバーの声にルーカスがはっとしたように目を見張った。


 部屋の奥で、壁を遮蔽物に使いながらこちらを見ているようだ。後ろには、反乱軍らしき若者たちがいるらしい。もっと目を凝らすと、フィンの姿もあった。肩を押さえている。撃たれたらしい。


 そしてこちらに背を向けるように、数人の兵士たちがいる。彼らも反乱軍と向かい合いながら、物陰に隠れている。事態は膠着しているらしかった。

  

「……正規に命じられた奴等じゃないみたいだ。多分、命令外で勝手に動いたんだろう。酒も飲んでいるみたいだし、階級のない若い連中だ。勢いでやってるな」


 ルーカスが兵士たちを見て冷静にそう言った。 

 もしかすると、父の部下のうち数人が、怪しみ後を付けたのかもしれない。


 もっとよく見ようと扉に顔を近づけた時、父と目が合った。その瞳が、大きく見開かれる。


 異変を感じ取った兵士の一人が振り返り、そして叫んだ。

 

「誰だ!」


 その瞬間、反乱軍の一人が兵士に向かって発砲した。

「よせ!」とオリバーの声がする。兵士の一人が父に向けて銃を構えたのが見え、堪らず地面を蹴り、その兵士に飛びついた。


 パン、という発砲音がして兵士は倒れる。頭から血を流していた。


 撃ったのはルーカスだった。


「くそ」


 そう毒づき、彼は拳銃を握る右手を、反対の手で覆った。その瞬間を見逃すまいと、反乱軍の若者たちは銃を取る。


「やめるんだ!」と再び父の声がする。どうやら父は、反乱軍と兵がこれ以上の交戦となるのを防ごうとしているらしい。


 ロキシーの体は物陰に引っ張られる。ソファーだった。

 厳しい視線を兵士たちに向けているルーカスがロキシーを引き込んだらしい。父は無事だろうか。

 

 兵士たちはロキシーとルーカス、そして反乱軍たちにより挟み込まれている状況だ。

 ロキシーは反乱軍の味方というわけではないが、父とフィンの味方ではあった。だから兵士たちが彼らに危害を及ぼそうとするなら、戦うつもりだ。

 

 耳に銃声が響く。ルーカスが放ったものではない。彼は初めの一発以来撃っていなかった。

 

 ルーカスが握る拳銃が、震えていることに、ロキシーは今になって、ようやく気が付く。


(勇敢な人間なんて、いないんだわ)


 誰しも自分を勇気づけ、踏ん張らせ、留まらせ、転んでも、立ち上がらせる。前へ進んでいくために。


「だめだ」

 

 ルーカスは毒づく。自分自身に言ったようだ。


「人を撃つと、こうなる。戦場じゃ、それなりにやってたみたいだけど、病院で意識を取り戻してからずっとこれだ。だから使い物にならないと、兵士を首になった」


「大丈夫よ、ルーカス。わたしも、一緒にやるから」


 そう言って、ルーカスの手を包み込む。ルーカス一人の手を汚れさせるつもりは毛頭ない。


「いつだって、一緒よ。何もかも、半分分け合ってきたんだから」


 ルーカスの震えが止まる。ロキシーの手が握る自分の手を、彼は凝視していた。


「……オレって、情けない奴。女の子一人、ろくに守ってやれないなんて」


「情けなくても、構わない。それに守ってもらわなくたって、一緒に戦うことはできるでしょう?」


 灰色の瞳が、ロキシーに向けられる。その奥に、かつて帯びていた情熱がにわかに戻っているのを感じた。

 彼の頭の中から大切な記憶が全て抜け落ちていたとしても、その心が失われた訳ではない。


 二人は、しっかりと頷き合った。


「やろう」


「ええ」


 あえて全てを言わなくとも、やることは決まっていた。


 同じ両親のもと、同じ愛情を注がれて育った。何を考えているかなんて、手に取るように分かる。

 二人で銃を兵士に向け、二人で引き金を引いた。当たっているのかさえ分からない。だが後方からの攻撃に、兵士たちはひるんだようだ。


「逃げろ!」


 フィンのよく通る声が聞こえ、反乱軍たちが窓から脱出していく。それを兵士たちの銃弾が追っていく。


 やがて静寂が訪れた。

 反乱軍も、兵士たちもいない。


 倒れた者は数人いた。その中に、父の姿を見つけてロキシーは駆け寄る。

 目を閉じ、ぐったりとしている。


「お父様!」


 運命は覆すことはできないのか。父は、以前と同じようにここで死ぬのか――?


 だがロキシーが触れると、うっすらと目を開けた。


「ロクサーナ……」


 生きていた。ほっと安堵のため息をつきかけたのも束の間、ルーカスが自分の上着を脱ぎ、オリバーの止血をした。


「動かさない方がいい! 撃たれてるんだ」


 手際の良さに、戦場で繰り返し行っていたことなのだろうと想像した。


「他にも怪我人がいる、そっちを先に手当てするんだ」


 オリバーの弱々しい声が聞こえる。周囲を見渡すと、確かに怪我人が数人いた。重傷だろうと思われる人も。

 こんな時でさえ、自分よりも回りを優先する父は立派だ。だがロキシーは従わない。

 

「嫌よ、あとで叱られたって構わない。お父様を一番初めに助けるの。ルーカス、手を貸して!」


 オリバーを運び出した後で、騒ぎを聞きつけた別の軍人たちが、負傷者を運び出しているのが見えた。


 議場襲撃騒ぎと、今回の騒動。

 反乱軍と国との間に、埋めることのできない深い溝ができあがったことは明白だった。


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