予定調和の、使者は来る
モニカはロキシーを探していた。気が付いたら家にいなかったのだ。また一人で出歩いて、トラブルに巻き込まれたらどうするつもりなんだろう。
行き先は予想できた。きっとリーチェがルーカスを見かけたところだ。
本当にルーカスが帰って来たのか、モニカにも分からない。レットを殺して、あまりの気まずさに容易に姿を現せないのかもしれない。
このところ、モニカは上機嫌だった。レットが死んでくれて、最大の脅威が去ったからだ。
大通りに行っても、ロキシーの姿は見つけられなかった。
(入れ違いになったかしら?)
もう家に帰ったかもしれない。そう思ってきびすを返したとき、声をかけられた。
「モニカ」
「ひゃ」
驚いて、自分らしくない声を上げてしまった。いたのはフィンだ。
見上げて、からかうように言う。
「偶然ね、運命かしら?」
「妙なことを言うな。リーチェから話を聞いたんだろう? 俺もそうだ。ルーカスは見つけられなかったがな」
フィンの態度はつれない。
それでもいつだって彼はモニカに恋をする。この世界の彼も必ずそうなるはずだ。今までそれは、記号的意味しかなさなかった。
この世界のフィンのことを、モニカはとりわけ好ましく思っていた。彼は変わらないのだから、変わったのはモニカの方だ。
フィンは幼い頃からロキシーとすったもんだしてきたモニカを知っている。素の自分を見せてるのに、それでも彼の態度は同じだった。
フィンが送るというので、その言葉に甘えることにした。
話は自然、議場の襲撃騒ぎに及ぶ。
「あなたも参加していたの?」
「いや。俺は行かなかった」
「だけど知っていて、止めなかったのね」
「俺を責めてるのか? 止めはしたが、マーティーは聞かなかった。彼には信念があるんだ」
「人を傷つけるのが信念?」
「声を上げる者がいなければ、何も変わらない。君のように恵まれた人間には分からないかもしれないが、人の声は小さくて、多少騒がないと届かない事だってある」
マーティーを庇うようなフィンの言葉が、モニカは、面白くない。
「フィン、わたくしのことが好きでしょう? 小さいとき、そう言ってくれたわね」
家に着く間際、立ち止まってそう言った。フィンの目は、揺らぐことなく見返してくる。
「ああ、好きだった」
恥ずかしげもなく彼は言ってのけた。
「わたくしも、あなたが好き」
それはある意味で本心だった。彼は嘘偽りのない素のモニカを、好きだと言ってくれた数少ない人間だから。
フィンの瞳に映っている自分の顔が、少しずつ近づいていく。フィンの襟首を掴む。彼からの抵抗はない。ゆっくりと口づけをした。
だが彼の服から手を離し、見つめたときにあったのは、厳しい視線だった。
「……君にとって男とキスをするなんて、まるで深夜にケーキを貪るくらいのちょっとした背徳感を楽しむほどのものかもしれないが、俺は違う。もっと真剣に考えている。
確かに昔、君に恋をしていた。だが今は、それよりも大切なものがあるはずだ」
驚いた。モニカは言われている意味が分からなかった。
だがフィンから拒絶されていることは確かだ。
「ま、まさかあなたさえも、ロキシーが好きなの!?」
フィンは静かに答える。
「馬鹿をいえ。俺は国を変えたい。他にかまけてる暇なんてない、それだけだ」
だが、と彼は続けた。
「君はロキシーをどうしたいんだ? 支配して、自由なく側に置き続けるのが望みなのか。彼女の人生はどうなる」
モニカは、ほとんど聞いていなかった。
(このわたくしが、振られているっていうの!?)
フィンは表情を少しも変えずに言い切る。
「今のことは、互いに忘れよう」
モニカは察した。
フィンがモニカ以上に大切に思っているのは、国の将来のことだ。彼の性格は知り尽くしていた。
議場を襲った反乱軍のリーダー、マーティーは逮捕された。残りは烏合の衆。率いる者がいなくては――。
「この世界でも、反乱軍に加わるつもりね?」
「この世界でも? どういう意味だ」
フィンは眉根を寄せる。
「あなたは、いつだって一貫しているわって話よ。憎たらしいほどに。正しいことが大好きなのね?」
ふ、と口元から笑いがこぼれた。
「いいわ、忘れてあげる。わたくしのことが好きだったフィンはもういないのね。さよなら、フィン・オースティン。反乱軍でも頑張って?」
◇◆◇
家に戻ると、ロキシーがひどく取り乱した様子だった。珍しく、父オリバーがいる。
父もいつにも増して厳しい表情だ。
「モニカ、そこに座りなさい」
父の書斎で、ロキシーと二人して並んで座らされる。
「先ほど、王からの使者が来た。ひどい勘違いをしているようだ。私がいたからよかったものの、不在の時にまたやってきたら、対応しないですぐに追い返すんだ」
――使者が!
ロキシーを見ると、微かに頷いた。どうやら一緒に相手をしたらしい。
オリバーは使者の用件をモニカには言わないようだ。後でロキシーに聞けばいいのだから別に構わないし、想像はできる。
王の体調が優れないに違いない。
それで王はかつて妻共々葬り去った子供が、もしどこかで生きているのなら会いたいと思うようになった。
罪人が死に際して善人に鞍替えするなど、よくある話だ。
レットがいなくても、それは変わりない。
モニカを取り返そうと、王が使者を寄越した。行ってやるものか。馬鹿馬鹿しい。
「蹴散らしてやりますわ」
そう答えると、父は笑った。
それから、ロキシーがどこか硬い表情で別の話をした。
既にオリバーには報告済みらしく、主にモニカに告げられる。その話の内容は、流石に想定外だった。
どうやらルーカスは戦場で負傷し、記憶喪失になったらしい。兵士としての職務全うは不可能と判断され、帰還させられたとのことだ。
ロキシーの消沈は、使者が来たことだけではなかったのだ。
だがモニカは思う。
あるいはルーカスは運が良いのかもしれない。生きて帰って来れたのだから。
予定通り使者が来た。反乱軍が組織され、フィンはマーティーに絆されつつあるから、きっとリーダーになるのだろう。
記憶のないルーカスは、モニカが語った真相を忘れ、反乱軍に入るかもしれない。
もしや運命は、なにも変わっていないのでは。ロキシーは女王になりたいがために、またモニカを憎むのか。
だが、そうではないと即座に否定する。
(だって、レットがいない。だから大丈夫。ロキシーはわたくしから離れたりしない。ルーカスが記憶喪失ですって? ……なんて好都合なのかしら)
勝てる。今度こそ運命に勝ってみせる。
残酷な神が暇つぶしに作った出来損ないのいびつで歪んだ世界であろうとも、翻弄されたりするもんか。
生き続けることが、この世界に勝ち続けることだ。
「また使者は来るわね」
モニカと二人になったとき、ロキシーがぽつりと言った。このところ、ロキシーは前の世界での出来事をより鮮明に思い出せているらしかった。
「来るわ。そしてお父様に真相を告げられるのね。わたくしが王女だって」
モニカもはっきりと言う。何度も覚えがあることだ。心配そうなロキシーの顔を見て、少し笑った。
「そんな顔、しないで。使者が来たら、追い返せばいいんだもの――」




