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愚かな男の、愚かな人生の記憶

「レット! あなたの言ったとおりにしたわ!」


 女王ロクサーナからはじけんばかりの笑顔が向けられ、レット・フォードは微笑みを浮かべた。


「ありがとうございます、ロクサーナ様」


 礼を伝えると、はにかむように彼女は笑う。

 数ヶ月前に突然見つかった王女は、瞬く間に国民からの人気を得た。だが今になって、彼女への批判は増している。

 奇跡の王女は一転して、国を暗黒へ導く悪の女王と噂されるようになっていた。


 複数の領地において、強制徴兵を実施するよう、貴族達に女王名で命令を発出したのだから、それも当然のことだろう。


「領主の反発はあったけど、誰も女王には逆らえないわ。もう、口を出す議員達もいないしね」


 彼女に対する悪評は、彼女の耳に入る前に握りつぶしている。今だって彼女は、国が正常に動いていると信じて疑ってはいないだろう。


 支配者気取りで国政に口を出す貴族議員は、皆首を切られた。他ならぬ、女王の命令で。

 彼らは貴族のくせに平民の支持を集めようと躍起になり、徴兵も課税も反対した。

 レットにとっては、到底許せることではなかった。貴族であるにも関わらず、平民に権利を与え、己の存在さえ揺るがそうとしていることに、守られているゆりかごを破壊していることに、なぜ気がつかない。神に等しい王へ意見することは、先人達が築きあげてきた平和な制度を自らの手で壊すに等しい行為だ。


 だからレットは、ロクサーナに進言した。聞き入れ、命令を発出したのは彼女だ。

 レットが彼女を思うさま操っている証拠など、どこにもない。誰も知り得ない。

 

 愚かな娘だ。ロクサーナ。

 今もレットの言葉を、待っている。


 愛されないから、愛が欲しくてたまらない。だからいつだって、人を熱烈に愛するのだ。――時に、煩わしささえ覚えるほどに。


 レットは、彼女にそっと口づけをした。

 

 孤独な娘に、愛を囁けば、驚くほど言うことを聞き入れる。


「愛しています、ロクサーナ様」


 ――愛なんて、嘘だ。そんなものは、この世に存在しない。


「あなたに出会えて、よかった」


 そう、まさしく彼女は運命の女だ。これほどまでに、利用できるのだから。


 ロクサーナは、幸福そうに頬を染めた。



 ◇◆◇



 気を紛らわせるようにと勧めた酒と麻薬のせいで、このところの彼女は高揚していた。

 

「モニカに、見せてやりたいわ。いつだってあの子、わたしの邪魔をしてくるんだもの。だけど今、わたしの視界を遮るものはないわ。誰だってひれ伏すんですもの……」


 彼女は酒を煽る。


「元気かしら。今、どこでなにをしているのかしら」


 彼女は酒を煽る。


「反乱軍が、力を付けてきているんでしょう? 皆、わたしの耳に入れないように気を遣っているみたいだけど」


 彼女は酒を煽る。


「フィン・オースティンと、ルーカス・ブラットレイだったかしら? 平民からの支持はすごいらしいって、いうじゃない」


 彼女は酒を煽る。


「時々、思うの。わたしがしていることは、本当に正しいのかしらって。いいえ、ごめんなさい。あなたを疑っているわけじゃないのよ。だってあなたは、いつもわたしの味方だもの」


「他のことを、考えないで。私が側にいますよ」


 彼女は幸福そうに頬を染める。


「私は、何があってもあなたの味方ですから」


 偽の女王は、偽の光にすがりつく。我が身を焦がす業火だと知らぬまま。


 言葉など軽い。

 口から出るのは嘘ばかりだ。

 上手く、立ち回っている。

 愛なんてない。だけど彼女は信じ込んでいる。

 彼女が見ているのは、空の上の蜃気楼だけだ。

 いずれ訪れる破滅を、夢を見ながら待っている。


(モニカが真の女王か)


 どちらが女王かなど、レットにとってはどうでもよいことだ。この手に、力を握り続けることだけが、レットにとっての正義だ。


 ロクサーナが国を攪乱している証拠など、いくらでもでっち上げられる。レット・フォードは哀れな男で、他に愛する女がいるのに、女王の命令に従っていると、誰もが信じている。いや、そう信じさせることに成功している。


 革命の熱は、女王を排斥するまで留まらないだろう。正しいことを強いれば強いるほどに、人は反発を強めた。愚かなことだが、ならばそれを、利用するだけだ。

 反乱の波に身を任せ、上手く立ち回ればよい。


(ロクサーナが処刑されれば――)


 そうなれば、新たな女王はモニカだ。運の良いことに、彼女はレットを好いている。なれば、その夫になるのも容易いだろう。

 革命軍とはいえ、国政に関しては素人もいいところだ。で、あれば、彼らが頼るのもまた、レットでしかいない。

 どの道、自分の立場は変わりはしない。


 考え込んでいると不思議に思ったのかロクサーナが、手を重ねてきた。

 微笑んだものの、その手に、自分の手を重ねることはない。

 

「あなたは、わたしの側にいてくれるんでしょう?」

 

 懇願するかのような瞳に対して、答えた。


「ええ、もちろんですよ」


 ロクサーナが処刑されるのが待ち遠しい。


(そうなれば――)


 手の温もりを感じながら、思う。


 ――時に正義が揺らぎそうになるほどの、この、正体不明の煩わしい感情も、消えてなくなるのだろうから。


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