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変わった青年と、わたしは出会う

 女三人の買い物には加わらず、ルーカスは、同じように離れたところで突っ立っているフィンに歩み寄った。

 この一年と少しで、オースティン家の兄妹とも、ルーカスは友人になっていた。初めに彼を見た時は驚いた。マーティ・マーチン同様、例の夢に出てきた人間だったからだ。


 だが実際の彼はロキシーとも仲が良く、あんなことは、現実に起こり得るはずがないと思わせた。

 だから夢で、彼がロキシーの首を持ち上げたことは、未だに話していないし、おそらくこれからも話さない。


「……聞いたよ、学校で主席なんだって?」


 フィンは肩をすくめてみせる。


「実際死ぬほど努力してるんだぜ。金を持ってるだけの奴だと思われたくなくて必死さ」


「今度、教えてよ。本だと限界があるし」


 ロキシーたちの家庭教師にたまにお邪魔させてもらっていたが、他にも知りたいことがあった。だが人の教師にあれこれ聞くのもどうかと思い、やや遠慮していたのだ。


「ああ、俺に分かることなら……。だけど、あまり時間はないかもしれない」


「どうして?」


「実は――」


 フィンの言葉にルーカスは驚く。話というのはそれだったのか。


 ロキシーを呼ぼうとしたとき、別の店から怒鳴り声が聞こえてきた。往来の人々も注目する。



 ◇



 外の怒号は店内にまで聞こえてきた。

 ロキシーはモニカとリーチェを店に置き、外に出て、何事かとその事件を見た。ルーカスもロキシーに続いて出てくる。


 数回利用したことがある喫茶店の店先で、店主の男が青年にひどく怒っていた。

 青年はなぜ自分が大声を上げられているのか理解ができないとでも言いたげに口をぽかんと開けている。


「いいか? 乞食に出すもんは売ってねえんだよ! ここは喫茶店だ。食事をしたなら、対価を払わなくちゃならねえんだ! あんた、身なりも悪く無さそうだ。金が無いわけじゃねえんだろう! このおれを、馬鹿にしてるのか?」


「無銭飲食かな」とルーカスが言う。「変な奴だ。金持ちそうに見えるけど」


 確かに着ている服は上等だ。なのに金を持ってないなんて、よほど世間から遮断されて育った青年なのだろうか。

 年は、ロキシーより数個上に思える。ブロンドの髪。綺麗な顔をしていそうだが、今は困惑に歪めている。


(――あれ?)


 その青年の顔を見ながら、ロキシーに不可思議な感情が襲った。


 どこかで会ったことがあるような気がする。はっきりとは思い出せないが、見覚えがあるような。

 それがどこで、彼が誰なのか分からない。

 もしや別の世界で会った人物か――?

 

「おい、お前聞いてんのか!」


 店主が青年の胸ぐらを掴もうとした瞬間だった。青年はその手をはたき落とし毅然と言った。


「触るな! なんの権限があって私に触れようというのだ」 


 発せられた声は意外にも力強く、興味なさげに道を通りすぎようとしていた者ですら足を止め彼を見る。


「何人たりとも、私を傷つけることは許されない!」


 青年はよく通る声でそう言うと、上着の内ポケットに手をかけた。


(拳銃!?)


 このままでは流血沙汰だ。平穏な日々に、問題は困る。

 ロキシーはルーカスが止める間もなく店主と青年の側に行くと言った。


「ごめんなさい。この人はわたしの友人なの。お金を持ったことのない、生粋のお坊ちゃまなのよ。わたしが立て替えるから、許して。おいくらかしら?」


 財布を取り出すと、店主の怒りは少し収まったようだ。


「ファフニールさんの娘に言われちゃあなあ」


 告げられた金額に上乗せして払うと、店主はにこりと笑って下がっていった。

 もちろん知り合いではないし、金を払う義理もなかったが、往来で銃など出されてはたまらない。


 その間中、青年はやはりあっけにとられてやりとりを見ていただけだった。


「ああ、そうか。なるほど」


 店主が去った後で、青年は得心したような表情の後で高らかに笑い出した。


「ははは! 金を払えと言っていたのか。そうならあの者もそう言えばいいものを! 払ったことがないから分からなかったぞ」


 なんと世間知らずな。


(どこの王様よ、お金も払ったことないなんて)


 ロキシーは眉根を寄せる。


「あなたこそ、銃を出すなんて男らしくないわ」


「銃だと? はは、まさか」


 彼が取り出したのは、指輪だった。金の地に、大きな宝石が付いている。


「対価と言うから価値のあるものをと思ったんだ。これは私にとっては非常に大切なものだから」


「食事代どころか店一軒買えそうだな」


 近くに来ていたルーカスが苦笑いを浮かべながら自分よりも年上の青年に言う。そのままロキシーと青年の間を塞ぐように立った。

 しかし青年は目の前のルーカスなど見えていないかのようにひょいと体を傾けロキシーに笑いかけた。


「君、名はなんと言う?」


「人に名を尋ねるときは自分から名乗れと母親に教わらなかったのか」


 無視されたルーカスが不愉快そうに言うのをロキシーは「いいのよ」となだめる。


「ロクサーナ・ファフニールよ。こっちは弟のルーカス」


 青年は頷いた後でルーカスに向き直る。


「あいにく母は幼いときに亡くなっていてね。これが唯一の形見だ」


 そう言って指輪を見せる。うろたえたのはロキシーとルーカスの方だった。


「お、お母様の形見をカフェ代にしようとしてたってこと?」


「これ以上に価値がある物などなかろう?」


「奇人変人の類いだ」とルーカスが小さく呟いたのをロキシーはこら、と制する。


 と、道の向こう側から数人の男たちが慌てた様子で向かってくるのが見えた。町人のような姿をしているが体つきからして軍人のようだと思った。

 

 そのうちの代表格の若い男が言った。長髪を後ろで束ねており、すらりとした長身。身のこなしには隙が無い。 


「こんなところに居られたのですか! ……なにか問題が?」


 彼はロキシーとルーカスを冷たく見る。まるで二人が問題の元凶だと思っているような視線だ。


「いや、ロイ。このお二方に市政の人々の礼儀を教わっていたところだ。中々面白い」


「離れられては困ります」


「貴様等といても窮屈だ。私に巻かれるとは護衛もたいしたことないな」 


 青年は朗らかに笑う。


「私の名はクリフだ。では、またいつかロクサーナ、ルーカス」


 そう言い残し、男たちと去って行った。


「なんだったんだ……」

 

 ルーカスが呟き、ロキシーを振り返り何かを言いかけ、しかし心配そうな表情に変わる。


「ロキシー、どうしたの? 顔が真っ青だ」


「なんでもないわ」


 だがなんでもあった。

 クリフ。

 思い出した。


 彼は。

 彼は――。


「もう! 帰るわ!」と今度はさっきまでいた店の方から大きなわめき声が聞こえた。


 慌てて戻ると顔面蒼白のリーチェとその肩を抱くフィン。床に転がるモニカの姿があった。

 

 モニカはロキシーに気づくと叫ぶ。


「ロキシー! リーチェがわたくしを転ばせたのよ! どうして側を離れたの? あなたがいないから、嫌がらせされたのよ!」

 

「そ、そんなあたし、ただ、手がぶつかってしまって……。本当です! 信じて!」


 リーチェは涙目で周囲に訴えかける。フィンがなだめるように言った。


「落ち着けリーチェ。大丈夫だ、わざとだなんて、誰も思ってやしないよ」


 誰も現場を見ていなかったらしい。それもそうだ。モニカがそんなへまをするとも思えなかった。


 モニカは泣いている。


 近頃分かったが、これは嘘泣きではないのだ。彼女は自分のためにならいつでもどこでも哀れで泣けるらしい。


「もう帰るわ。買い物なんて気分じゃないもの。

 それに、おもいっきりぶつかられたから足を捻ったの。ルーカス! おぶって」


「なんでオレが」


 モニカの腕がルーカスに伸びるが、当の彼は顔を引きつらせる。だがこうなってしまったら、モニカはてこでも動かないだろう。


「ルーカス、もし嫌でないなら、お願い」


 ロキシーが言うなら、としぶしぶルーカスはモニカを背負い、先に店を出て行く。


「ロクサーナ様、あたし、本当に」


「分かってるわ、心配いらないから」


 ぽろぽろと涙を流すリーチェの頭を撫でる。もちろん疑ってなどいない。モニカの気まぐれに付き合わされただけだ。


 フィンから妹の買い物袋を受け取りながらロキシーは二人に謝った。


「ごめんなさい。モニカが、また」 


「たまには叱ってやった方がいいんじゃないのか? 昔モニカを信じ切っていた俺が言える事じゃないが、君は彼女に甘すぎるよ」


「あの子は不安なのよ」


 埋め合わせは必ずするから、とロキシーは再び頭を下げ、モニカとルーカスを追いかけた。 

 結局、フィンの話を聞けなかったな、と思った。


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