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断頭台のロクサーナ  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第一章 首を切られてわたしは死んだ
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わたしの過去を、わたしは思う

 ロキシーに与えられたのは、以前と同じ部屋だった。

 埃を被っていないことを見ると、使用人によって毎日掃除がされているらしい。


 ようやく一息つく。

 結局ここに帰ってきてしまった。

 あの過去と同じように、ここに。


(どうして女王は死んだんだっけ――?)


 思いを馳せるのは、やはりそのことだった。

 なぜルーカスにあれほどの憎悪を向けられていたのか。

 モニカが女王として君臨し、レットはその婚約者で、ゆくゆくは王となる。


 似通っていて、微妙に違う世界での出来事。

 どこまで一緒で、どこまで違うのだろうか。

 この世界でもルーカスに憎まれて、処刑されるなんて嫌だ。同じ轍を二度と踏むものか。


(整理してみましょう)

 

 あの夢を見て以来、徐々に過去が蘇ってきていた。細部までは思い出していないが、その輪郭は掴んでいた。


 一番古いと思われる記憶は、子供時代のものだ。多分、今と同じくらいの年の頃だ。

 ロキシーはどこへも養子には行かず、この男爵家でモニカと育っていた。


 そして父の部下だというレットと会ったのだ。一目見るなり、恋に落ちた。理由は極めて単純で、好みの顔をしていたからだ。


(昔のわたしってお馬鹿だったのね)


 顔がいいだけで、今のロキシーは恋には落ちない。人間の価値は顔ではないと知っているから。


 ともかく、過去のロキシーは彼が好きだった。

 だけど彼は他の多くの男と同じくモニカの方を気に入っていた――ように思う。だから激しく嫉妬して、感情のまま彼女に嫌がらせをした。憎んで憎んで憎み抜いた。健気なモニカは、それでもロキシーを許そうとしていた。


 だが、ある日転機が訪れる。

 国王の使者が、ファフニール家を訪れたのだ。


 ――王女を探している。


 そう告げた。

 使者は確信していた。ここの双子のどちらかが、王家の血を引いているということを。



(……そう、そうよ! やっぱりわたしとモニカは血が繋がっていなかった!)



 現国王はかなりおぞましい方法で王位に就いていた。

 前王の死後、初めに王位を継いだのはその娘だった。だがこの国で、女が王になる習わしはなかった。あってもわずかな間の代行で、この時も前例と同じくそうなった。

 彼女が王家の血を引く遠縁の男と結婚したとき、王位はその男のものとなった。彼こそが現国王だ。名はアーロン。


 国王となったアーロンは恐れた。王妃は人々から絶大な支持を得ていて、あるいは自分よりも王に相応しいと考える輩がいたからだ。

 だから、彼は王妃を追放した。その腹に、赤子がいると知りながらも。

 

 王妃は赤子を出産し、そして帰らぬ人となったという。その赤子を秘密裏に匿ったのが、王家を守るために尽力してきた軍人オリバー・ファフニールだった。


 そのことを使者は嗅ぎつけた。

 過去のロキシーは確信した。王女はモニカだ。彼女には人を惹き付ける魅力があったし、何より父が二人を呼び出しそう言ったからだ。


 ――モニカが、王女だ。


 ロキシーは思った。

 許せない、と。


 人に愛される才能ばかりか、地位まで持って生まれてきたなんて。


 そんな折り、オリバーが亡くなった。事故だった。ロキシーは父を愛していたから、ひどく悲しかった。だが止める者がいなくなったロキシーは狂気を深め暴走した。


 ――わたしが王女よ。


 そう名乗り出たのだ。

 王は病を患っていた。だから死の間際、どこかで生きているのであれば、妻と子供を呼び寄せたいと考えた。

 王の死後、ロキシーは偽りの女王となった。


 思うがまま、国を動かした。隣国との戦争を激化させたし、国民から金を搾り取った。レットとも婚約を結んだ。この世の全てはロキシーのものだった。 

 あのモニカに勝った。ロキシーは暗い満足感に満たされていた。


 全て順風満帆だったはずだ。

 革命が起こるまでは。


 革命を率いたのは数人いたはずだ。だが今、思い出せるのは一人だけ。


 ルーカス・ブラットレイ。

 平民出身の、兵士だ。


 その時のロキシーに、彼とのつながりはなかった。顔も姿も知らないし、もちろん絆もない。

 初めはただの反乱だった。いつものように鎮圧すればいいはずだった。だがその反乱はさざ波のように国中に広がり、ついには誰も止められぬ巨大なうねりとなってロキシーに襲い掛かった。


 彼らが擁立したのは、真実の女王モニカだ。

 またしてもあの女が邪魔をするのか。

 ロキシーは憎しみに支配されていた。


 反乱軍が城まで攻めてきたが、ロキシーを捕らえたのは彼らではなかった。


 ――ここまでだ。ロクサーナ、貴女を裁判にかける。


 冷たい声でそう告げたのは、あろうことか愛する婚約者レット・フォードだった。

 彼は革命一派と内通していたのだ。


 ――私が真に愛するのは、モニカ様だけだ。


 彼はその手に多くの証拠を持っていた。ロキシーが血筋を偽ったこと。無理に戦争を推し進めたこと。有能な家臣たちを処刑したこと。

 彼はロキシーに一番近い場所で、その証拠を集めていたのだ。


 その時ロキシーが何を思ったか、覚えていない。だが果てしのない絶望だけは思い出せる。

 

 裁判など名ばかりで、すぐにロキシーは処刑された。


 それがロキシーの過去だ。

 十七年間生きて、死んだ。


(我ながら最低な人生だわ)


 過去のロキシーの性格は、自分で言うのもなんだが極悪だ。

 いまいち今の感情と結びつかないのは、現ロキシーは王位に就きたいとも、レットと結ばれたいとも少しも思わないことにあるし、第一、人を不幸にしてまで自分が幸せになりたいとは思わない。


 男爵家に戻っては来たが、過去と同じ道を辿るとは思わなかった。もし王からの使者が来たら、モニカを差しだそう。そして父が死ぬ事故を未然に防ごう。

 あとはルーカスを呼び寄せれば完璧だ。レットはモニカにあげよう。別にロキシーのものではないけれど。

 

(うん。完璧なプランだわ)


 気がかりなのは、モニカの妄想だ。

 

 もしモニカも――。

 とロキシーは思った。


(もしモニカもわたしのように過去を思い出しているのなら、断片的に蘇った記憶によってそんな妄想をしたのかしら?)


 だが実際、過去のロキシーはモニカを殺しはしなかった。嫌がらせを受けた記憶が蘇り、そう思い込ませたのだろうか。

 妄想は終わったと言っていたし、蒸し返す気はないが。


 過去と今は違うはず。

 だから大丈夫。

 不安はあったが、考えないようにしながら、ロキシーは眠りについた。


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