戦争がやってきて、弟は銃を握る
「ロクサーナ。貴女は歴史に名を残すだろう、稀代の悪女として」
処刑台へと昇る階段の手前で、オレはロクサーナに話しかけた。
そうせずにいられなかったのは、あまりにも凛とした彼女の表情を、崩したかったからかもしれない。彼女に殺された者たちの無念を、分からせたかったせいかもしれない。
「女王と偽り、国を混沌と血の海に放り込んだのだから。地獄で罪を後悔するがいい」
だが、予想に反して、じっとこちらを見つめ返してくるその澄んだ瞳に、怯えの色は少しも見えない。
それどころか、彼女はにこりと微笑んでみせたのだ。
「ごきげんよう。そしてさようなら、ルーカス・ブラットレイ。先に地獄で待ってるわ」
死の間際にしてあまりにも完璧な。
なんて――……。
言葉が出なかった。
――なんて、美しい人なんだろう。
その正義を、今まで疑ってなどいなかったのに、初めて疑問を抱いた。
彼女を殺すことが、本当に正しいのだろうか。だって彼女はオレと同じで、まだ十七歳だ。その彼女が、いくら極悪非道だったからと言って、こんな、こんな――。
女王を殺せと民衆が叫ぶ。狂気と歓喜に満ちた瞳を残虐に輝かせながら。
彼女が断頭台の階段を登っていく。
人々の憎悪と好奇が入り交じる。
彼女の首が飛ぶ。
彼女の首を拾い上げたフィン・オースティンとマーティ・マーチンは、声高らかに新たな時代の幕開けを宣言した。
最期の彼女の姿が、いつまでも目の奥にこびりついていた。断固たる意思の中に、計り知れない絶望と、深い悲しみが滲んでいたから。
◇◆◇
ルーカス・ブラッドレイは、自分の悲鳴で飛び起きた。
(なんだ今の夢は、オレがロキシーを殺すなんて、あり得ない!)
姉と離れて不安になっているせいに違いない。おまけに今のこの状況、精神がイカれてもおかしくはない。
だが、夢と言い切るにはあまりにもリアルでショッキングな内容だった。
第一、フィン・オースティンやマーティ・マーチンなんて奴らを知らない。だから今のは妄想だ。
だけど体が震えている。恐ろしかった。
「君、大丈夫か?」
息つく暇もなく体を揺さぶられ、立たされた。現実に、ルーカスは戻された。家々が燃えている。悲鳴と怒号が響き渡る。
突如巻き起こった敵の攻撃から逃げる途中で転び、気を失っていたらしい。
「大丈夫だ、助けてくれてありがとう」
涙を拭い、頷いた。相手は褐色の肌が印象的な青年で、鋭い眼光と纏う野生的な空気に豹を彷彿とさせた。
だがルーカスは、彼に既視感を覚える。即座に打ち消す。あり得ない、初対面のはずだ。
「ならよかった。皆、町外れまで逃げてるようだよ。僕は女の子をナンパしてたら逃げ遅れちまってさ。
君、一緒に逃げようぜ」
騒乱の中だというのに、青年はまるで買い物にでも誘うような軽い口ぶりだ。
と、きゃあと一際大きな悲鳴が聞こえる。青年はルーカスの体を掴むと、建物の陰に引っ張り込んだ。同年代よりも体の小さなルーカスは、悔しいがひょいと抱えられてしまうのだ。
青年は壁の角から顔を出す。ルーカスも遅れて伺った。
兵士が女に襲いかかっているのが見えた。
「……どさくさに紛れて、ああいう奴らがいるんだ。どんなに美しい言葉で塗り固めたって、人間なんて、皆、根が腐ってるのさ」
青年は自分のものらしい拳銃を取り出すと、迷うことなく兵士目掛けて撃った。だが外れる。
「やばいな、気づかれちまった」
兵士たちは、はっきりとこちらを見た。口々に罵り言葉を叫び、小銃を構える。
それが敵国か自国の兵士かなど、ルーカスにはどちらでもよいことだった。
母ベアトリクスなら、女性を無理矢理襲う人間を許さなかっただろう。その心根を、ルーカスもまた受け継いでいた。
「貸してくれ!」
考える時間はない。迷ってたらこっちが殺されてしまう。青年から拳銃を引ったくると、兵士たちに向けて順番に放っていった。
ベアトリクスからロキシーとルーカスは同時期に銃を習ったが、ルーカスの方が才能があった。
人を撃ったのは初めてだった。罪悪を感じないのは、正義だと信じているからだった。
「……もういい、もういいよ。弾はもう出てない」
やがて青年に銃を撃つのを止められるまで、ルーカスの指は引き金を引き続けた。
青年は、ルーカスに向けて目を細める。
「すごい腕だね。皆、殺しちまったよ」
女の姿はもうなく、あるのは血を流す兵士の死体たちだけだった。
肩で息をしていた。ベアトリクスがいたら、よくやったと褒めてくれただろうか。分からない。彼女は死んだから。
青年はルーカスから銃を受け取った後で、また笑った。そして次に告げられた言葉に、ぶったまげたのはルーカスの方だった。
「僕はマーティ・マーチン。この街の住人じゃないんだけど、偶々、田舎に遊びに来ててさ」
衝撃に、叫び出しそうだった。
マーティ・マーチン。
彼とは初対面のはずだ。見かけたことさえない。
にも関わらず既視感があったのは、ロキシーを殺す夢の中で、共に革命軍に所属していたからだった。