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黒幕の名を、彼女は告げる

 居候の身ではあったが、ルーカスにも一室が与えられていた。ベアトリクスと旧知の仲だったということもあり、屋敷の主であるオリバーは親切だった。


 だったら初めからルーカスも一緒に引き取ってくれればよかったのに、とロキシーが以前ぼやいていたが、ルーカスの暮らしを守りたかったオリバーの親切心だったのではないかと思っていた。

 穿って見るなら、子供を二人抱えて帰るのを煩わしく思ったレット・フォードの職務怠慢だ。


 あの男ならいかにもしそうだ、とルーカスはベッドに横になりながら思う。


 深夜だった。

 部屋の扉が静かに叩かれる音に、驚いて体を起こす。


「こんばんわ、ルーカス。ご機嫌いかが?」


 寝間着姿のモニカがいた。甘ったるい声をさせ、招いてもいないのに部屋に入ってくる。


「おい何の用だ――」


「思い出したの。曖昧だった記憶の、何もかもを」


 言いかけた言葉を遮るようにして、モニカが微笑む。ルーカスはベッドから出て、床に両足をついた。


「真っ先に、ルーカスに教えてあげようと思ったのよ? 喜んでね」


 言いながら、彼女はベッドに腰掛ける。隣に座るわけにもいかず、立ち上がり見据えた。


「それで、わざわざ来たってのか。明日、ロキシーと一緒にいるときに話せばいいのに」


「あの子には聞かせたくなかったんだもの。あまりにも残酷だから」


 にこっと笑うモニカを見て、きっと悪巧みをしているに違いないと、そんな予感がした。


「ロキシーの言う、前の世界の世界よ。わたくしの、初めての世界での話。……座ったら?」


 ルーカスを促すように、モニカは自分の隣をぽんと叩いたが、それでも動かなかった。

 強情ね、と吐き捨てるように言った後、モニカは話を続ける。


「反乱軍がロキシーを殺すって話は、したわよね? 

 反乱軍が本格的に組織されるのは、フィンが留学先から帰ってきてから。異国の制度を学んで、我が国でも王無き世界が作れるのではないかって考えるの。結局わたくしが真実の女王だと気が付いて、その夢は叶わないんだけど、始まりはそうだった」


 ルーカスも頷く。彼なら考えそうなことだ。


「一方で、王家にも有能な人間が入ることになる。ロキシーと婚約したレット・フォードね」


「ちょっと待て」


 話を遮った。


「レット・フォードはロキシー……っていうか、以前のロキシー……ややこしいな。

 女王ロクサーナが無理矢理婚約を結んで王家に入れたんだろ? それに結局、あいつは反乱軍側のスパイだったんだから、王家に味方するのはおかしいじゃないか」


 反乱軍と対立するのは変な話だ。


「彼は商人に騙されて家族を失っているの。だから商家出身のフィンとは真っ向から対立することになるのよ。ロキシーとの婚約は本意ではなかったとしても、王家側で手腕を振るうのに悪い気はしなかったってことね。

 彼がスパイになるのは、かつて愛したわたくしこそが王家の血を引いていると知ったから。愛故に……ってわけね、一応は」


 含みのある言い方をモニカはした。


「王家側で、彼は隣国との戦争だって有利に進めていくの。そうすると、どうなると思う? 王家に支持が集まるわ。反乱軍が弱まるの。

 王家に入ったばかりの彼は、元々有能だからか、反乱軍をどんどん追い詰めて行くのよ。 

 彼が王家側にいる限り、反乱軍と対立し続けて内戦だって長引いて、皆、ますます疲弊していくわ」


 モニカは笑う。


「でもわたくし、この世界ではロキシーを女王にさせる気はないし、わたくしもそうなるつもりはないの」


「じゃあレット・フォードは王家に入らないし、反乱軍が勝つってことか?」


「いいえ、それがそうはいかないわ。厄介なことに、彼はわたくしが王家の血を引いているって、必ず気が付いて結婚を申し込んでくる」


 モニカは首を横に振る。


「変だって思わない? 彼は情熱的にわたくしに結婚を申し込んできたくせに、ロキシーが王家に入って、結婚しなさいとひとこと命令したら、コロッとそっちに行くのよ。そしてやっぱりわたくしこそが女王だと分かったら、最後はわたくしに戻ってくる。

 どうしてレットはそうやって簡単に、王家に味方したり、反乱軍に味方したりできるのでしょう?」


「知るか。自分のない奴なんだろ」


「いいえ。むしろ反対よ」


 ルーカスは黙って続きの言葉を待った。


「……フィンが国を変えたいと望むなら、レットは変えてはいけないと考えている。

 レット・フォードは自分がないどころか、一貫して、何が何でも王制を守りたいと思っている。権力を得て、自分の理想の国を作ろうとしているの。戦争の中で、その思いをさらに強めていくのよ。

 だからたとえ王家に入らなくても、国の中枢に登り詰めるのは目に見えてるわ。現に彼の評価は高いしね」


 ふう、とため息をついたモニカは、伺うようにルーカスを見た。


「蝙蝠のおとぎ話を知っている?」


 急な話の転換に戸惑いつつも答える。


「……鳥にも、動物にもなれない可哀想な奴の話だろ」


「そう。上手く立ち回ったつもりの、どっちつかずの阿呆の話」

 

 どこか馬鹿にしたように笑った後で、モニカは話題を戻した。


「今までのループの中では、レットと結ばれて、無事女王になっても、わたくし、死んじゃってたのよ」


「食中毒でだろ」


「それは一番最初だけだし、ロキシーの前ではそう言ったけど、そんなことあり得ない。王族の食事は、数時間前と直前に、全く同じメニューを毒味係が毒味するのよ。その人たちがけろりとしているのに、どうしてわたくしだけが死んだの? 毒を盛られたのよ。それができたのは、わたくしと同じテーブルに着いた人物だけだった」


 自分の背中に冷たい汗が伝うのを感じた。モニカが言いたいのは、つまり――。


「レット・フォードがロキシーを断頭台に送って、その後でモニカを殺したって言いたいのか」


 全ては理想を貫くためだ。そこまでひたむきな信念だったのだ。


「その通りよ、賢いわねルーカス」


 まるで飼い犬を褒めるように、モニカは言う。


「初め、彼はわたくしが王女だと思って婚約を申し込んだ。だけどロキシーが王女だと名乗り出て、だから素直に乗り換えた。

 邪魔なクリフを殺して、ロキシーを上手に誘導して思うとおりの操り人形にしたのよ。愛に飢えていたロキシーは、きっと彼の言うことをよく聞いたのね。だけど実際、王家の血を引くのはわたくしだと判明したから、またこちら側に着いた。あっさりとロキシーを切り捨てたの」


 ルーカスはロキシーを思い、胸がうずいた。過去の彼女はなんて愚かで哀れだったんだろう。自分が側にいたら、そんなことにはならなかったはずなのに。


「国民の感情が王家憎しと高まったところで、わたくしが現れた。怒りの矛先をロキシーに向けて、首を置き換えて王制を守ったのよ。

 でもね? わたくしはこう見えて、自分をしっかり持っているの。レットの思うとおりには動かなかった。だから彼はわたくしも殺したのかもしれないわ。理想の国を追求するために。

 ……分かるでしょう? 彼の正体は、卑怯な蝙蝠なのよ」


 初めからレット・フォードに、愛などなかった。あったのは、狂気じみた理想だけだ。


 モニカの瞳は、暗がりの中にあっても異様に爛々と輝いている。

 

「もしって、考えない? もし、レット・フォードがいなければって――」


 部屋の闇が深まったように思えた。

 問いかけに、答えられない。


「そうしたら、彼がわたくしに婚約を申し込んでくることもないし、ロキシーが嫉妬に狂って女王と偽ることもない。

 彼のいない世界で、阻む者のいない反乱軍は手早く王家に勝利するわ。もし仮にわたくしが王家に戻っても、彼らに素直に国を明け渡せばいい。

 戦争だって早く終わる。優秀な脳を失った国は負けるでしょうけど、王族以外は悪いようにはされないわ。

 王家は没落し、代わりに王のいない国が作られる。王が不要だったら、女王が首を切られるなんてこともない。ロキシーもわたくしも、どこかで平和に暮らせるわ」


 耳には、ただモニカの声だけが響く。


「……ルーカス。あなたにお願いするかもって、言ったわよね?」


 何を言われるか、予想がついてしまった。

 目眩にも似た感覚を覚える。


 風すらない晩。ひたすらの静寂の後で、やっと答えた。


「あいつのこと、好きなんじゃなかったのか」


「あの時はロキシーをからかっただけよ? あの子の本心を確かめたかったし」


 その言葉に、ルーカスは思った。


(やっぱりモニカは、初めから全部知っていたんだ)


 記憶が曖昧などと、嘘だったに違いない。

 ロキシーが自分から絶対に離れないと確信し、ようやくルーカスに話を持ちかけてきたのだ。


「……今の彼が、何をしたって言うんだ」


「いいえ。まだ、何もしてないわ」


「善人を、これから犯す罪のために裁けと言うのか」


 彼は自分が怪我をしていても、恩人の娘を助けに走り回ることのできる、善良な人間だ。


 モニカは声を立てて笑った。


「ねえルーカス。永遠にロキシーのジーヴスでいるつもり? 側に寄り添って、あの子が他の誰かと恋に落ちるのを見守るのがお望み? それともいつか気が付いてくれると淡い期待を抱いてる?

 言っておくけど、レット・フォードがいる限り、あの子はあなたに振り向かないわよ。だってここはそういう世界なんだもの。

 ……それともまさか自分の身を心配しているの? ロキシーがあなたの立場だったら、絶対にそれをしたわ。わたくしがあなたの立場でも、迷うことなくしたでしょう。なのに、あなたは大好きなロキシーのために、そのまたとないチャンスを得てもなお、自分のちっぽけなプライドのために、たった一度の()()さえ、遂行できないというの?」


 普通は迷うはずだ。

 誰かの死にも、自分の死にも。


 最終的にはその答えにたどり着くのだろうが、それまで逡巡するはずだ。この世に即答できる奴なんているのか。


 慈愛たっぷりに、モニカは目を細めた。これがこんな場面でなかったら、愛する人を見る目にでも見えただろうか。


「もう、それしかないのよ」


 そうしても仕方がないというのに、ルーカスは目を閉じた。

 彼女の声は、囁くように優しく告げる。


「戦場へ行って、レット・フォードを殺しなさい。何よりも大切なお姉さんを守るために」


 モニカは知っているのだろうか。

 ルーカスがロキシーを姉だと思った事なんて、一度だってなかったことを。



ジーヴスというのは、「ジーヴスの事件簿」という小説に出てくるなんでもできる万能執事のことです。

想定している時代的にはちょっと合わないのですが、作者の趣味で台詞に入れました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] それぞれの真意はどこにあるのか、ドキドキしながら拝読しています。 単純に誰が敵で誰が味方というのではなく、ムズムズハラハラドキドキが詰まった作品に引き込まれてしまいます。
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