救いを求めて、彼女は泣いた
モニカが何の信念を持っているのか知らないが、ただで殺されてあげるほどロキシーは親切ではなかった。
(冗談じゃないわ!)――前世なんて、くそくらえ!
犯してもいない罪で殺されるなんて嫌だ。今の人生こそが、ロキシーなのだ。
幸い、一歩間合いに入れば銃を奪える。
モニカの腕は震えている。
銃を握るのは初めてのようだ。
握り方さえなっていない。
すぐには反応できないはずだ。
やれる。
ロキシーの動きは早かった。踏み込むと片方の手でモニカの握る銃を掴み、もう片方の手で腕を押さえ込んだ。そのまま、奪った銃をモニカの顔に向けて水平に構える。
「銃って、こうやって握るのよ。じゃなきゃ敵に奪われてしまうでしょう」
構えたまま、そう告げるとモニカの顔に怒りが沸いた。
この状況下に恐怖するのではなく怒るなんて、さすが王家の血を引く人間だな、とロキシーは思った。
「殺せばいいわ。いつもみたいにね」
「いつもって何よ。……どうしてそんなにわたしを憎むの」
ロキシーはモニカを撃つ気などなかった。
それでも銃口を下げられなかったのは、一瞬でも気を緩めたら、即座にやり返されるのではないかと、どこか畏怖していたからだ。
モニカは瞳をギラつかせ蔑むように言った。
「わたくしの思いなんて、何も知らない馬鹿な女のくせに……!」
「は、はあ?」
ぷつん、とロキシーの中で何かが切れた。
――何も知らないですって? そんなの、当たり前じゃないの!
銃を地面に捨てて、ロキシーはモニカの胸ぐらを掴む。
「あなたって、どこまで自分勝手なの! いつもわたしを睨むだけ、自分だけ何でも知ってますみたいなすまし顔して、いつだって他人を巻き込んで被害者ぶって!」
顔を引き寄せ、怒りをぶつける。モニカの大きな瞳が更に開かれる。
「ねえ、馬鹿はどっちよ! 何も教えてくれないんだから、何も知らないに決まってるじゃない! そうやって自分の頭の中だけで考えて、一人で思い込んで行動されちゃ、こっちはたまったもんじゃないわ! 分かりたくったって、分からないわよ!
何に対して怒ってるのか、どうしてわたしを嫌ってるのか、何も知らないって人を馬鹿にするなら、その理由くらいはっきり言ったらどうなのよ!」
今まで溜まっていたものを、全て吐き出すかのようにロキシーは怒鳴った。そして自分でも意識していなかった思いに気が付く。
知りたかったのだ。
この妹が抱えている苦痛を。
知って分かり合いたかった。一緒に悩みたかった。助けになりたかったし、頼って欲しかった。
だけどモニカは一つも教えてはくれなかった。
モニカは唇を噛みしめる。
今度はモニカの手が、ロキシーの襟元を掴んだ。そのまま、訴えかけられるように、前後に揺さぶられる。
モニカもまた、激しく怒っていた。悔しそうに顔を歪める彼女の瞳から、ついに涙が流れ落ちた。
「言ってどうなるの!? あなたはいつも、どんな世界でもわたくしを憎んで、殺してくるのに!」
「ちょ、ちょっと待って……」
どんな世界でもって……。
「あ、あなたにも前世の記憶があるの?」
驚いてロキシーが尋ねると、モニカは揺さぶる手を止めた。目が合うと、瞳が助けを求めるように、揺れる。
「まさか、ロキシー。過去を、覚えているの……?」
「全部じゃないけど……。わたしは偽の女王になって、首を切られた。モニカやレット、それにルーカスの前で……」
思い出せるのは、未だ断片的だ。
その時の記憶が、モニカの中にもあるのだろうか。
あれは実際に起こった事で、なぜだか世界がまた一周しているのだろうか。
モニカは重圧に耐えきれないようにその場にしゃがみ込むと、頭を抱えて喚きだした。
「それだけじゃない。それだけじゃないわ!」
それから、激しく泣き出した。よく彼女がしていた嘘泣きではない。初めて見る、本物の涙だった。
銃を向けられても怖がらなかった彼女は、今、心から何かに恐怖し悲しんでいる。
まるで自分を抱きしめるように、両手で体を抱える彼女があまりにも痛々しくて見ていられず、捕えられていることも忘れ、その背を慰めるようにさすった。
「分からないわ、モニカ。言ってよ、何に悩んでいるの? 教えて、きっと力になれるから……」
「あなたが力に? 馬鹿言わないで! 信じてもらえないわ、絶対に。だって今まで誰も信じてくれなかったんだもの!」
すすり泣く彼女に、ロキシーは話しかける。
「どんな話をされたって、信じるって約束する。お母様に誓って」
瞬間、モニカはロキシーを振り返った。瞳に再び熱が宿る。
彼女の手が振り上げられるのが見えたところで、ロキシーは目を瞑った。殴られてやるくらいならしてやろう。それで彼女の気が少しでも済むのなら。
だが、頬に痛みは襲ってこなかった。代わりにふわりとした感触が、ロキシーの胸に触れる。体温を感じ、ああモニカが自分に抱きついているのだと思った。
「わたくしだって、言いたかった! 本当は、あなたを信じたかった……! 信じて欲しかった! ずっと一緒って、約束したのに!」
絶叫するように泣きわめく彼女の姿が、幼い少女のように思え、その柔らかな金色の髪の毛をなだめるようにそっと撫でた。
モニカは泣き叫びながら、何度もロキシーの胸を叩く。
ロキシーはそれを、全て受け止めた。
ぼんやりと思い出す。
彼女を絶望の底にたたき落としたのは、他ならぬロキシーではなかったか。
(わたしが先に、モニカを裏切ったんだわ……)