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断頭台のロクサーナ  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第一章 首を切られてわたしは死んだ
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救いを求めて、彼女は泣いた

 モニカが何の信念を持っているのか知らないが、ただで殺されてあげるほどロキシーは親切ではなかった。


(冗談じゃないわ!)――前世なんて、くそくらえ! 


 犯してもいない罪で殺されるなんて嫌だ。今の人生こそが、ロキシーなのだ。


 幸い、一歩間合いに入れば銃を奪える。

 モニカの腕は震えている。

 銃を握るのは初めてのようだ。

 握り方さえなっていない。

 すぐには反応できないはずだ。


 やれる。

 

 ロキシーの動きは早かった。踏み込むと片方の手でモニカの握る銃を掴み、もう片方の手で腕を押さえ込んだ。そのまま、奪った銃をモニカの顔に向けて水平に構える。


「銃って、こうやって握るのよ。じゃなきゃ敵に奪われてしまうでしょう」


 構えたまま、そう告げるとモニカの顔に怒りが沸いた。

 この状況下に恐怖するのではなく怒るなんて、さすが王家の血を引く人間だな、とロキシーは思った。


「殺せばいいわ。いつもみたいにね」


「いつもって何よ。……どうしてそんなにわたしを憎むの」


 ロキシーはモニカを撃つ気などなかった。

 それでも銃口を下げられなかったのは、一瞬でも気を緩めたら、即座にやり返されるのではないかと、どこか畏怖していたからだ。

 モニカは瞳をギラつかせ蔑むように言った。


「わたくしの思いなんて、何も知らない馬鹿な女のくせに……!」


「は、はあ?」


 ぷつん、とロキシーの中で何かが切れた。


 ――何も知らないですって? そんなの、当たり前じゃないの!


 銃を地面に捨てて、ロキシーはモニカの胸ぐらを掴む。


「あなたって、どこまで自分勝手なの! いつもわたしを睨むだけ、自分だけ何でも知ってますみたいなすまし顔して、いつだって他人を巻き込んで被害者ぶって!」


 顔を引き寄せ、怒りをぶつける。モニカの大きな瞳が更に開かれる。


「ねえ、馬鹿はどっちよ! 何も教えてくれないんだから、何も知らないに決まってるじゃない! そうやって自分の頭の中だけで考えて、一人で思い込んで行動されちゃ、こっちはたまったもんじゃないわ! 分かりたくったって、分からないわよ!

 何に対して怒ってるのか、どうしてわたしを嫌ってるのか、何も知らないって人を馬鹿にするなら、その理由くらいはっきり言ったらどうなのよ!」


 今まで溜まっていたものを、全て吐き出すかのようにロキシーは怒鳴った。そして自分でも意識していなかった思いに気が付く。


 知りたかったのだ。

 この妹が抱えている苦痛を。


 知って分かり合いたかった。一緒に悩みたかった。助けになりたかったし、頼って欲しかった。

 だけどモニカは一つも教えてはくれなかった。

 

 モニカは唇を噛みしめる。


 今度はモニカの手が、ロキシーの襟元を掴んだ。そのまま、訴えかけられるように、前後に揺さぶられる。

 モニカもまた、激しく怒っていた。悔しそうに顔を歪める彼女の瞳から、ついに涙が流れ落ちた。


「言ってどうなるの!? あなたはいつも、どんな世界でもわたくしを憎んで、殺してくるのに!」


「ちょ、ちょっと待って……」


 どんな世界でもって……。  


「あ、あなたにも前世の記憶があるの?」


 驚いてロキシーが尋ねると、モニカは揺さぶる手を止めた。目が合うと、瞳が助けを求めるように、揺れる。


「まさか、ロキシー。過去を、覚えているの……?」


「全部じゃないけど……。わたしは偽の女王になって、首を切られた。モニカやレット、それにルーカスの前で……」


 思い出せるのは、未だ断片的だ。

 その時の記憶が、モニカの中にもあるのだろうか。

 あれは実際に起こった事で、なぜだか世界がまた一周しているのだろうか。


 モニカは重圧に耐えきれないようにその場にしゃがみ込むと、頭を抱えて喚きだした。


「それだけじゃない。それだけじゃないわ!」


 それから、激しく泣き出した。よく彼女がしていた嘘泣きではない。初めて見る、本物の涙だった。

 銃を向けられても怖がらなかった彼女は、今、心から何かに恐怖し悲しんでいる。

 

 まるで自分を抱きしめるように、両手で体を抱える彼女があまりにも痛々しくて見ていられず、捕えられていることも忘れ、その背を慰めるようにさすった。


「分からないわ、モニカ。言ってよ、何に悩んでいるの? 教えて、きっと力になれるから……」


「あなたが力に? 馬鹿言わないで! 信じてもらえないわ、絶対に。だって今まで誰も信じてくれなかったんだもの!」


 すすり泣く彼女に、ロキシーは話しかける。


「どんな話をされたって、信じるって約束する。お母様に誓って」


 瞬間、モニカはロキシーを振り返った。瞳に再び熱が宿る。


 彼女の手が振り上げられるのが見えたところで、ロキシーは目を瞑った。殴られてやるくらいならしてやろう。それで彼女の気が少しでも済むのなら。


 だが、頬に痛みは襲ってこなかった。代わりにふわりとした感触が、ロキシーの胸に触れる。体温を感じ、ああモニカが自分に抱きついているのだと思った。


「わたくしだって、言いたかった! 本当は、あなたを信じたかった……! 信じて欲しかった! ずっと一緒って、約束したのに!」


 絶叫するように泣きわめく彼女の姿が、幼い少女のように思え、その柔らかな金色の髪の毛をなだめるようにそっと撫でた。

 モニカは泣き叫びながら、何度もロキシーの胸を叩く。

 ロキシーはそれを、全て受け止めた。


 ぼんやりと思い出す。

 彼女を絶望の底にたたき落としたのは、他ならぬロキシーではなかったか。


(わたしが先に、モニカを裏切ったんだわ……)


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