父を追って、わたしは街へと出る
オリバーが外へ出たと気が付いたロキシーとモニカは、即座に後を追った。
こんな夜に出かけるなんて思わなかった。目を離してしまったのだ。
行き先は知っていた。反乱軍が使っている、あの廃屋だ。もし違うなら、それでいい。別の場所で父が死ぬことはないのだから。
おぼろげなガス灯が揺らめいているだけの暗い夜道だ。
湿気ばった、嫌な空気がまとわりつく。異様な気配が街を包んでいた。
「変に静かに感じるわ」
モニカがそう口にした瞬間だった。
静寂を切り裂く、鋭い音が響いた。
「銃声!」
ロキシーとモニカは顔を見合わせる。一発だけではない。続けざまに何発も聞こえてきた。
建物の中からも、様子を見ようと人々が出てくる。
走り出そうとするロキシーの袖を、モニカが掴んだ。
「危険だわ! もう反乱軍は交戦している、手遅れよ!」
「いいえ、まだ助かるわ!」
妹を振り切り、ロキシーは走った。ロキシーの名を呼ぶモニカの声が聞こえても、止まらなかった。
もしここで、父も失ったら。ロキシーが過去に戻った意味を、また一つ失うことになる。
モニカは付いてこないようだった。
ひどい騒ぎだった。
やはり銃声は、例の廃屋から生じているようだ。近くに住む人々が悲鳴を上げながらロキシーの進行方向とは反対に逃げてくる。
待て、と誰かが叫んでいる声もする。
押され、ぶつかられ、思うように進めない。だが諦めるわけにはいかなかった。
人々は恐怖により逃げていた。だが、ロキシーもまた、恐怖により突き進んでいたのだ。
銃声は止まない。
「待てと言っているだろう!」
腕を掴まれ、驚いて振り返る。強い力で、振りほどけない。
「一体、どうして反対方向に行くんだ! 危険じゃないか!」
怒鳴り声を上げながらロキシーの腕を掴んでいるのは、あろうことかルーカスだった。
シャノンの家もこの近くだったと思い出す。騒ぎを聞いて、外に出たのか。だが構ってられない。
「離しなさいルーカス! わたしはお父様を助けなきゃならないの!」
「あんたが死ぬだけだ!」
ルーカスが善意からそう言っているのは分かる。しかしロキシーには怒りが沸いた。
以前のルーカスなら、ロキシーを止めずに一緒に行ってくれたはずだ。今、目の前のこのルーカスは、何も知らないくせに一方的な正義でロキシーの邪魔をする。
「わたしが死んだって、あなたに関係ないじゃないの!」
何もかも、勝手に忘れているくせに――!
「関係ないが、後味が悪い! 馬鹿か!? 命を無駄にするなよ!」
ルーカスがこんなにロキシーに言い返してくることも今までなかった。
「馬鹿はあなたよ! 相談もなく勝手に戦争に行って、命を無駄にしようとしたのはそっちの方じゃない! わたしのこと大好きだったくせに、綺麗さっぱり忘れてシャノンと婚約して帰ってくるなんて! 言っておくけど、わたし、あれがファーストキスだったんだから!」
勢いに任せてそう叫ぶと、ルーカスは目を丸くした。
「キスって、オレが、あんたに――?」
「喧嘩している時間はないのよ! わたしじゃなくて、シャノンを守ってあげなさいよ!」
八つ当たりだ。分かっている。
自己嫌悪は後で良い。
緩んだ手を振りほどき、再び走った。
近づくまでもなく、その事態は確認できた。
人が次々に近くの建物の中から出てくる。反乱軍の一味なのか、それとも一般人なのか、ロキシーには判断できない。少なくとも、フィンの姿も、父の姿もなかった。
怒号と銃声が響く。
意を決し、中に入ろうとした時だ。
「待て」
またしても止められる。
再び現れた赤毛の青年を見上げながらロキシーは叫んだ。
「ルーカス、なんで来たのよ!」
「なんでだって!? オレだって知りたい! なんでシャノンじゃなくてあんたを助けてるのか! だけど一人で行かせたら絶対に後悔するって思ったんだ! だって、姉さんなんだろ!」
ルーカスは腹を立てているようだった。苦虫を噛み潰すような表情をして言う。
「……で、折衷案だ。どうしても中に入りたいって言うなら、オレも一緒に行く」
言いながら、拳銃を取り出した。やはり、ルーカスはルーカスなのかも、とロキシーは思った。