表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断頭台のロクサーナ  作者: さくたろう/「悪女矯正計画」1&2巻発売中
第一章 首を切られてわたしは死んだ
21/137

戦争がやってきて、弟は銃を握る

「ロクサーナ。貴女は歴史に名を残すだろう、稀代の悪女として」


 処刑台へと昇る階段の手前で、オレはロクサーナに話しかけた。

 そうせずにいられなかったのは、あまりにも凛とした彼女の表情を、崩したかったからかもしれない。彼女に殺された者たちの無念を、分からせたかったせいかもしれない。


「女王と偽り、国を混沌と血の海に放り込んだのだから。地獄で罪を後悔するがいい」


 だが、予想に反して、じっとこちらを見つめ返してくるその澄んだ瞳に、怯えの色は少しも見えない。

 それどころか、彼女はにこりと微笑んでみせたのだ。


「ごきげんよう。そしてさようなら、ルーカス・ブラットレイ。先に地獄で待ってるわ」


 死の間際にしてあまりにも完璧な。


 なんて――……。


 言葉が出なかった。


 ――なんて、美しい人なんだろう。


 その正義を、今まで疑ってなどいなかったのに、初めて疑問を抱いた。

 彼女を殺すことが、本当に正しいのだろうか。だって彼女はオレと同じで、まだ十七歳だ。その彼女が、いくら極悪非道だったからと言って、こんな、こんな――。


 女王を殺せと民衆が叫ぶ。狂気と歓喜に満ちた瞳を残虐に輝かせながら。


 彼女が断頭台の階段を登っていく。

 人々の憎悪と好奇が入り交じる。


 彼女の首が飛ぶ。


 彼女の首を拾い上げたフィン・オースティンとマーティ・マーチンは、声高らかに新たな時代の幕開けを宣言した。


 最期の彼女の姿が、いつまでも目の奥にこびりついていた。断固たる意思の中に、計り知れない絶望と、深い悲しみが滲んでいたから。



 ◇◆◇



 ルーカス・ブラッドレイは、自分の悲鳴で飛び起きた。


(なんだ今の夢は、オレがロキシーを殺すなんて、あり得ない!)


 姉と離れて不安になっているせいに違いない。おまけに今のこの状況、精神がイカれてもおかしくはない。

 だが、夢と言い切るにはあまりにもリアルでショッキングな内容だった。

 第一、フィン・オースティンやマーティ・マーチンなんて奴らを知らない。だから今のは妄想だ。


 だけど体が震えている。恐ろしかった。


「君、大丈夫か?」


 息つく暇もなく体を揺さぶられ、立たされた。現実に、ルーカスは戻された。家々が燃えている。悲鳴と怒号が響き渡る。


 突如巻き起こった敵の攻撃から逃げる途中で転び、気を失っていたらしい。


「大丈夫だ、助けてくれてありがとう」


 涙を拭い、頷いた。相手は褐色の肌が印象的な青年で、鋭い眼光と纏う野生的な空気に豹を彷彿とさせた。

 だがルーカスは、彼に既視感を覚える。即座に打ち消す。あり得ない、初対面のはずだ。


「ならよかった。皆、町外れまで逃げてるようだよ。僕は女の子をナンパしてたら逃げ遅れちまってさ。

 君、一緒に逃げようぜ」


 騒乱の中だというのに、青年はまるで買い物にでも誘うような軽い口ぶりだ。

 と、きゃあと一際大きな悲鳴が聞こえる。青年はルーカスの体を掴むと、建物の陰に引っ張り込んだ。同年代よりも体の小さなルーカスは、悔しいがひょいと抱えられてしまうのだ。

 

 青年は壁の角から顔を出す。ルーカスも遅れて伺った。


 兵士が女に襲いかかっているのが見えた。


「……どさくさに紛れて、ああいう奴らがいるんだ。どんなに美しい言葉で塗り固めたって、人間なんて、皆、根が腐ってるのさ」


 青年は自分のものらしい拳銃を取り出すと、迷うことなく兵士目掛けて撃った。だが外れる。


「やばいな、気づかれちまった」


 兵士たちは、はっきりとこちらを見た。口々に罵り言葉を叫び、小銃を構える。


 それが敵国か自国の兵士かなど、ルーカスにはどちらでもよいことだった。

 母ベアトリクスなら、女性を無理矢理襲う人間を許さなかっただろう。その心根を、ルーカスもまた受け継いでいた。


「貸してくれ!」


 考える時間はない。迷ってたらこっちが殺されてしまう。青年から拳銃を引ったくると、兵士たちに向けて順番に放っていった。


 ベアトリクスからロキシーとルーカスは同時期に銃を習ったが、ルーカスの方が才能があった。


 人を撃ったのは初めてだった。罪悪を感じないのは、正義だと信じているからだった。


「……もういい、もういいよ。弾はもう出てない」


 やがて青年に銃を撃つのを止められるまで、ルーカスの指は引き金を引き続けた。

 青年は、ルーカスに向けて目を細める。


「すごい腕だね。皆、殺しちまったよ」


 女の姿はもうなく、あるのは血を流す兵士の死体たちだけだった。

 肩で息をしていた。ベアトリクスがいたら、よくやったと褒めてくれただろうか。分からない。彼女は死んだから。


 青年はルーカスから銃を受け取った後で、また笑った。そして次に告げられた言葉に、ぶったまげたのはルーカスの方だった。


「僕はマーティ・マーチン。この街の住人じゃないんだけど、偶々、田舎に遊びに来ててさ」


 衝撃に、叫び出しそうだった。


 マーティ・マーチン。

 彼とは初対面のはずだ。見かけたことさえない。

 にも関わらず既視感があったのは、ロキシーを殺す夢の中で、共に革命軍に所属していたからだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ