革命児に、わたしは会いに行く
ロキシーの心配はまだあった。
記憶では、父はもう少しで死ぬ。モニカとともに何度もその件を話し合っていたし、なんとしてでも未然に防ごうと思っていた。
父の事故の概略はこうだ。
反乱軍の居場所を突き止めたオリバーは、娘の友人フィンが加担していると知り、無謀な考えは捨てろと説得しに、単身アジトに乗り込むのだ。
だがそれを、別の軍人達に尾行されていた。
交戦になり、父は負傷する。そして、そのまま帰らぬ人となるのだ。
だがもしその前に、反乱軍を解散させることができたら――。そうしたら、父は生き残る。
例の建物に入ると、お目当ての人物、マーティはいた。
「ロクサーナ・ファフニールか?」
数人の男たちの目が、こちらに向けられる。
オークリーもいて、ロキシーを見て驚いた顔をしてどこかへ姿を消してしまう。
マーティは眉を顰めながら言った。
「何をしにここへ。君が会いたそうな人は、あいにくいない」
「あなたに会いに来たの、マーティさん」
ぴくり、とマーティの眉が動く。目は、興味深そうにロキシーを観察した。
「流石、ファフニールの娘は豪胆だ」
マーティは立ち上がり、ロキシーに近づく。
「何をされるかも分からないのか。ごらん、ここには滾る男ばかりいる。
悪魔の巣窟に、美しい生け贄が差し出されたようなものだ」
「あいにく、わたしも悪魔を知っているわ。だけどそれは、あなたたちとは違う顔をしている」
悪魔はいつも、自分の顔をしている。
「国を良い方向へ変えようとする人が、女性に乱暴をするはずがないわ」
どうやらロキシーに脅しは通じないと気がついたらしい。あるいは、対等に話せる相手だと見込んだのか、マーティは再びソファーに座り込んだ。
「では何をしにここへ来た。僕に何の用だ」
ロキシーの目的は、ただ一つだった。
「反乱を止めて欲しいの」
「どうして?」
「大切な人に、危険が及ぶから」
父を救うためだ。
「嫌だ。どうして止めなくちゃならない?」
「お願い――わたしにできることなら、なんでもするから。お金だって、あげるわ」
もし、あの優しいオリバーが死んでしまったら。考えただけで、目に涙が浮かんだ。
ロキシーにとっては決死の覚悟で発した言葉だったが、あっさりとマーティは言う。
「やめてあげてもいいよ」
「本当?」
「だけど条件がある。君が僕の女になるというのなら、反乱をやめてあげよう」
呆気にとられるロキシーの前で、くす、とマーティは笑う。
「親友が恋している女を寝取るほど、僕は落ちぶれちゃいないはずだけど、でも君は別にフィンの女というわけじゃない。あいつがなぜか遠慮してるんだから、僕がもらってもいいはずだ。
君は一体、何を背負っているんだろう。何に耐えているんだい? 奇妙な魅力があるよ。自分の全てを投げ打って、この身を捧げたいと思うほどには――」
マーティの長い腕がロキシーに向かい伸びてきて、手に触れようとした、その時だった。
「このくそ野郎!」
入り口が勢いよく開き、怒号とともにフィンが乱入してきた。背後には、おろおろした表情のオークリーがいる。
その様子を見たマーティがせせら笑った。
「オークリー。君、フィンを呼びに行ったな?」
オークリーは気まずそうに下を向く。
フィンはそのまま、ずかずかとこちらに歩み寄ると、迷うことなくマーティの顔面を殴り倒した。
「マーティ! 貴様、ロキシーに何をした!」
血が流れる鼻を抑えながらマーティはなおも笑う。
「滑稽だな。君だって泣かせた女は多いはずだ。女たらしのフィンが、この娘の前では妙に紳士じゃないか?」
周囲がどよめいたのは、フィンの怒りが最高潮に達したからではない。マーティが拳銃を取り出し、フィンに向けたからだ。
ロキシーは気がつく。マーティの目は、少しも笑っていなかった。
フィンは拳銃を向けられてもなお、怒りが収まらないようだった。
「やってみろ腰抜け。国を変えるなら、まずこの俺を殺してみろ。だが、こんなやり方では変わるもんも変えられないぞ!」
「よして!」
あまりの恐怖にロキシーは叫んだ。父を救うために来たはずで、フィンを撃たせるためではない。
フィンの前に立ちはだかった。
「下がってろロキシー!」
「フィン、彼は何もしていないわ。わたしを脅して、遠ざけようとしただけよ!」
「本当か? 本当に何もされていないのか」
フィンは不審そうな目つきでマーティを見る。ロキシーは頷いた。
「そうよ、だからマーティさん。あなたも銃を下ろして。もうここへは来ないし、説得しようとはしないわ。あなたの敵はフィンじゃないでしょう?」
しばらくの間、マーティとフィンは互い憎しとにらみ合っていたが、やがてマーティがため息を吐き、銃を下ろした。
「さあもうお行き、ロクサーナ。あんたのような人がここには、二度と来てはいけない」
家へと帰る道を連れ立って歩きながら、フィンがぽつりと言った。
「マーティは頭の切れる男で、本気で革命を願っている芯の通った奴だが、他の全てが壊滅的に狂ってる。大学だって何年も留年して、反抗的態度ということで結局は退学になったんだ。
あまり近づくな。次に会えば何をされるか分からないぞ」
フィンは頭をかく。
「どうして、一人であんな真似を」
「どうかモニカには言わないで。他の誰にも、言わないで欲しいの」
ロキシーは唇を噛んだ。何も変えられなかった。むしろマーティの心を頑なにしただけだ。フィンは静かに問う。
「理由を聞いても無駄か?」
「ええ、ごめんなさい」
「君のお願いなら、聞くしかない」
ふいにフィンは神妙な面持ちになる。
「俺では、ロキシーの助けにはなれないか」
慌ててロキシーは否定した。
「いいえ、違うわ。いつだって助けられてる、本当よ?」
「いいんだ、分かってる。結局、俺も俺としか生きられない。他の誰かの思いを無理に変えることなんて、誰にもできないんだ」
自分に言い聞かせるように呟くフィンの、腕を掴んだ。
「フィンは、反乱軍に入らないでしょう?」
「ああ、当然だ」
「約束よ」
差し出した小指に、照れくさそうにフィンも自らの小指を重ねた。子供じみた約束だが、ロキシーにとっては大切なことだった。
よかった、と思う。
フィンが反乱軍に入らなければ、オリバーは彼を抜けさせようと、無謀に出ることはない。
別れ際、フィンは神妙な顔つきで言った。
「議場に行く用事があるか?」
「議場? いいえ、行ったこともないわ」
ロキシーが笑うと、フィンは安心したように頷いた。
「ならいい。忘れてくれ」
そう言って、フィンは去って行った。
◇◆◇
数日後、反乱軍を名乗る者たちにより、議場が襲われたと知った。