病院にて、彼らは再会する
大した怪我をした訳ではないが、死体の山の中で大雨に打たれ低体温症を引き起こしており、後方の病院に移送された。
突貫的に建てられた木造の病院だ。無数の怪我人が蠢いている。
そこで彼女と再会した。
「ルーカスさん!」
「シャノン!? どうして君が、ここにいるんだ!?」
目を疑った。
そこにいたのは、いるはずのない、シャノン・ウィルソンだったから。
相変わらず憂いのない明るい笑顔で、駆け寄ってきた。
理解が追い付かないルーカスを置き去りに、シャノンは上ずった声で言った。
「従軍看護師になったのよ! あたしも、国のためにできることがないかって考えて。
それに、もしかしたらルーカスさんとも会えるかなって下心もあったわ。本当に会えるなんて、思ってなかったけど」
そう言って、彼女は頬を赤らめる。
一年前の、ほろ苦い記憶が蘇る。
彼女の好意を拒絶した。それでも彼女は、まだ好きでいてくれるらしい。
答えられずにいるルーカスに、シャノンは少し寂しげに笑った。
「困らせたかったわけじゃないの。また友達として付き合ってくれるかしら?」
その申し出を断るほど鬼ではない。
「ああ、もちろん」
「よかった。あたし、ここにいるから、いつでも会いに来てね」
シャノンはほっとしたように頷き、別の看護師に呼ばれ去って行った。
彼女の揺れる髪を見つめながら、心は落ち着きつつあった。
もし自分も彼女に恋ができていたのなら、きっと違う今があったのだろう。もしかしたら、それが正しい世界なのかもしれない。
それでもルーカスの心には、いつだって別の少女が占めていた。自分では、どうすることもできないほどに。
懐かしい人との再会は、それだけではなかった。
近い場所にいたのだから、出会うのはおかしくもない話ではあった。
だが今日、ここで会うとは考えていなかった。心の準備だって、できていなかった。
「ルーカス君!」
再びの衝撃。
ルーカスが会いたくて仕方がなかったレット・フォードは、驚愕の表情でこちらを見ている。ルーカスも、大方同じような表情をしていたのだろう。
三年ぶりではあるが、相変わらず精悍な顔立ちだ。軍服の袖にある星章が、中尉であることを表していた。
彼はルーカスが座るベッドまで来ると、近くにあった椅子を掴み腰を下ろし、口早に言った。
「噂を聞いたんだよ。恐ろしく射撃の腕が立つ赤毛の少年がいると。まさかと思って会いに来たんだ。何があった。どうして戦場になんているんだ? ロキシー様はどうした」
いつ“ロクサーナ様”から“ロキシー様”に呼び方が変わったんだと内心面白くなかったが、表情に出さないように努力をして、答えた。
「兵士に志願したんだ。ロキシーは、王都でモニカといる。元気なはずだ」
他にも疑問はありそうだったが、そうかい、とレットは答え、それから遠くに思いを馳せるように目を細めた。
その表情が懐かしげで、その上優しげで、彼が誰を思い浮かべているかなど、考える間もなく想像できた。
ロキシーとレットの間に、目に見えない強いつながりがあることは気が付いていた。二人とも、決して口にはしないが。
ルーカスの胸は激しくざわつく。
だがレットはそれを言葉にすることはなく、世間話に終始することにしたようだ。
「君たちが王都に来たころが、もう、随分昔のことのように思えるよ。……いつから兵士に?」
「一年前くらいに」
「じゃあ、あの戦いには参加したかい」
いくつかレットがあげた戦地の名を聞いて、ルーカスは頷く。大勢殺したし、味方の死体もたくさん目にした。
そして誰にも打ち明けなかった胸の内を、どういうわけか彼に話した。
こんな場所で、懐かしい人間に立て続けに出会い、ふと気を許したのかもしれない。
「ずっと感じてた。我が国は押され気味だ。あなたは戦争の英雄だと担ぎ上げられているし、人々を勇気づけるようなことを話しているが――」彼の言葉を記した新聞を読んだ。「――本当に勝てると思ってるのか」
その言葉にレットは困ったように微笑んだ。
「君は賢いね。いつだって冷静だ」
ため息を一つ吐くと、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「敵国陸軍に出資してる貴族が権力争いに敗れ、牢に入れられたことは知っているだろう? 我が国が押しているのは確かだ」
レットは続ける。
「敵国中枢に、我が国の息のかかった者がいる……なんて噂は後を絶たないが、実際ファフニール中将は国のために尽力している。かなり危うい橋を渡ってね。だから我々は、我々にできることを、最大限するだけだ。だろ?」
ロキシーの父親を思い浮かべた。厳しく強く、優しい人だ。計り知れない恩がある。
異例の出世をしていることからも、彼が多大なる成果を上げていることは分かっていた。その詳細は知らないが、オリバー直属の部下であったレットは何か知っているらしい。
危うい橋とはなんだ、と尋ねようとしたが、話題を変えるように、逆に質問されてしまう。
「君はどこの隊にいるんだ?」
上官の名を答えると、レットは顔をしかめた。
「あいつのところか。嫌な奴だろう? 私はあまり好きじゃないな」
素直すぎる彼の意見に、ルーカスは思わず笑った。
「オレも好きじゃない。殴られたこともあるし、皆嫌いだ」
「貴族という肩書きだけで将校になれた奴さ」
「あなたは違うのか?」
レットは肩をすくめた。
「ま、似たり寄ったりだ。少なくとも、部下を殴ったりはしないか。存外私は頼りなく見えるらしく、逆に苦言を呈されることの方が多い。完璧な上官などいないのさ」
冗談か、彼は笑った。
ルーカスは不思議な心持ちで彼を見た。
王都にいた時でさえ、こんなに長く話したことはない。ロキシーを連れ去った男であり、モニカに黒幕だと言われていたため、いい印象は持っていなかったが、目の前のこの男は、ごく普通の人間に思えた。
ルーカスらしき人間が入院していると聞いて、わざわざ病院まで会いにくるような人物なのだ。とてもロキシーを誘惑し、裏切り、そしてモニカまでも利用しようとしている黒い人間には見えない。
そんな彼を殺すためにルーカスはここにいるのだ。これから犯す予定の罪を裁くために。その事実を知ったら、彼はどんな顔をするだろうか。
――今殺すか。
いや、それはできない。銃はあるが、リスクがでかい。曲がりなりにもレットは鍛え上げられた軍人だ。容易く殺されてはくれないだろう。やり返される可能性もある。
運良く殺せたとして、兵士がうようよいるこの病院から、捕まりもせず無傷で逃げおおせるとも思えない。やはり、殺すなら交戦に紛れてが最善だ。
どうやって近づく。上手い方法があればいいが。そんなもの、あるものか。
方法がなければ、彼を殺すことができない。その事実に、ルーカスは知らず安堵した。
だが、ルーカスのそんな胸の内を少しも知らないレットは、あろうことかこんな提案をする。
「ルーカス君。私の隊に来ると良い」
心臓が、大きく脈打った。望んでいたことだ。なのに、背中に冷たい汗が伝う。
(――ああ、運命は、どうしてもオレに彼を殺させたいらしい)
それ以外の道は、いま閉ざされたのだ。




