ふてくされた妹に、わたしは一応謝られる
咳き込む音が聞こえてロキシーは目を覚ました。雨は上がり外は明るい。
レットはシャツを着ていた。ロキシーを見ると、いつものように笑みを浮かべる。もう平常運転らしい。
「おはようございます、ロクサーナ様。馬があるそうですよ、乗って帰りましょう」
それからほんの少しだけ真剣な顔になる。
「……それとも、このまま本当に二人で逃げてしまいましょうか」
ロキシーは彼の冗談で初めて笑った。
「ありがとう。だけどあなたの言うとおり、ひとまずお父様とのところに帰るわ。きっと心配させてしまったから。だけど――」
不安はあった。
それはもちろん、妹に対しての。
「モニカはわたしが嫌いなの。面と向かって言われたから確かよ。帰るのが億劫なのは、そのせい」
「気にしなくていいのでは?」
浮かない表情のロキシーに、レットは言う。
「あなただって言っていたじゃありませんか? 好きと嫌いはよく似ていると。大丈夫ですよ、存外、味方というのは簡単にできるものです。私とかね」
◇◆◇
レットに伴われ家に帰ったロキシーはオリバーに抱きしめられ、少し叱られた。一晩中雨の中を探し続けていたらしい。
「……ごめんなさい、お父様」
「心配をした。だが、無事で良かった」
体を離した後で、オリバーは物陰に声をかける。
「隠れていないで出てきなさい」
すると廊下の陰から、仏頂面のモニカが現れた。
「言うべきことがあるだろう」
父に顔を向けた彼女は口を尖らせたまま、喚く。
「わたくし、知らなかったのよ! ルーカスが行方知れずになってるなんて!」
だが厳しい口調で、オリバーは言う。
「それだけじゃないだろう」
「……ロキシーが出て行くことを歓迎するような言い方をして悪かったと思っていますわ、お父様」
「謝るべき相手は私ではないはずだ」
「ほんの少し、言い過ぎてしまったという自覚はあるわ、ロキシー」
「モニカ! ロクサーナに謝れと言っているんだ!」
遂にオリバーが大声を出すと、モニカはしぶしぶロキシーを見た。
絶対に迎合などしない挑むような瞳で、憮然とした顔にも小さな声にも少しも悪いとは思っていないことが現れてはいたものの、それでもこう言った。
「ロキシー……ごめんなさい」
だが不意に瞳がギラリと光り、はっきりと告げる。
「だけど、心配しなくてもルーカスは生きているわ」
ロキシーは驚いてモニカを見た。
彼女の目は確信に満ちている。もしや慰めてくれているのだろうか。
(なら、お礼を言うべき?)
彼女に向かって口を開きかけた瞬間、後方でドサリと物が倒れる音がした。
振り返ると、レットが床に手を付いている。ふらつき倒れたらしい。慌てて駆け寄り起こそうと体を触る。その熱に驚く。
「レット! 体が熱いわ」
「……大丈夫です、なんともありません」
だが彼の顔色はひどく悪い。心配していたとおり、風邪を引いたのだ。オリバーがレットに肩を貸し、体を支える。
「報告は後でよい。屋敷で休め」
「いえ、大佐、帰ります」
「娘を助けたせいで倒れたお前を、看病もせず帰したとなると我が家の沽券に関わる。私に気を遣うなら、言うとおりにしろ」
レットはなおも考え込んだ様子の後に、こう言った。
「……では大佐、後でお話が。お戻りまで待っていてもよろしいでしょうか」
「わがままを言って家を飛び出したから、あなたに病気を与えることで神様がわたしを罰したんだわ」
空き部屋のベッドに横たわるレットの隣にロキシーはいた。父は仕事へ、モニカはロキシーがレットの側にいると分かるとこの部屋に近寄らなかった。
「……私が風邪を引くことが、あなたの罰になるのですか?」
「なるわ。あなたは友だちだから」
当然そう答えると、レットはどこか自虐的に笑う。
「あなたのせいではありませんよ。私はこのところ、柄にもなく色々なことを考えすぎて、脳みそが過熱状態にでもなったんでしょう。風邪が移ってしまいますよ、お部屋へお戻りください」
「ゆっくり休んでね。本当に、ありがとう。ごめんなさい」
そう言って、そっと彼の髪を撫でた。




