侵入者がやってきて、わたしは誘拐される
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
ロキシーが目を覚ましたのは、言い争う声が聞こえたからだ。体を起こすと、レットも同時に起きたらしく眉を顰めていた。
目が合うと指を口に近づけ、静かにするように合図をされる。
(何が起きているの?)
耳を澄ませると先ほどの言い争いの続きが聞こえた。
「なんですかあなた方は!」
「どけ、ここに娘がいるはずだ!」
玄関からだ。元々この屋敷に使用人は多くない。一人か二人、常駐しているだけだ。声の片割れは今日の当番の者だ。
様子がおかしい。確かめに行こうと立ち上がろうとしたところ、腕を掴まれ止められた。
「私が見てきます。あなたはここに」
答える前にレットはベッドを出て、音を立てずにそっと扉を開ける。
言い争う声が大きくなる。と、鋭い音が一つ響いた。声がピタリと止む。
(銃声だわ!)
血の気が引く。
撃ったのはどっちだ。使用人が撃ったのなら、即座にここまで駆けつけ、何が起きたのか報告するはずだ。だが誰も来ない。
「くそ! 騒ぐから撃っちまったじゃねえか!」
知らない男の声がする。
撃ったのは歓迎されない客の方で、撃たれたのは使用人だ。ロキシーの心臓は激しく脈打つ。
ゆっくりと、レットが扉から出て行く。男と交戦するつもりか。
――行かないで!
叫ぶこともできずに、ロキシーは硬直していた。
と、枕元の台の上に、レットの身につけていた物が置かれていることに気が付いた。服が泥で汚れたため、着替える際に外したのだろう。その中にある軍用の回転式拳銃が目に入った所で、心の中で罵った。
(ばか!)
なら彼は丸腰だ。何も持たずに敵の前に体を暴露する気か。
熱のせいで正常な判断ができなかったのかもしれない。
混乱していた。まともに考えられない。だが唯一繋がった思考回路が告げる。
銃を持て。
だからロキシーは銃を握ると即座に彼の後を追った。
彼はすぐに見付かる。屋敷の中だから当然だ。彼は階段の上から、不届き者に叫ぶ。
「何者だ!」
突然押し入った人間は二人はまだロキシーの姿には気づいていない。
どちらも男だ。
彼らは舌打ちをして銃を構える。狩猟に使う、鳥撃ちの銃に見えた。有無を言わさず殺す気だ。彼らの目的は分からないが、みすみすレットを殺させる訳にはいかない。
レットも壁に身を隠す。腰から拳銃を引き抜こうとしたところで、ようやく気が付いたらしい。
「あれ?」
間の抜けた声を出す。
男の指が引き金にかかる。
――まずい!
思った時にはロキシーはそうしていた。這うように床に体をつけ、肘を固定し、両手で銃を握り、今まさにレットを撃ち殺そうとしている男に向けて発砲した。
パン。
薬莢がカラリと床に落ちる。
拳銃を撃つのは初めてではない。
母ベアトリクスがまだ元気だった頃、撃ち方や構え方を教えてくれた。
「役に立つときがくるのかしら」なんて笑っていたが、本当にその時が訪れるとは。
ロキシーの撃った弾は男の腕を撃ち抜き、銃を落とさせることに成功する。
予想もしなかった攻撃に、男たちに隙ができた。
「レット!」
拳銃を床に滑らせる。
彼は目を見張るが、瞬間、何が起こったのか察知したらしい。受け取ると、男たちめがけて数発撃った。
うめき声を上げて襲撃者たちは倒れた。即死ではないが、痛むのだろう。戦い慣れてはいないらしい。瞬間的に戦意は喪失している。
レットは階段を駆け下り、二人に近づくと、彼らが落とした銃を遠くへと蹴る。そのまま一人の額に銃口をあてがった。
「言え! なぜ襲った!」
その剣幕に、自分に向けられている訳でもないのにロキシーは思わず恐怖した。女王の記憶が蘇る。処刑台の寸前、こちらに向けられた、あの瞳――。
考えを振り払うと、立ち上がる。心臓はまだ熱く脈打っているが、体は正常に動く。
「吐かないなら、貴様を殺してもう一人に尋ねるまでだ」
ロキシーは冷静に彼らを観察した。
襲撃者の格好はあまり裕福とは言えなかった。金のない農民か町人か。
(お金目当ての強盗? それとも、お父様に恨みを持っているのかしら)
だけど、彼らは娘を探していた。モニカかロキシー、どちらかに用事があるのだ。
当然ロキシーはその男たちに見覚えはない。だがモニカの知り合いとも思えなかった。どこかで恨みを買われたのだろうか。
レットは立ち上がったロキシーに気が付くと、横目で見上げる。
「ロクサーナ様。お部屋へ戻っていてください」
そうさせてもらおうかしら、と思った時だった。物陰に、蠢く陰が見えた。男だ。
銃口に弾を込めるような動き。
ちょうどレットの後方。
彼は気が付いていない。ロキシーは銃を持っていない。撃つことができない。
「後ろよ!」
声に反応し、レットは振り向きざまに撃った。だが物陰の男の方がわずかに早かった。
陰から体を現すと、レット向けて拳銃を撃つ。男の銃弾は、その腹を撃ち抜いた。
「レット!」
レットの体は力なく床に崩れ落ちる。生きているのか死んでいるのかも分からない。目を閉じ、ぴくりとも動かない。
撃った男がこちらに目を向ける。ロキシーと目が合う。どろりとした、濁った目だ。だが異様にぎらついている。
ロキシーにできること。
それはただ逃げることだった。
玄関は塞がれている。なら二階の窓からだ。木の幹を伝ってならば降りられるはずだ。
背を向けて走り出す。ちらりと見えた男の銃は先込め二連発式の小型拳銃に見えた。
レットを撃つのに一発使ったとしても、もう一発撃てる余地はあるはずだ。しかし男は撃ってはこない。代わりに、逃すまいと追ってきた。
大の男に少女の足が敵うはずもなかった。背後からさながら抱きしめられるように捕まえられる。
「きゃあ! むぐ」
大声を出させないためか口に布を被せられる。手足も素早く縛られる。
「んー!」
ロキシーの体はいとも容易く抱え上げられた。男の腕から逃げようと暴れるが、まるで効果はない。
「こっちの娘じゃなかったら、とんだ手間だ」
我が物顔で悠々と階段を降りる男は、怪我をしている仲間に近づく。
「立てるか」
「む、無理だ」
一人がそう答える。男は頷くと、弾をもうひとつ込め――ロキシーにとってはまるで理解しがたいことに――なんの迷いもなく仲間たちの頭めがけて撃ち込んだ。
頭の中身をまき散らしながら、彼らは絶命する。抵抗もない。まるではじめからそういう取り決めであったかのように。
あまりの光景に、悲鳴さえ出ない。
ロキシーを抱える男はそのまま玄関を出ようとする。刹那。
「待て!」
息を吹き返したレットが、撃たれた腹を抱えたまま、立ち上がる。腹を押さえる手には、あまり意味が無さそうだ。赤い液体がしたたり落ちていくから――。
「その娘から、手を離せ……!」
男が舌打ちをして、拳銃を向け引き金を引く。
しかし何も出ない。弾は先ほど使っていたようだ。代わりにレットの頭を殴りつけた。
またしてもレットは床に転がる。
彼が死んでしまう。
そう考えただけで、心の中に激しい熱が生まれた。怒りなのか、悲しみなのか。もう二度と、彼を失いたくないのに。
だが、だからといってロキシーにはどうすることもできなかった。