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断頭台のロクサーナ  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第三章 蝙蝠は誰も愛さない

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病院にて、彼らは再会する

 大した怪我をした訳ではないが、死体の山の中で大雨に打たれ低体温症を引き起こしており、後方の病院に移送された。

 突貫的に建てられた木造の病院だ。無数の怪我人が蠢いている。


 そこで彼女と再会した。


「ルーカスさん!」


「シャノン!? どうして君が、ここにいるんだ!?」

 

 目を疑った。

 そこにいたのは、いるはずのない、シャノン・ウィルソンだったから。


 相変わらず憂いのない明るい笑顔で、駆け寄ってきた。

 理解が追い付かないルーカスを置き去りに、シャノンは上ずった声で言った。


「従軍看護師になったのよ! あたしも、国のためにできることがないかって考えて。

 それに、もしかしたらルーカスさんとも会えるかなって下心もあったわ。本当に会えるなんて、思ってなかったけど」 


 そう言って、彼女は頬を赤らめる。

 一年前の、ほろ苦い記憶が蘇る。


 彼女の好意を拒絶した。それでも彼女は、まだ好きでいてくれるらしい。

 答えられずにいるルーカスに、シャノンは少し寂しげに笑った。


「困らせたかったわけじゃないの。また友達として付き合ってくれるかしら?」


 その申し出を断るほど鬼ではない。


「ああ、もちろん」


「よかった。あたし、ここにいるから、いつでも会いに来てね」


 シャノンはほっとしたように頷き、別の看護師に呼ばれ去って行った。


 彼女の揺れる髪を見つめながら、心は落ち着きつつあった。


 もし自分も彼女に恋ができていたのなら、きっと違う今があったのだろう。もしかしたら、それが正しい世界なのかもしれない。

 それでもルーカスの心には、いつだって別の少女が占めていた。自分では、どうすることもできないほどに。




 懐かしい人との再会は、それだけではなかった。


 近い場所にいたのだから、出会うのはおかしくもない話ではあった。

 だが今日、ここで会うとは考えていなかった。心の準備だって、できていなかった。


「ルーカス君!」


 再びの衝撃。


 ルーカスが会いたくて仕方がなかったレット・フォードは、驚愕の表情でこちらを見ている。ルーカスも、大方同じような表情をしていたのだろう。


 三年ぶりではあるが、相変わらず精悍な顔立ちだ。軍服の袖にある星章が、中尉であることを表していた。


 彼はルーカスが座るベッドまで来ると、近くにあった椅子を掴み腰を下ろし、口早に言った。


「噂を聞いたんだよ。恐ろしく射撃の腕が立つ赤毛の少年がいると。まさかと思って会いに来たんだ。何があった。どうして戦場になんているんだ? ロキシー様はどうした」


 いつ“ロクサーナ様”から“ロキシー様”に呼び方が変わったんだと内心面白くなかったが、表情に出さないように努力をして、答えた。


「兵士に志願したんだ。ロキシーは、王都でモニカといる。元気なはずだ」


 他にも疑問はありそうだったが、そうかい、とレットは答え、それから遠くに思いを馳せるように目を細めた。

 その表情が懐かしげで、その上優しげで、彼が誰を思い浮かべているかなど、考える間もなく想像できた。


 ロキシーとレットの間に、目に見えない強いつながりがあることは気が付いていた。二人とも、決して口にはしないが。

 ルーカスの胸は激しくざわつく。


 だがレットはそれを言葉にすることはなく、世間話に終始することにしたようだ。


「君たちが王都に来たころが、もう、随分昔のことのように思えるよ。……いつから兵士に?」


「一年前くらいに」


「じゃあ、あの戦いには参加したかい」

  

 いくつかレットがあげた戦地の名を聞いて、ルーカスは頷く。大勢殺したし、味方の死体もたくさん目にした。


 そして誰にも打ち明けなかった胸の内を、どういうわけか彼に話した。

 こんな場所で、懐かしい人間に立て続けに出会い、ふと気を許したのかもしれない。


「ずっと感じてた。我が国は押され気味だ。あなたは戦争の英雄だと担ぎ上げられているし、人々を勇気づけるようなことを話しているが――」彼の言葉を記した新聞を読んだ。「――本当に勝てると思ってるのか」


 その言葉にレットは困ったように微笑んだ。


「君は賢いね。いつだって冷静だ」


 ため息を一つ吐くと、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「敵国陸軍に出資してる貴族が権力争いに敗れ、牢に入れられたことは知っているだろう? 我が国が押しているのは確かだ」


 レットは続ける。


「敵国中枢に、我が国の息のかかった者がいる……なんて噂は後を絶たないが、実際ファフニール中将は国のために尽力している。かなり危うい橋を渡ってね。だから我々は、我々にできることを、最大限するだけだ。だろ?」


 ロキシーの父親を思い浮かべた。厳しく強く、優しい人だ。計り知れない恩がある。

 異例の出世をしていることからも、彼が多大なる成果を上げていることは分かっていた。その詳細は知らないが、オリバー直属の部下であったレットは何か知っているらしい。


 危うい橋とはなんだ、と尋ねようとしたが、話題を変えるように、逆に質問されてしまう。


「君はどこの隊にいるんだ?」


 上官の名を答えると、レットは顔をしかめた。


「あいつのところか。嫌な奴だろう? 私はあまり好きじゃないな」


 素直すぎる彼の意見に、ルーカスは思わず笑った。


「オレも好きじゃない。殴られたこともあるし、皆嫌いだ」


「貴族という肩書きだけで将校になれた奴さ」


「あなたは違うのか?」


 レットは肩をすくめた。


「ま、似たり寄ったりだ。少なくとも、部下を殴ったりはしないか。存外私は頼りなく見えるらしく、逆に苦言を呈されることの方が多い。完璧な上官などいないのさ」


 冗談か、彼は笑った。

 ルーカスは不思議な心持ちで彼を見た。


 王都にいた時でさえ、こんなに長く話したことはない。ロキシーを連れ去った男であり、モニカに黒幕だと言われていたため、いい印象は持っていなかったが、目の前のこの男は、ごく普通の人間に思えた。


 ルーカスらしき人間が入院していると聞いて、わざわざ病院まで会いにくるような人物なのだ。とてもロキシーを誘惑し、裏切り、そしてモニカまでも利用しようとしている黒い人間には見えない。


 そんな彼を殺すためにルーカスはここにいるのだ。これから犯す予定の罪を裁くために。その事実を知ったら、彼はどんな顔をするだろうか。

 

 ――今殺すか。

 

 いや、それはできない。銃はあるが、リスクがでかい。曲がりなりにもレットは鍛え上げられた軍人だ。容易く殺されてはくれないだろう。やり返される可能性もある。

 運良く殺せたとして、兵士がうようよいるこの病院から、捕まりもせず無傷で逃げおおせるとも思えない。やはり、殺すなら交戦に紛れてが最善だ。


 どうやって近づく。上手い方法があればいいが。そんなもの、あるものか。

 方法がなければ、彼を殺すことができない。その事実に、ルーカスは知らず安堵した。


 だが、ルーカスのそんな胸の内を少しも知らないレットは、あろうことかこんな提案をする。

 

「ルーカス君。私の隊に来ると良い」


 心臓が、大きく脈打った。望んでいたことだ。なのに、背中に冷たい汗が伝う。


(――ああ、運命は、どうしてもオレに彼を殺させたいらしい)


 それ以外の道は、いま閉ざされたのだ。


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