父の運命を、わたしは変える
過去の記憶と同じく、使者は再びやってきた。
過去の記憶と違うのは、使者がロイ・スタンリーだったということだ。
この国唯一の王子クリフが最も信頼を置く腹心だ。モニカが彼を追っ払って以来の再会となる。
「馬鹿げた話だが、君たちのどちらかが王家の血を引いているのではないかという連中がいてな」
客間に通されるなり彼はそう言った。
長身で、痩身。長い髪を後ろに束ね、どこか射貫くような視線をロキシーとモニカに投げかける。と言っても彼に害意があるわけではない。それが彼の平常運転なのだ。
「王家って間抜け揃いなんですのね?」
モニカの言葉に、ロイはたじろいでいる。彼は彼女が苦手らしい。嵌められた過去があるから順当だ。
「あり得ません。一体、どうしてそんな話が出たのか」
ロキシーも必死ですっとぼける。
「確かにわたくしたちはあまり似てないけど、わたくしはおばあ様似、ロキシーはお母様似なの」
適当にうそぶくモニカに、ロイも頷いた。
「勘違いだろうと思ってはいる。俺から完全な誤解だと説明しておこう」
ほっとするロキシーに、ロイは笑いかける。
「ロクサーナ、クリフ殿下が君に会いたがっているよ。今度城に来るといい」
「あら、わたくしには会いたがってくださらないの?」
尋ねるモニカに、ロイは言いにくそうに答えた。
「君には、なんというか、どちらかというと恐れをなしているようだ」
まあ、とモニカは頬を膨らませ、ロキシーは笑いを堪える。そして同時に安堵した。
ロイと知り合いでよかった。これで王からの使者はもう来ないだろう。
去り際、モニカがロイに笑いかけ、ロキシーの知らない女性の名を口にした。
「レイチェル嬢へのプレゼントでお悩みなら、薔薇の首飾りがいいと思いますわ。彼女が亡くなったお母様と一緒にお世話をしていた思い出の花ですもの」
「な、なぜ彼女のことを知っている? それに、俺がプレゼントで悩んでいることは誰にも言っていないというのに……」
「深く考えないで。昔困らせてしまったことへの罪滅ぼしですわ」
◇◆◇
ルーカスが帰ってきたことは、嬉しい。
ロキシーのことを綺麗さっぱり忘れていたとしても、喜ばなければ。
それでもロキシーの心に大きな打撃を与えているのは確かだ。ルーカスはロキシーのことを忘れてしまいたかったのだ。逃げるように戦地へと旅立ったのも、ロキシーのせいだったのだろうか。もっと分かってあげていれば、違う今があっただろうか。
髪に付けた、スターチスを模した飾りを撫でる。
(花言葉は、“変わらぬ心”だっけ)
なんという皮肉だろうか。この世に変わらぬものなどありはしないのに。
「心はいつも、側にいるって言っていたくせに」
これは、罰だ。
与えて奪うのが、神様の罰なんだ――。
だが、髪飾りに触れ、思いに反してロキシーは微笑んだ。
神には誤算があったようだ。
たとえルーカスが忘れ去ってしまっていたとしても、共に過ごした日々が消えて無くなるわけではない。
ロキシーとルーカスが互いを思い合って過ごした過去は、確かに存在している。愛情の中に包まれたあの温かな記憶は、ロキシーの心にいつだって火を灯していた。
かつて人々を虐げてきた女王にとって、その思い出は過ぎるほどの幸福だった。
考えなくてはならないことは、他にもあった。
モニカは、レットがいなくても、同じように歴史が進んでいるのだと言っていた。
父の事故が、目前に迫っていたのだ。
「お父様は反乱軍に殺されるわ」
その話をしたとき、モニカがそう言ったので否定をする。
「違うでしょ、事故だったわ。誰が放ったかも分からない銃弾に当たるのよ」
「確かに事故だったけど、原因はフィンにあるのよ」
拗ねているような妹の口調に、もしやと思う。あまのじゃくな妹は、表出する言葉や態度とはまったく逆の思いを持っていることが少なくなかった。
「フィンと何かあったの?」
「何もないわよ」
何かあったんだな、と確信した。
そもそも、軍で幹部の中将が、一般兵のように現場に赴くことはない。確かに、父が死ぬ原因は、フィン・オースティンにあるとも言える。
彼を反乱軍から抜けさせるため、父は彼らの拠点に乗り込むのだから。
◇◆◇
作戦はあった。
オリバーが凶弾に倒れる予定の早朝に、それを決行する。相変わらず父は家にいない。が――。
「大変だわ! ロキシーが突然お腹が痛いって苦しみだしたの!」
血相を変えたモニカが使用人に訴える。
「すぐにお父様をお呼びして! 最期に会いたいって言っているの!」
流石のモニカだ。涙を流しながら切迫感を演出している。演技だと知っているロキシーでさえ、真に迫られる思いだった。
物陰から様子を見守っていたが、使用人はまんまと騙されオリバーのところへ向かった。
本当にロキシーが病気だったら、まず医者を呼んで欲しいところだが、使用人の彼女はそこまで考える余裕がなかったようだ。
ほどなくして、父は現れた。
取り乱した様子で、ベッドに横になっているロキシーに駆け寄る。
「ロクサーナ! どうしたんだ、今医者を呼んだから、見せてごらん」
布団にくるまって、ロキシーは冷や汗をかく。演技は苦手だった。顔を見られたら見破られるはずだ。
だからすっぽり頭まで隠していた。だが、剥ぎ取られる。
「顔色は……よさそうだが」
父が眉を顰めているのが見えた。娘がひとまず危機的状況ではないことの安堵と、思った以上に健康そうだという疑問が浮かんでいるようだ。
その後ろで、上手くやれとモニカが必死の合図を送っている。
だがロキシーは、上手く隠せない。
「さっきまで、本当に死にそうだったんです。だけど、良くなりました」
そうか、とオリバーは頷いた。
「もう少しで医者が来るから、待っていなさい。私は仕事を残してきているから、戻るよ――」
ロキシーは慌てた。このまま返すわけにはいかないのだ。それはモニカも同じだったようで、叫ぶように言った。
「なんて人! 娘より仕事の方が大切なんだわ!」
「まったくお前はどうしてそう受け取るんだ? そうは言ってないだろう。お前たちよりも大切なものはない」
と首を振りつつも、こうも言った。
「だが今日はあいにく、やらなければならないことがある。それを終わらせたら、すぐに戻るよ」
やらなければならないことというのは、反乱軍のアジトに行くことか。
「待ってお父様!」
ロキシーはベッドから飛び起きて、オリバーにすがりついた。
「本当は、病気なんて嘘! お父様に会いたかったんです」
モニカが、声を出さずに「馬鹿!」と言っているのが見えた。構わず続ける。
「ね、お願いお父様! 今日だけはわがままを言わせてください。わたしと、モニカと、この家に一緒にいて欲しいの、明日の朝まででいいから!」
オリバーはロキシーをどうなだめようか考えているようだった。だが言葉をかけられる前にダメ押しとばかりに言った。
「今日だけでいいの。そしたらもう二度と、わがままを言いません」
しばしの沈黙があった。
やがてオリバーの両手が、ロキシーの肩に置かれる。顔を上げると、優しい微笑みがあった。
「……かわいい娘のわがままを聞けるのが今日だけとは、悲しいことを言わないでくれ」
「じゃあ一緒に居てくれるの!?」
モニカが驚喜の声を上げる。
「ああ。そうしよう。たまには勉強でもみようか」
「げ、勉強は嫌」
顔を顰めるモニカがおかしくて、ロキシーは笑った。これで少なくとも今日、オリバーが死ぬことはない。
「初めから、ロキシーが甘えれば良かったわね。お父様は実の娘にとびきり優しいんだから」
こっそりロキシーにそう言うモニカも、ほっとしているようだった。
結局、言葉どおりオリバーは家にいた。
いくつか仕事を片付けていたものの、外出の気配はない。
もう大丈夫だと油断していた。
だから、深夜、父が家を出る気配に、気が付くのが遅れてしまったのだ。




