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断頭台のロクサーナ  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第一章 首を切られてわたしは死んだ
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侵入者がやってきて、わたしは誘拐される

 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。


 ロキシーが目を覚ましたのは、言い争う声が聞こえたからだ。体を起こすと、レットも同時に起きたらしく眉を顰めていた。

 目が合うと指を口に近づけ、静かにするように合図をされる。


(何が起きているの?)


 耳を澄ませると先ほどの言い争いの続きが聞こえた。


「なんですかあなた方は!」


「どけ、ここに娘がいるはずだ!」


 玄関からだ。元々この屋敷に使用人は多くない。一人か二人、常駐しているだけだ。声の片割れは今日の当番の者だ。


 様子がおかしい。確かめに行こうと立ち上がろうとしたところ、腕を掴まれ止められた。


「私が見てきます。あなたはここに」


 答える前にレットはベッドを出て、音を立てずにそっと扉を開ける。

 言い争う声が大きくなる。と、鋭い音が一つ響いた。声がピタリと止む。


(銃声だわ!)


 血の気が引く。


 撃ったのはどっちだ。使用人が撃ったのなら、即座にここまで駆けつけ、何が起きたのか報告するはずだ。だが誰も来ない。


「くそ! 騒ぐから撃っちまったじゃねえか!」


 知らない男の声がする。

 撃ったのは歓迎されない客の方で、撃たれたのは使用人だ。ロキシーの心臓は激しく脈打つ。


 ゆっくりと、レットが扉から出て行く。男と交戦するつもりか。


 ――行かないで!


 叫ぶこともできずに、ロキシーは硬直していた。


 と、枕元の台の上に、レットの身につけていた物が置かれていることに気が付いた。服が泥で汚れたため、着替える際に外したのだろう。その中にある軍用の回転式拳銃が目に入った所で、心の中で罵った。


(ばか!)


 なら彼は丸腰だ。何も持たずに敵の前に体を暴露する気か。

 熱のせいで正常な判断ができなかったのかもしれない。


 混乱していた。まともに考えられない。だが唯一繋がった思考回路が告げる。


 銃を持て。


 だからロキシーは銃を握ると即座に彼の後を追った。


 彼はすぐに見付かる。屋敷の中だから当然だ。彼は階段の上から、不届き者に叫ぶ。


「何者だ!」


 突然押し入った人間は二人はまだロキシーの姿には気づいていない。


 どちらも男だ。

 彼らは舌打ちをして銃を構える。狩猟に使う、鳥撃ちの銃に見えた。有無を言わさず殺す気だ。彼らの目的は分からないが、みすみすレットを殺させる訳にはいかない。


 レットも壁に身を隠す。腰から拳銃を引き抜こうとしたところで、ようやく気が付いたらしい。


「あれ?」


 間の抜けた声を出す。


 男の指が引き金にかかる。

 ――まずい!

 思った時にはロキシーはそうしていた。這うように床に体をつけ、肘を固定し、両手で銃を握り、今まさにレットを撃ち殺そうとしている男に向けて発砲した。


 パン。

 薬莢がカラリと床に落ちる。


 拳銃を撃つのは初めてではない。

 母ベアトリクスがまだ元気だった頃、撃ち方や構え方を教えてくれた。


「役に立つときがくるのかしら」なんて笑っていたが、本当にその時が訪れるとは。


 ロキシーの撃った弾は男の腕を撃ち抜き、銃を落とさせることに成功する。


 予想もしなかった攻撃に、男たちに隙ができた。


「レット!」


 拳銃を床に滑らせる。

 彼は目を見張るが、瞬間、何が起こったのか察知したらしい。受け取ると、男たちめがけて数発撃った。

 うめき声を上げて襲撃者たちは倒れた。即死ではないが、痛むのだろう。戦い慣れてはいないらしい。瞬間的に戦意は喪失している。


 レットは階段を駆け下り、二人に近づくと、彼らが落とした銃を遠くへと蹴る。そのまま一人の額に銃口をあてがった。


「言え! なぜ襲った!」


 その剣幕に、自分に向けられている訳でもないのにロキシーは思わず恐怖した。女王の記憶が蘇る。処刑台の寸前、こちらに向けられた、あの瞳――。


 考えを振り払うと、立ち上がる。心臓はまだ熱く脈打っているが、体は正常に動く。


「吐かないなら、貴様を殺してもう一人に尋ねるまでだ」

 

 ロキシーは冷静に彼らを観察した。

 襲撃者の格好はあまり裕福とは言えなかった。金のない農民か町人か。


(お金目当ての強盗? それとも、お父様に恨みを持っているのかしら)

 

 だけど、彼らは娘を探していた。モニカかロキシー、どちらかに用事があるのだ。


 当然ロキシーはその男たちに見覚えはない。だがモニカの知り合いとも思えなかった。どこかで恨みを買われたのだろうか。


 レットは立ち上がったロキシーに気が付くと、横目で見上げる。


「ロクサーナ様。お部屋へ戻っていてください」


 そうさせてもらおうかしら、と思った時だった。物陰に、蠢く陰が見えた。男だ。


 銃口に弾を込めるような動き。

 ちょうどレットの後方。

 彼は気が付いていない。ロキシーは銃を持っていない。撃つことができない。


「後ろよ!」


 声に反応し、レットは振り向きざまに撃った。だが物陰の男の方がわずかに早かった。

 陰から体を現すと、レット向けて拳銃を撃つ。男の銃弾は、その腹を撃ち抜いた。


「レット!」


 レットの体は力なく床に崩れ落ちる。生きているのか死んでいるのかも分からない。目を閉じ、ぴくりとも動かない。


 撃った男がこちらに目を向ける。ロキシーと目が合う。どろりとした、濁った目だ。だが異様にぎらついている。


 ロキシーにできること。

 それはただ逃げることだった。


 玄関は塞がれている。なら二階の窓からだ。木の幹を伝ってならば降りられるはずだ。


 背を向けて走り出す。ちらりと見えた男の銃は先込め二連発式の小型拳銃に見えた。

 レットを撃つのに一発使ったとしても、もう一発撃てる余地はあるはずだ。しかし男は撃ってはこない。代わりに、逃すまいと追ってきた。


 大の男に少女の足が敵うはずもなかった。背後からさながら抱きしめられるように捕まえられる。


「きゃあ! むぐ」


 大声を出させないためか口に布を被せられる。手足も素早く縛られる。


「んー!」


 ロキシーの体はいとも容易く抱え上げられた。男の腕から逃げようと暴れるが、まるで効果はない。

 

「こっちの娘じゃなかったら、とんだ手間だ」


 我が物顔で悠々と階段を降りる男は、怪我をしている仲間に近づく。


「立てるか」


「む、無理だ」


 一人がそう答える。男は頷くと、弾をもうひとつ込め――ロキシーにとってはまるで理解しがたいことに――なんの迷いもなく仲間たちの頭めがけて撃ち込んだ。


 頭の中身をまき散らしながら、彼らは絶命する。抵抗もない。まるではじめからそういう取り決めであったかのように。


 あまりの光景に、悲鳴さえ出ない。


 ロキシーを抱える男はそのまま玄関を出ようとする。刹那。


「待て!」


 息を吹き返したレットが、撃たれた腹を抱えたまま、立ち上がる。腹を押さえる手には、あまり意味が無さそうだ。赤い液体がしたたり落ちていくから――。


「その娘から、手を離せ……!」


 男が舌打ちをして、拳銃を向け引き金を引く。

 しかし何も出ない。弾は先ほど使っていたようだ。代わりにレットの頭を殴りつけた。


 またしてもレットは床に転がる。


 彼が死んでしまう。 


 そう考えただけで、心の中に激しい熱が生まれた。怒りなのか、悲しみなのか。もう二度と、彼を失いたくないのに。


 だが、だからといってロキシーにはどうすることもできなかった。


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