密談をする、弟たち
「どうしてロキシーとモニカが、王子の誕生パーティに呼ばれるんだよ」
ロキシーが眠ったのを確認してからルーカスはモニカの部屋を訪れ、詰め寄った。「深夜に乙女の部屋に押し入るなんて」とからかわれたが、無視する。
ルーカスはモニカがそこらにいる少女と同じとは考えていなかったし、やましい気持ちを抱くなどあり得なかった。もちろんモニカもそれを熟知しているからの冗談だ。
「そういう世界は今まであったのか?」
「いいえ、そんなことなかったわ。だからこれは、この世界で以前とは違う何かが起こったってことよ。二年前の誘拐騒ぎみたいにね」
二年前――。
あれは結局、当時大佐だった双子の父オリバー・ファフニールに恨みを持つ、反乱軍もどきが娘を誘拐したと決着がついた。
モニカに言わせると、今までではあり得なかった事件らしい。つまり今までになかった動きをしている人物、他ならぬロクサーナが招いた事件だ。
「ロキシーがレットと泊まった宿の主人が反乱軍に属していたってことは、ルーカスも知っているわね?」
ああ、と返事をする。
あの時ロキシーは、ルーカスを探しに、無謀にも家を飛び出したのだ。
「彼はロキシーを見て、誘拐を思いついたのよ。つまりロキシーがルーカスを探しに行かなければ起こり得なかった事件だった。今回もそう。ロキシーがクリフを助けなければ起こらなかったことよ」
ふう、とため息を漏らす。
「わたくしだって、何度もモニカを生きているけど、全て知っているわけじゃないのよ。
特に今回はロキシーが良い子なんだもの。わたくし、悪い子のロキシーしか知らないのよ? あの子がどう動くのかなんて全然分からないし、それによってどんな事件が起こるかなんて、知るわけないじゃない。あの子だけじゃない。他の人たちだって、好き勝手に動くんだもの。ルーカス、あなたなんて、その筆頭よ。だから不測の事態に備えてあの子の側にいるの。守ってるのよ、わたくしは」
モニカの話は、筋は通っているように思えた。
予測不可能な出来事については防ぎようがない。だが自分の行動一つで、どんな危険を踏み抜くかさえも分からない中では、どうやって自分たちの身を守ったら良いのかわからない。
せめて起こる可能性のあることが分かっていれば――。
「これから先、起こる事件を全部教えて欲しい」
だがモニカは首を横に振る。
「覚えていないの。記憶が曖昧なのよ」
本当かよ、と思う。自分の都合のいいように、言っているんじゃないのか。
「革命が起こってロキシーが殺されるって言ってたよな? じゃあ、革命を起こさなければいいってことだろ」
「簡単に言ってくれるわね。だけど革命は起こるわ。農民は国の八割を占めているのよ? 彼らは不満をため込んでいるんだもの。そのうねりを、わたしたち三人で止めることなんて不可能だわ」
しかしモニカは、はっとした表情を浮かべ、
「あ!」
何かに気が付いたかのように短い声をあげた。
そして彼女は黙り込んだ。
柔らかな頬に力を込め膨らませ、何事かを考えているようである。ルーカスにはそれが、悪巧みのように思えてならなかった。平素彼女が考え事をしている時は、大抵碌でもないことを思っているからだ。
「何を考えてるんだ」
「何をですって? わたくしとロキシーが生き残る方法に決まっているでしょう。だってわたくしたちはいつも死んじゃうのよ」
「だけどモニカは、いざとなれば世界ごと切り捨てられるじゃないか。この世界がだめになったら、次のループに行けばいい。オレたちと同じ思いでいるとは思えない」
「馬鹿言わないで! いつも幼少期に記憶が戻るわけじゃないのよ。こんなに早く記憶が戻ったのよ? 簡単には手放せないわ。
ロキシーと和解できる世界だって初めてだわ。どうしてこうなれたのか、再現性が分からない。二度とこんな関係になれないかもしれない。ルーカス、あなたとロキシーの仲もね、姉弟なのは初めてよ。
分かるでしょう? わたくしにとってもこの世界は奇跡みたいなものなの。次の世界があるからと言って、はいそうですかと簡単に諦められるものじゃないわ」
嘘はないように思えた。
「さっき、ひとつの妙案が浮かんだわ。上手く行くような気がする。少し考えさせて」
「少しってどれくらいだよ。早くしないと、ロキシーが王子のパーティに行くことになっちまうだろ」
しまった、と思った。モニカの目がギラリと光り、口元には楽しそうな笑みが現れる。
「ははあ、なるほどね。それでロキシーに内緒でわたくしに会いにきたのね?」
「それでって、なんだよ」
「クリフがロキシーのこと、好きなんじゃないかって思ったんでしょう? 他の男の恋心なんて、ロキシーに聞かせたくなかったのねえ」
図星だった。
あの王子が、もしかしてロキシーに一目惚れでもしたんじゃないか。それでパーティに呼んだんじゃないか。あまつさえ求婚でもされたらどうしよう。ロキシーは彼をどう思っているんだろうか。好きになってしまったら。
なんてことを悶々と考え、まさか本人には言えず、だから一人でモニカの部屋を訪れたのだ。
「前に言ったわよね、あなたとロキシーの仲を応援するって」
よく覚えていた。意外なことだ。どちらかと言えば、何が何でも邪魔してきそうだと思っていたからだ。
「本心よ? ロキシーとルーカス、わたくし、二人とも好きだもの。悪いようにはしないわ」
口元に薄く笑みを作るモニカ。本心だと口では言うが、本当のところは分からない。
何もかも悟っているような態度を、やはりルーカスは好きにはなれなかった。いつまで経ってもロキシーも自分も、この少女の掌の上で、さながら登場キャラクターを転がす神のように弄ばれ続けるのではないかという、そんな悪寒がしていたのだ。
「……記憶が曖昧なんて、嘘なんだろ」
睨み付けながら言うが、効果はあまりなかった。
「そのうち分かるわ。慌てなくても教えてあげるから。その時はルーカス、あなたにお願いをするかもしれないわ――」