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時が流れて、わたしたちはそれから

 ロキシーの部屋で、二人は激しく言い争いをしていた。


「ちょっとモニカ! それってわたしの口紅じゃないの?」


「そうよ? 使ってあげたの。だってこんなにかわいいピンク色、きっつい顔のロキシーには似合わないもの」


 なんですって、と睨み付けるがモニカはすまし顔だ。

 

「限定色なのよ! あと少ししかないんだから!」


「そうは言うけどロキシー。あなたが首にちゃっかり巻いてるそのスカーフ。わたくしのものではなくって?」


 う、とロキシーは言葉に詰まる。

 確かにモニカのスカーフを無断で持ち出している。だってかわいかったから。


「タ、タンスの肥やしになっていたから使ってあげたのよ!」


 ロキシーがファフニール家に戻って一年と数ヶ月。

 もう少しで十四歳になるというのに相変わらず、二人は言い争いをしていた。


 先に支度を済ませ待っていたルーカスはため息をつく。


「早く行こう、フィンたちが待ってる。話があるって言ってるんだから、遅れちゃ悪いだろ」


 ロキシーより小さかった弟の体は、知らぬ間に大きくなり、声もぐっと低くなった。


「え!」


 と驚いたのはモニカだった。

 

「フィンたちもいるの!? ロキシーとわたくし二人で行くんじゃないの?」


「二人でって、オレが行くことは知ってただろ」


「おだまりルーカス! 荷物持ちの使用人は数にカウントしてないもの!」


「モニカ! ルーカスは使用人じゃなくて居候よ? 掃除やおつかいをしてくれているのは善意なんだから。それにわたしの弟だわ」


「そうだよ、オレとロキシーは姉弟だ」


「わたくしこそがロキシーの妹なのよ!」


「二人とも大切な弟と妹よ」


「でもずっと楽しみにしてたのよ!? ロキシーと二人でお買い物って! 昨日なんてわくわくして眠れなかったんだから! なのにひどいわ! 邪魔者がいるなんて聞いてない! ばかぁ!」


 そう叫ぶと、モニカは自分の部屋に走って逃げていってしまった。


「……確かに、言ってなかったわたしも悪かったかもしれないわ」


「拗ねてるだけだろ。放っておこう」


 癖あり、激情家、情緒不安定のセンター気質。

 彼女の扱いはこの二年近くで二人とも格段に上手くなった。


 ルーカスと目が合い、頷き合う。


 どうせモニカは追ってくる。長い間一人で耐えてきた彼女は、一人でなくともよいと分かってから、一人でいられなくなってしまったようだ。


 予想通り、玄関を出ようとしたところでどたどたと足音がした。


「待ってぇ! やっぱりわたくしも行く!」



 ◇◆◇



「遅かったな」


 待ち合わせのカフェには、既にフィンとリーチェが三人を待っていた。


「色々大変だったんだよ」


 フィンは学校帰りらしく、制服のままだ。カフェの女性たちが彼をちらちらと見ているのが分かる。

 ルーカスの返答にフィンは双子を交互に見て頷いた。


「だろうな」


「どういう意味?」


 キッとモニカに睨まれ、フィンは誤魔化すように咳払いをして、顔を背けた。ここで言い返せば十倍になって返ってくると知っているからだ。


「ロクサーナ様! 今日はすごく楽しみにしていたんです!」


 リーチェが瞳を輝かせながらロキシーに近づく。以前よりも外に出る回数が増えたせいか、青白かった肌は少し日に焼け、健康的だ。


 そのまま彼女はロキシーに腕を絡ませた。

 それを見逃さなかったのはモニカだ。


「リーチェさん。悪いけどロキシーの右手はわたくしの居場所って決まっているの。離してくださる?」


「ひっ……」


 怯えながらも、リーチェは言い返す。


「い、いやです」


「一番の仲良しだけが手を繋ぐのよ。分かるでしょう? つまりわたくし……いて!」


 あまりにも我が儘なモニカの額をロキシーはデコピンした。


「いじわるなんだから。モニカとはいつでも繋げるから良いじゃない」 


「だってだって!」


 モニカは涙目になりながら頬を膨らませる。だから結局、片手ずつ少女たちに分け与えた。

 

 買い物の途中で寄るところがあるとかで、ルーカスは姿を消した。

 近くのパン屋に行くようだ。

 週に数回、ルーカスはそこに働きに行っていた。父が不要だ、と言ってもただで居候は気が引けるらしく、律儀な弟は家賃代を稼いでいる。


 パン屋には同じ年頃の一人娘がいるらしく、懇意にしているという。


「『シャノン・ウィルソン』ね。ルーカスの恋のお相手よ」


「いつの間に!? そうなの!?」


 モニカの言葉にロキシーは目を輝かせる。弟の浮いた話は今まで聞いたことがなかったから。

 しかしすぐに戻ってきたルーカスは、話が聞こえたのかモニカを睨み付けた。


「おい、適当ぬかすな」


「本当のことよ。ね、ロキシー。二人はお似合いだと思わない?」


「思うわ。今度家に招待したら?」


 シャノンに直接会ったことはない。だが周囲の人の話から気立てのよい娘であることは知っていた。

 ロキシーまで、とルーカスはいよいよ躍起になった。


「オレは朝食のためにパンを買ってこいと言われただけだ! シャノンに会いに行ってたわけじゃない。二人に頼むとどうせ忘れると思ったんだろ」


「でもシャノンはルーカスのこと好きよ」


 からかうようにモニカは言うと、「ほら」と後方の道を指差す。そこには紙袋を持ったシャノンと思しき少女が息を弾ませ走ってきていた。

 綺麗に編み込まれた髪に、意志の強そうな瞳。それが素晴らしく均衡を保ち、彼女を魅力的に見せていた。なるほどルーカスが恋に落ちるのも納得だ。


 彼女はルーカスの目の前まで来ると頬を染める。


「ルーカスさん! もしよかったら! また作ったの、新作のパンよ。いつものお礼に」


「わたくしのためにありが……むぐっ」


 ロキシーは慌ててモニカの口を塞いだ。

 そのパンがいつもモニカの腹に消えていると分かったら、この少女はどんなに悲しむだろう。世の中には真実を知らない方が幸せなこともある。


 面々に明るく挨拶し、ルーカスと楽しげに話した後でシャノンは立ち去った。


 確かにシャノンは誰がどう見てもルーカスに恋をしている。血こそ繋がらないものの、自分の弟が好意を寄せられているのは嬉しかった。


 だがルーカスは神妙な顔をしてロキシーに向き合った。


「オレが好きなのは、ロキシーだから」


 姉弟と恋人はまた違うだろうに、と好きと言われる度ロキシーは思う。「ありがとう」と礼だけ伝える。


 フィンとリーチェが意味ありげに視線を交わし、同時に肩をすくめた。


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