もう一人の、幼なじみは現れる
リーチェに会わなくては、と思った。
そう嘆いてもいられない。運命が変わったのだ。レットがいない世界では、阻む者のいなくなった反乱軍の動きはかなり円滑になるはずだ。
なら、安全圏だったリーチェの身にも危険が及ばないとは断言できない。彼女は友人だ。一刻も早く、反乱軍を辞めさせたかった。
オースティンの屋敷は引き払われていた。だから、リーチェに会うなら、例のあの場所に行くしかない。二度と行くつもりはなかったが、他にどこに行けばいいか分からなかった。
今回はモニカも一緒だ。
何度も同じ世界を経験しているモニカは、ロキシーが場所を告げる前からずんずんと反乱軍のアジトに向かっていく。
「たのもー!」
扉の前で、モニカはそう叫ぶ。慌ててロキシーは妹の口を塞ぐが、中から反応はなかった。
モニカは扉を引くが、開かない。鍵がかかっているようだ。
だが数人の人が息を潜めているあの特有の空気が感じられる。
「マーティー・マーチン! オークリー・ターナー! 速やかにリーチェ・オースティンを解放しなさい! このモニカ・ファフニールが命じるわ!」
途端、慌ただしく人が動く気配がした。ガチャリ、と扉が開けられ、現れたのは知った人物だった。
「モニカ……相変わらずだな。ロキシーも、久し振り」
呆れたように、苦々しそうに、フィン・オースティンはそう言った。
◇◆◇
「やはり、君はロクサーナ・ファフニールだったんだな」
ロキシーを見たマーティーは苦笑した。
はらはらと様子を伺っていたリーチェがびくりと首をすくめる。フィンは妹を庇うようにその前に立っている。
薄暗い室内で、ロキシーとモニカは数人に取り囲まれていた。ほとんどが男だ。
オークリーの姿もあった。遠巻きに見つめている。
「何をしに来た」
フィンが静かに尋ねた。
「リーチェを止めに来たのよ。この前、そこのオークリーが銃を盗み出しているのを見たわ。国を相手に戦争する気でしょう。放っておけないもの」
ロキシーは真っ直ぐにフィンの目を見て答える。その様子を見て、モニカはからかうように言う。
「まさかフィンがいるなんて思わなかったわ。もしかして、もう反乱軍のリーダーなの?」
「違う」
短く、だがきっぱりとフィンは言った。マーティーが彼を睨むが気にせず続けた。
「奇遇にも、俺の目的もロキシーと同じだ。リーチェを連れ戻しに来た」
フィンがリーチェを振り返る。リーチェの瞳が揺れた。
「マーティー、さっき言った通りだ。俺は君には加担しない。悪いが、俺は俺のやり方で、この国を変える」
フィンの言葉に、周囲の男たちの温度が変わるのが分かった。
だが言われたマーティーは、自嘲気味に笑い、男たちを制する。
「フィン。いずれ君にも分かるよ。もう、どうしようもないんだってことが。ここにいる皆は最下層の人間だ。明日生きるのもままならない。もう、ここまで貧富の差は出ているんだ」
フィンはそれには答えずに、リーチェの手を掴むとロキシーたちに向き直った。
「迷惑かけてすまなかったな。リーチェはもうここには来ない」
「お兄様、あたしは」
言いかけたリーチェの言葉を、フィンは遮る。
「二人も、行くぞ。もう二度と、この場所には来ない方がいい」
「そうね、それが良いわ! 一件落着、帰りましょロキシー」
この場に似つかわしくないほど明るくモニカがそう言って、軽い足どりで出口へと進んでいく。
ロキシーはそれに続きながらも、一度だけ振り返った。
マーティーと目が合った。
その瞳は、どこか悲しげだ。ロキシーは気づく。彼だって悪しき心で反乱軍に身を投じている訳ではない。
自分以外の人のために、この世界を良くしようとなど、ロキシーは考えたことがなかった。
マーティーは本気でそう思っている。何かを変えようと、命を賭けて。
だがそれでも、ロキシーは背を向けた。ロキシーにとって、守りたいものは国ではない。もっと身近な、ほんのわずかな大切な人たちだけだった。
通りに出て、大勢の人のもとへと帰ってきたところで、フィンは立ち止まる。
「久し振りだってのに、こんな再会になってしまったな」
そう言って笑う彼は、一年前と変わっておらず、ロキシーはほっとする。張り詰めた雰囲気も、今はない。
「また会えて嬉しいわ」
ロキシーが言うと、フィンも頷いた。
「もちろん俺も嬉しいさ。両親は向こうの国でしばらく滞在するが、俺はリーチェとまた王都に暮らすことにしたんだ」
「……お兄様、あたし、もう子供じゃないの」
ずっと黙っていたリーチェがようやく口を利いた。しっかりとした口調で、フィンを見る。
「あたしのために戻ったんでしょう? だけど一人だって、暮らせるし、大丈夫」
「大丈夫じゃないから戻ったんだ。あんな場所に出入りして」
フィンはまるで保護者のようだ。これではリーチェは窮屈だろうなとロキシーは思った。だがモニカは違うようだ。
「リーチェ。お兄様の言うことはよく聞くべきよ? 心配してくれているんだから」
「リーチェだって考えがあるのよ。心配だから、正しいからって思いだけで、自分の意志を奪われて、何でも制限されちゃ、悲しいわ」
モニカは驚いたようにロキシーを見る。彼女の口が何かを良いたげに動くが、
「分かった。二人とも、ありがとう」
言ったのはフィンだった。
「リーチェとは家に帰って話す」
「はい、お兄様。あたしの話を、ちゃんと聞いてね」
後は兄妹の問題だ。首を突っ込むのはやめよう。リーチェは案外強いから、フィンの言いなりになるだけではないだろう。
なぜかそのことに、ロキシーはほっとした。




