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叶わなかった、彼女の恋

 今日もまた、店にはルーカスとシャノンの二人だけだ。夕方が過ぎ、閉店する前に店先を掃除していると、外に出てきたシャノンに話しかけられた。


「ルーカスさん、この間の返事、考えてくれた?」


 意志の強い彼女の瞳が真っ直ぐに見つめてくる。


 下町の少女というのは総じてたくましい。ロキシーとモニカも強いが、それとはまた違う強さだ。

 双子たちが気位の高すぎる猫だとしたら、ちゃきちゃきと活発に動くシャノンはまるで子犬のようだった。


 クリフのパーティの少し前のことだ。シャノンに好意を告白されたのは。


 薄々と気が付いていたことではあった。彼女の親切が、友人に向けるものとは別種であることに。瞳に宿る、その熱に。

 

 だがルーカスはまともに返事をすることを避けた。


 この店は世話になっているオリバーの口添えで働かせてもらっている。もしそこの一人娘の好意を断ったとなると、彼の顔に泥を塗ることになるのではないかと思ったのだ。

 どうにか彼女が恋を忘れてくれないかと願っていたが、上手くはいかない。


 モニカ曰く、どんな世界でも「必ずそうなる」と決まっている、運命のようなものがあるらしい。ルーカスとシャノンは恋人になる。それもそのうちの一つだと言う。


 だけどルーカスは疑問だった。


 以前聞いた他の世界の自分の人生と今では大分異なっているのだから。


 モニカの嘘ではないとするなら、ルーカスは故郷を戦争で失い、そのまま従軍する。愛国心ではなく生きるために兵士となり、その後手柄を挙げ王都に戻り、フィンと出会い意気投合し共に革命軍を率いることになるのだ。

 

 ありえなくもないかもしれない。ベアトリクスに仕込まれた銃の腕はあるし、実際、五十メートル先の木の上のリスを撃てといわれて、撃てるだけの自信はあった。


 だが今の自分はどうだろう。従軍する気などさらさらない。ロキシーが大切だし、側を離れる気はなかった。


 結果、導き出した結論は、運命など丸めて焼却炉で燃やしてしまえということだ。

 自分は自分の意志に従う。誰にも支配されるものか。

 たとえモニカの言う運命の中に、自分の恋が存在していなかったとしても、もうずっと、心の中にはたった一人の少女がいた。


 だから答えは決まっていた。


 さあどう言い出そうと考えを巡らせ、未だ返事ができずに沈黙していると、シャノンが笑った。


「……そんな顔をされちゃ、聞くまでもないわね」


 どんな顔をしているのか、想像はつく。それがシャノンが期待していたものではないことも。


 突如として申し訳なくなる。


「ごめん」


「ううん。謝らないで。あたし、後悔してないもの」


 笑う彼女は、しかしどこか堪えるようだ。その瞳から涙が落ちるのではないかとハラハラしたが、遂にそれは起こらなかった。


 沈黙の中で、いつにもまして素早く閉店作業を終え、店を去ろうとしたときだ。


 道に出たところで呼び止められた。


「ルーカスさん!」

 

 振り返った時、シャノンが胸元に勢いよく飛び込んできた。彼女の髪が、ふわりと触れる。


 薄暗い道で、人影もない。街灯がぼんやりと照らすだけだ。

 

 どうしたらいいのか分からず、抱きしめ返すこともできないでいると、そのまま唇に、キスをされた。


「隙あり、よ!」


 体を離すと、シャノンはいたずらそうに笑った。


「まったく、こんなんじゃ、血の繋がらないお姉さんに恋を気づいてもらう前に、誰かに奪われちゃうわよ?」


「なんで……!」


 瞬間、顔が赤くなるのを感じた。もちろん彼女に恋心を話したことはない。


「ばればれよ。だってずっとルーカスさんを見てたんだもの。

 ふふ、勝ち目なんて、初めからなかったのかもね。だけど初めてのキスは、あたしのものだから」


 そう言って、シャノンは逃げるように店の中へと去って行った。彼女の顔もまた赤かった。その背を見送ることしか、やはりできなかった。





 屋敷へ戻ると、ロキシーとモニカが言い争いをしていた。


 オリバーはもう長い間家には帰っていない。例のパーティで久し振りに顔を見て以来、再び帰らない日々が続いていた。


「わたくしは、あの二人を追っ払ってやったのよ!」


「だからって、あんな真似をする必要があったの!? ひどいことだわ! ロイ・スタンリーさんを罠に嵌めたのよ!」

 

 むすっとした顔のモニカは、ルーカスを見るとにこりと笑った。


「あらお帰りルーカス! ねえ聞いて? ロキシーったらひどいのよ? 今日の昼間、例の王子と従僕が我が家にやってきたのよ」


 なんだって、というルーカスをモニカは遮る。


「それでね? わたくしは体を張って追い払ったのに、ロキシーったらそれを怒るの」


 だって、とロキシーは言う。


「モニカったら、スタンリーさんがモニカを襲ったように見せかけたのよ? わたしが弁明して謝り倒さなきゃ、大変な騒ぎになりそうだったんだから!」


「ロキシーはわたくしのが頭がおかしいから妄想したって二人に説明したのよ? そっちの方がひどいわ!」


 ルーカスは否定できない。だがモニカは得意顔で続ける。


「けど結果的に、二人が帰ったのはわたくしのおかげね? ルーカスだってよかったでしょう? だってロキシーはクリフに結婚を申し込まれたのよ。それにキスされたんでしょう?」


「キスだって……!」


 なんてことだ。ルーカスの顔から血の気が引く。


「されてないわ!」


 ロキシーが叫ぶ。

 だがルーカスは抑えられない。


「どっちをされてないの!? 結婚の申し込みを? キスを!?」


「よしてよルーカスまで!」


 ふいにシャノンのとのキスを思い出す。が、振り払った。


「されなかったの。寸前で止めたのよ!」


 ロキシーは顔を真っ赤にした。 


「確かに結婚を申し込まれたし、キスもされかけたわ。だけど、彼は途中で止めたのよ! 『おかしいな』って言ってたわ」


 ――おかしいな。君とキスでもしたら、私はきっと幸福だろうと思ったんだ……だけど、妙だな。

 どういうわけか、いざ、となると全くそんな気が起きないんだ。

 だが信じてくれ。君に何かを感じたことは確かなんだ。からかっていたわけじゃ、決してない。


 ――きっと恋ではなかったのですわ。

 

「そう会話したところで、モニカの悲鳴が聞こえたのよ!」


 その話にモニカは吹き出した。


「寸止めなんて笑えるわ! 王子がロキシーに恋するなんて変だと思ったのよ。きっと市井の少女に興味を持っただけだったのね」


 ロキシーはため息をついたが、ルーカスは安堵した。

 クリフの恋心が勘違いだと分かり、そしてキスもされていなかった。今まで通り、何も変わらない。


 モニカが愉快そうにゲラゲラと笑う。


「ロキシーがキスしたって聞いたら、純情なルーカスが卒倒しちゃうわ。ファーストキスだってまだなんだから」


「キスくらい、したことある!」


 ついさっきだし、かなり気まずかったが経験したことには違いない。


 むっとして言い返し、そして激しく後悔した。

 ロキシーは目を丸くして沈黙し、楽しそうに笑うモニカの尋問が始まったからである。


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