わたしの過去を、わたしは思う
ロキシーに与えられたのは、以前と同じ部屋だった。
埃を被っていないことを見ると、使用人によって毎日掃除がされているらしい。
ようやく一息つく。
結局ここに帰ってきてしまった。
あの過去と同じように、ここに。
(どうして女王は死んだんだっけ――?)
思いを馳せるのは、やはりそのことだった。
なぜルーカスにあれほどの憎悪を向けられていたのか。
モニカが女王として君臨し、レットはその婚約者で、ゆくゆくは王となる。
似通っていて、微妙に違う世界での出来事。
どこまで一緒で、どこまで違うのだろうか。
この世界でもルーカスに憎まれて、処刑されるなんて嫌だ。同じ轍を二度と踏むものか。
(整理してみましょう)
あの夢を見て以来、徐々に過去が蘇ってきていた。細部までは思い出していないが、その輪郭は掴んでいた。
一番古いと思われる記憶は、子供時代のものだ。多分、今と同じくらいの年の頃だ。
ロキシーはどこへも養子には行かず、この男爵家でモニカと育っていた。
そして父の部下だというレットと会ったのだ。一目見るなり、恋に落ちた。理由は極めて単純で、好みの顔をしていたからだ。
(昔のわたしってお馬鹿だったのね)
顔がいいだけで、今のロキシーは恋には落ちない。人間の価値は顔ではないと知っているから。
ともかく、過去のロキシーは彼が好きだった。
だけど彼は他の多くの男と同じくモニカの方を気に入っていた――ように思う。だから激しく嫉妬して、感情のまま彼女に嫌がらせをした。憎んで憎んで憎み抜いた。健気なモニカは、それでもロキシーを許そうとしていた。
だが、ある日転機が訪れる。
国王の使者が、ファフニール家を訪れたのだ。
――王女を探している。
そう告げた。
使者は確信していた。ここの双子のどちらかが、王家の血を引いているということを。
(……そう、そうよ! やっぱりわたしとモニカは血が繋がっていなかった!)
現国王はかなりおぞましい方法で王位に就いていた。
前王の死後、初めに王位を継いだのはその娘だった。だがこの国で、女が王になる習わしはなかった。あってもわずかな間の代行で、この時も前例と同じくそうなった。
彼女が王家の血を引く遠縁の男と結婚したとき、王位はその男のものとなった。彼こそが現国王だ。名はアーロン。
国王となったアーロンは恐れた。王妃は人々から絶大な支持を得ていて、あるいは自分よりも王に相応しいと考える輩がいたからだ。
だから、彼は王妃を追放した。その腹に、赤子がいると知りながらも。
王妃は赤子を出産し、そして帰らぬ人となったという。その赤子を秘密裏に匿ったのが、王家を守るために尽力してきた軍人オリバー・ファフニールだった。
そのことを使者は嗅ぎつけた。
過去のロキシーは確信した。王女はモニカだ。彼女には人を惹き付ける魅力があったし、何より父が二人を呼び出しそう言ったからだ。
――モニカが、王女だ。
ロキシーは思った。
許せない、と。
人に愛される才能ばかりか、地位まで持って生まれてきたなんて。
そんな折り、オリバーが亡くなった。事故だった。ロキシーは父を愛していたから、ひどく悲しかった。だが止める者がいなくなったロキシーは狂気を深め暴走した。
――わたしが王女よ。
そう名乗り出たのだ。
王は病を患っていた。だから死の間際、どこかで生きているのであれば、妻と子供を呼び寄せたいと考えた。
王の死後、ロキシーは偽りの女王となった。
思うがまま、国を動かした。隣国との戦争を激化させたし、国民から金を搾り取った。レットとも婚約を結んだ。この世の全てはロキシーのものだった。
あのモニカに勝った。ロキシーは暗い満足感に満たされていた。
全て順風満帆だったはずだ。
革命が起こるまでは。
革命を率いたのは数人いたはずだ。だが今、思い出せるのは一人だけ。
ルーカス・ブラットレイ。
平民出身の、兵士だ。
その時のロキシーに、彼とのつながりはなかった。顔も姿も知らないし、もちろん絆もない。
初めはただの反乱だった。いつものように鎮圧すればいいはずだった。だがその反乱はさざ波のように国中に広がり、ついには誰も止められぬ巨大なうねりとなってロキシーに襲い掛かった。
彼らが擁立したのは、真実の女王モニカだ。
またしてもあの女が邪魔をするのか。
ロキシーは憎しみに支配されていた。
反乱軍が城まで攻めてきたが、ロキシーを捕らえたのは彼らではなかった。
――ここまでだ。ロクサーナ、貴女を裁判にかける。
冷たい声でそう告げたのは、あろうことか愛する婚約者レット・フォードだった。
彼は革命一派と内通していたのだ。
――私が真に愛するのは、モニカ様だけだ。
彼はその手に多くの証拠を持っていた。ロキシーが血筋を偽ったこと。無理に戦争を推し進めたこと。有能な家臣たちを処刑したこと。
彼はロキシーに一番近い場所で、その証拠を集めていたのだ。
その時ロキシーが何を思ったか、覚えていない。だが果てしのない絶望だけは思い出せる。
裁判など名ばかりで、すぐにロキシーは処刑された。
それがロキシーの過去だ。
十七年間生きて、死んだ。
(我ながら最低な人生だわ)
過去のロキシーの性格は、自分で言うのもなんだが極悪だ。
いまいち今の感情と結びつかないのは、現ロキシーは王位に就きたいとも、レットと結ばれたいとも少しも思わないことにあるし、第一、人を不幸にしてまで自分が幸せになりたいとは思わない。
男爵家に戻っては来たが、過去と同じ道を辿るとは思わなかった。もし王からの使者が来たら、モニカを差しだそう。そして父が死ぬ事故を未然に防ごう。
あとはルーカスを呼び寄せれば完璧だ。レットはモニカにあげよう。別にロキシーのものではないけれど。
(うん。完璧なプランだわ)
気がかりなのは、モニカの妄想だ。
もしモニカも――。
とロキシーは思った。
(もしモニカもわたしのように過去を思い出しているのなら、断片的に蘇った記憶によってそんな妄想をしたのかしら?)
だが実際、過去のロキシーはモニカを殺しはしなかった。嫌がらせを受けた記憶が蘇り、そう思い込ませたのだろうか。
妄想は終わったと言っていたし、蒸し返す気はないが。
過去と今は違うはず。
だから大丈夫。
不安はあったが、考えないようにしながら、ロキシーは眠りについた。