六年ぶりの、わたしの家族
出会ったばかりの人に物を貰う道理はない。
ロキシーは彼の申し出を固辞しようとしたが、軽く流され、結局は言われるがまま服やら靴やら髪型やら、あれよあれよと仕立て上げられてしまった。
「外見など重要でないという人々も一定数いることはいますが。やはり、美しさというのは他の何よりも説得力のある武器になりますよ。特にロクサーナ様のようにお美しい女性はね」
「お母様の考えとあなたは違うようね。見かけの美しさは人の美しさではないと言っていたわ」
「考え方は人それぞれですから」
ほら見てください、とレットに背を押され鏡の前に立たされると、なるほど確かにさっきとは比べものにならないほど、美しい娘の姿があった。
鏡を覗き込む。
光の加減によってはわずかに紫色に見えるその瞳の色は、偶然にも養母ベアトリクスに似ていた。不思議ね、本物の親子みたいだわ、とよく二人で笑い合ったことを思い出す。
ロキシーの胸は締め付けられる。だがレットに、母を亡くして悲しんでいる弱い娘と思われたくなくて、全く別のことを言った。
「……お父様とモニカも、これでわたしを認めてくれるかしら」
「もちろん」
レットはまた笑みを見せる。
「お代は払うから」
「男という生き物は女性になにかしてあげたい生態を持っているものです。お気になさらず」
「借りは作らない主義なの。いつか返すわ」
かわいげのない、とレットが小さく呟いた言葉はしっかりとロキシーの耳に届いていた。
◇◆◇
――何もかも持って生まれた人が存在するとしたら、それはきっと彼女のことだろう。
同性であるロキシーですら思わず見惚れてしまうほどだった。
「まあロキシー! 本当にロキシーなのね!」
透き通るような肌に映えるピンク色の唇。絹のように光る金色の長い髪。大きな瞳を嬉しそうに細め、ロキシーの姿を見るなり飛びついてくる無邪気さ。
双子の妹、モニカ・ファフニールはまさに神が彼女だけを寵愛し全て与えたかのように完璧な存在だった。
「モニカ……」
「ロキシー、わたくしが、どんなにあなたに会いたかったか!」
華奢な妹の体を抱きしめ返しながら、ロキシーは安堵した。どうやら妹はもうロキシーのことを敵だとは思っていないらしい。
「ロクサーナ」
モニカが体を離した後、実父オリバーも声をかける。
「彼女がお亡くなりになったと聞いて、すぐにフォードをやったんだ。無事で良かった」
厳しい表情は昔から変わりはない。だがその言葉に、嘘は無さそうだった。
「美しい娘になったな。あの人に、よく似て……」
記憶の中よりも幾分か老いた父は、意外にも目にうっすらと涙を浮かべていた。
「では、私はこれで」
再会が上手く行ったと確かめた後でレットはそう言った。
「ご苦労だったな」
「いえ。大佐のためならどんな苦難にも飛び込む所存です」
今度はロキシーに向き直ると手を取り甲にキスをする。
「ではロクサーナ様。楽しい旅路でした。新しい生活で困ったことがあったらいつでもお力になります。このレット・フォード、飛んで参りますとも」
「あら妬けちゃいますわ。レット、わたくしには言ってくださらないの?」
からかうようなモニカの言葉に、これは失礼、と
「もちろん、モニカ様。あなたのお力になれるなら、たとえこの身果てようとも本望ですよ」
そう言って、やはり同じように手にキスをした。モニカは当然だとでも言うように微笑みを持って彼を見る。
(随分軽い男ね)
ロキシーは思った。
顔が良くて優しい男の腹の中は真っ黒だと、母は言っていた。きっとレットはそう言った類いの人間なのだろう。
――心を許さないようにしなきゃ。
「あれはあれで有能な男なのだよ」という父の言葉を聞きながら、そう胸に誓った。