おひさしぶりの、わたしのお城
招待状はロキシーとモニカ宛てだったが、引率としてオリバーが、従者としてルーカスも一緒に来た。
「やっぱり使用人じゃないの」とモニカにからかわれている弟は、それを無視していた。
双子はそれぞれあつらえたドレスを着る。
モニカはリボンやらフリルやらふんだんに使ったピンク色のドレス。おそろいにしましょうよと言われたが、妹のようなドレスが自分に似合うとは思えなかった。
だからロキシーはシンプルなブラックドレスにした。どちらも似合っている、と父は褒める。
「すげえ。ファフニールの家も、それなりにお屋敷だけど……」
ルーカスが目を丸くするのも納得で、どこの誰でも口を開けば金がない景気が悪いと言っている今において、一体どれだけここに税金が溶けているのか疑いたくなるほど、城内は派手作りだった。
最も、この城が建設されたのは、現国王よりもずっと昔の話ではあるのだが。
「実のお父様もいらっしゃるかしら」
「ちょっと……!」
モニカがそう口にしたのでロキシーは慌ててオリバーを見た。父はモニカが実子でないこと知っている、と知らないはずだ。
幸いなことに父はルーカスに城の建築技術だの歴史だの説明するのに夢中でこちらの話を聞いていない。ルーカスもオリバーの話を熱心に聞いているようだ。娘ばかりいるせいか、オリバーは居候のルーカスをかわいがっていた。
ほっと息をつく。
「聞かれるへまなんてするわけないじゃない。ほら、久し振りのお城よ? 楽しみましょう」
モニカがそう言ってロキシーの手を引く。
「ちょっと何処行くの――」
「だってパーティ開始までは時間がたっぷりあるのよ? 見て回りましょうよ。ロキシーも記憶がはっきり戻るかも知れないわ」
「でも、城内をうろついていたら、捕まってしまうわ」
「ロキシーは心配性ね。平気よ、中将の娘なんだもの。迷ったとでも言えばいいのよ!」
ふふ、と笑いながらモニカは行く。父はまだルーカスと話している。娘たちに気づいていない。
ちょっとした冒険だ。ロキシーの中の好奇心がうずく。
「行っちゃいましょうか!」
ロキシーも妹に笑いかける。しっかりと手を握り返し、広間へと向かう人に逆行し、城の奥へと入り込んだ。
◇◆◇
「懐かしいわ」
モニカは我が家のように城の中を動き回る。もう日暮れ時で、辺りは薄暗い。
モニカは楽しげに周囲を見渡す。
「抜け道や秘密の隠し通路がいっぱいあって、それを探すのが楽しかったっけ」
ロキシーも微かに覚えていた。
日が入り込む窓も、窓から見える城下の景色も、この長い回廊も知っていた。
確かに自分はここにいたのだと、実感する。
レット・フォードと一緒に、ここで暮らしていた。贅沢な暮らしに、好きな男。満たされていただろうか。今となっては、分からない。
――なぜ殺したの!
はっとしてロキシーは振り返る。
はっきりと耳に残る声。
探すが、声の主はいない。当たり前だ。
それはロキシー自身の声だった。
かつての自分が放った声が、今頭の内に蘇ったのだ。この廊下の奥に、叫ぶ自分の姿を見る。
――どうして殺したのよ!
陰が二つ見える。
自分と、自分よりも背の高い人物。
「ロキシー、大丈夫?」
現実の、モニカの声が聞こえる。だが返事ができなかった。
急速に記憶が思い出される。
ロキシーと誰かが、かつてここで話した。ロキシーは怒っていた。
だからその人を責めた。なぜならその人は――。
――どうしてクリフを殺したの!?
勝手に王子を殺したから。
「ロキシー……?」
「わたしじゃ、なかった……」
ロキシーじゃない。
クリフ暗殺を命じたのは、ロキシーではなかった。
それを思い出した。だって彼の死に恐怖して、怒ったんだから。
肩に、モニカの手が触れる。振り返る。振り返った先には、窓がある。窓の先には、広場がある。
目を見開いた。
あの広場。
知っている。
あの場所だ。
大勢の人が、女王を取り囲んだあの場所だ。
(皆わたしを憎んでいた)
あそこで、女王は処刑されたのだ。
首を切られて。
大罪を償うために。
だけど、その罪は、本当に全て女王が犯したものだったのだろうか。
(だって、笑ってた。わたしが首を切られたとき……)あいつは笑ってたじゃないか――。
足元から闇が這ってくるようだった。
(あいつって、誰――?)
首がギリギリと痛み、思わず手で首を押さえる。
あの時だって痛かった。もっともっと痛かった。
怖かった。悲しかった。孤独だった。寂しかった。
脳みそにうじが沸いたように、痺れる。もうこれ以上考えのは危険だと過去が命令している。
「ロキシーったら、ねえ、どうしちゃったの?」
西日を背に受け逆光になっている妹の表情はよく見えない。
もしや彼女は笑ってるんじゃないんだろうか。
あの時笑ってたあいつは、モニカだったりしないだろうか。
(そんなはずない。モニカは、だってわたしを大切に思ってくれているもの――)
ぐらり、と自分の体が傾くのが分かった。悲鳴を上げる妹の声を聞きながら、意識は閉じていった。