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断頭台のロクサーナ  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第一章 首を切られてわたしは死んだ
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生き別れた姉と、弟は再会する

 ルーカス・ブラッドレイがこれほど時間がかかってから王都に着いたのは、列車が開通している駅まで向かっていたせいだ。

 駅まで向かう数日間は、マーティという男と一緒にいた。夢で彼に会った不可思議な体験については伏せていたし、目下、彼の興味は酒と女とギャンブルにあるようで、反乱を起こしてまで国を変えたいという、崇高な理想を抱いてなどいなかったから、あの夢は気のせいだと言い聞かせ、心の底に隠しておくことにした。

 

 商家の三男で、家と折り合いが悪く、飛び出して以来、数週間、日雇い労働で暮らしているという。

 着崩した服や破天荒な生き方に彼の人間性が表れていたが、一方で、悲観せず明るい彼に、ルーカスは好感を抱いていた。


「君といて楽しかったよ。姉さんに、早く会えるといいね」

 

 彼はそう言って、列車賃までくれたのだ。


 


 王都に着いて、人と建物の多さに圧倒されつつも交戦のさなかでも持ち出した、ロキシーから届いた手紙を握りしめ、書かれた住所に向かう。


「ロクサーナ様は、こちらにおられません。その、あなた様は……」


 弟だと名乗ったが信用されていないらしく、その使用人は、じろじろとルーカスの格好を見回した。

 それも仕方がない。かつて持っていた質の良い服は金に変え、今着ている服はボロボロだ。おまけに戦乱から逃げてきたから、至る所破けたり、血が出ている。

 要するに、どこぞの物乞いがロクサーナ嬢の弟だと偽り、金をせびりに来たのでは、と疑っているわけだ。


「じゃあ、直接会うので、場所を教えてください」


 ルーカスの言葉に、使用人は困った表情になる。いかにも怪しい少年に、主人の娘の居場所を教えるのを躊躇っている、ように見えた。

 一刻も早く彼女に会いたいのに。

 押し問答を続けていると、背後から声をかけられた。


「あら? ルーカスじゃないの」


 王都に知り合いなんていないから、気軽に声をかけられる理由もない。にも関わらず、その声は親しい見知った人間にかけられるような、のんびりとした声色だった。

 この声を知らないはずだ。この、人生においては――。


「モニカ……様……」


 驚愕の思いで振り返り、力無く彼女の名を呼んだ。一瞬、彼女は妙な顔をした。なぜルーカスが自分を知っているのかわからないようだ。

 なんとなく……の根拠でしかないが、モニカにあの夢のことを話してはいけない気がして、言い訳のようにルーカスは言う。


「ロキシーから貰った手紙に、モニカって妹の特徴が書いてあったんだ。だから」


「ふぅん? そうなの」


 さして興味がなさそうにモニカはいい、使用人に、ルーカスの身分の証明をしている。その間に考えた。

 ルーカスがモニカのことを分かったのは、夢で見たからだ。じゃあモニカがルーカスのことを分かったのはなぜか。

 だがモニカが振り返ったため、思考はそこで途切れる。

 

「あの子に会いにきたのね? こっちよ。案内するわ」


 やっと大好きな姉に会えるというのに、先ほどまでの期待と喜びが薄れていたのは、目の前の少女の纏う空気に、得体の知れない恐ろしさを感じていたせいだ。


 馬車に促され、乗り込む。離れた場所にいるようだ。

 隣に座るモニカが、にこりと笑った。


「ロキシーったら、ルーカスを探しに故郷に帰ろうとしているのよ? お父様が止めているけど……。お父様もあなたを探していたから、現れたって知ったら喜ぶわ」


 いいことって続くわね、とモニカが言うが、他に起こった「いいこと」なんて、ルーカスは知らない。このところ起こることは、最低なことばかりだったから。

 馬車の中ではほとんど会話もなく、ほどなくして、とある建物の前に到着した。


「病院よ」


「これが病院?」


「わたくしは飽きて先に戻ったんだけど、ロキシーはまだあの男のところにいるわ」


 その大きさに圧倒されつつ、案内されるがままルーカスは庭に向かう。モニカは上機嫌だった。

 空は青く澄んでいて、日差しが眩しいほどだ。病院の庭は手入れが行き届き、心地よい空間に思えた。

 それでもルーカスの心は弾まない。モニカの浮かべる笑みに、含みがあるように思えてならなかった。


 広大な芝生が敷かれた、ある一角を指差してモニカは言う。


「あの子に誓わせたけど、正直、このわたくしにも不安はあったのよ。このところ、あの二人はすごく親密そうで――」


 その姿を見た瞬間、我も忘れてルーカスは駆け出しそうになる。

 

 ――ロキシー!


「待ちなさい!」


 モニカに服を掴まれ止められたため、芝生の上にすっ転ぶ。


「なにすんだ!」


 立ち上がり怒るが、モニカは前方を見たまま言った。


「よく見てみなさい。ロキシーの隣にいる、あの男よ」

 

 ルーカスも目を向ける。ベンチに座り、親しげに会話を交わす、年の離れた男女。一人はロキシーだ。もう一人は――。


「レット・フォード……」


 ロキシーを連れ去った男だ。

 ロキシーも嫌がっていた。

 二人の間に何があったのか。

 穏やかな表情に見える。


 なんでそんな顔、できるんだロキシー。

 なんでそんな男の隣で、笑ってるんだよ。


 ケラケラと、笑い声がして引き戻される。からかうような、モニカの瞳があった。愉快そうに笑っている。

 ルーカスは気づく。この少女、見た目と中身が真逆だ。

 モニカは言う。


「もしやって思っていたんだけど、あなたは弟以上の感情を、ロキシーに抱いているんでしょう?」


「……だったらなんだって言うんだよ」


「応援するわ」


 ふふ、とモニカは笑う。その笑みにさえ、ルーカスはゾッとした。


「あの子が好きなら、なんだってできるでしょう? これから先、あの子のために生きるのよルーカス。わたくしの言うことをよく聞くの。そうしたら、わたくし、あなたたち二人のこと、大切にしてあげるわ」


 何を企んでいるんだ、この女。

 だがその真意を問う前に、大きな声が聞こえてきた。


「ルーカス!」


 こちらに駆け寄ってくる大好きなロキシーの姿。ルーカスもまた走り出した。


「ロキシー!」


 たちまちルーカスは、温かな体に抱きしめられる。


「ずっと、会いたかったのよ! 何度もあなたを思ったんだから! 今もレットのお友達に、あなたを探してもらうようにお願いできないかって話してて――」


 話しながら、ロキシーはわあわあと泣き出した。


「生きていたのね、無事だったんだ。ああやっぱり、死んだなんてお父様の勘違いだったんだわ!」


 ルーカスもまた、涙が溢れた。


 どんなにくそったれの世界でも耐えられたのは、ロキシーのことをいつだって考えていたからだ。


 故郷は変わり果ててしまった。 

 奇妙な夢を見たんだ。

 それに、オレは人を、殺した。


 しかし伝えたい言葉は何一つ声にならずに、ただ名を呼ぶことしかできなかった。


「ロキシー、ロキシー……」


 その体を必死に抱きしめ返しながら、ルーカスは決意した。


 もう二度と、彼女を不幸な目に合わせたりするもんか。今度こそ、オレが絶対に、君を守るから――。


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