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前編 一番はじめの、彼女の話

思いついてしまったので、蛇足かな、と思いつつ番外編です。

お読みいただけると嬉しいです。

一番初めの世界のモニカの話です。

「その指輪、いつも着けているのね」


 モニカがそうレットに声をかけたのは、二人きりで夜、酒を飲んでいる時だった。彼の指には、いつもその金の指輪が嵌められていた。金ならあるだろうに、彼の服装には似つかわしくない、安物のように思えた。

 レットは初めて自分の指にそれが嵌っていることに気がついたかのように束の間凝視し、さほども興味がなさそうに言う。


「願いを叶える魔力があるそうですよ」


 モニカは眉を顰めた。


「あなたの口から、それほど迷信めいた言葉が出るなんて意外だわ。現実主義者だと思っていたから」


 レットは苦笑した。


「さあ、信じているわけではないんですけれどね。なんとなく、癖で着けているんですよ」


 大事なものなのだろうか。彼がロクサーナの側にいた頃から着けている指輪だった。

 もしや彼女からの贈り物ではないのか。そう思い、モニカは堪らず彼に言う。

 

「その指輪、わたくしにくださらない? とても綺麗だわ」


「いいですよ」


 一切の抵抗なく、レットは指輪を外してモニカに渡した。それはモニカには大きく、どの指にも馴染まない。指輪は思った通り金メッキで、露天で売られる安物だ。


(男物だわ。レットが自分で買ったのかしら。彼らしくないように思えるけれど)


 そう思いながらも笑いかけた。


「鎖につけて、首から下げておくようにするわ」


 彼もモニカに、笑い返す。だがその笑みは、表面的なものに思えた。

 彼の囁く愛は心からのものではない。

 モニカが望むものではなかった。

 モニカは気付いていた。彼自身が気づかぬ感情に。


 モニカは彼を愛していた。子供の頃は兄のように慕い、成長してからは恋に落ちた。初め、彼が婚約を申し込んだのはモニカに対してだった。だがそれに嫉妬したロキシーが、彼を手に入れてしまった。あまつさえ、女王の座さえ、彼女は手中に収めてしまった。

 彼と彼女の間に、実際、どのような関わりがあったのかを、モニカは知らない。


「ロキシーの月命日がそろそろやってくるわね」


 そう声に出した瞬間、初めてレットの顔から仮面が剥がれ、表情が戻る。瞳が揺れ、迷い子のように救いを求めた。

 だがそれも一瞬のことで、すぐにいつもの張り付いたような笑みを浮かべた。

 

「……そうですね。国民は祝うでしょう」


 ――取り繕っているつもりかしら?

 この人も、わたくしと一緒だわ。とモニカは思った。


 恋しくて、恋しくて、堪らない。彼女のあの、燃えるような愛情が。

 考えるのは、いつもロクサーナのことだった。


 子供の頃は、いつも一緒だった。真心で結ばれた、本当の絆が確かにあった。自分自身と見間違うほどに、モニカは彼女を愛していた。


 ロキシー、どうしてわたくし達は壊れてしまったの? どうして、どうして――? 会いたいわ。会いたい……。


 彼女を失ってから、そればかりを考えた。

 だがそれを、言葉には出せない。代わりに、別のことを言った。


「わたくしがいない時、フィンと議場で言い合ったと聞いたわ。彼はわたくしの幼馴染だから、丁重に扱ってくださる?」


 レットは優しく微笑んだ。きっと多くの女性を騙してきたであろう、完璧な笑みで。


「それは失礼いたしました。つい、二人共熱くなってしまいまして。以後、気をつけます」


 ふう、とモニカはため息を吐く。


「今夜、わたくしのお部屋へ来てくださらない?」


「申し訳ありませんモニカ様。本日、この後会食の予定がありまして」


「聞いていないわ。わたくし抜きで?」


「ええ。わざわざモニカ様が会っていただくほどの者ではありませんから」


 勝手が過ぎる。だがまたしても、それを言葉にはできなかった。

 彼の固く閉ざされた心を、こじ開けることはモニカにはできない。


「わたくしを愛しているんでしょう?」


「ええ、もちろんですよ」


 彼の本心は、やはりモニカには分からなかった。


 

 ◇◆◇



 モニカが彼の本心を知ったのは、それからしばらく後のことだった。久しぶりに二人で昼食を摂っていた時のことだ。モニカは突如、血を吐いた。

 毒見係はいるはずだ。彼等が倒れたという話はない。モニカは、信じられない思いでレットを見た。彼は冷たい表情で、床に倒れたモニカを見下ろす。


(この男が――!)


 つい先日、モニカはフィン・オースティンとルーカス・ブラットレイと懇談を持った。以降、彼等の話をよく聞くようになった。それからレットに言ったのだ。平民の意見も取り入れていくべきではないかと。


 死を前にして、モニカはようやく悟った。

 

 この男が、ロキシーを操っていたに違いない。

 だってロキシーは、モニカを愛してくれていた。そのロキシーが、自ら女王になることを望むはずがない。愛に飢えたロクサーナに、彼が偽りの光を見せた。

 彼が愛を囁いて、ロキシーと婚約を結んだんだ。ロキシーが彼を奪ったわけじゃない。蝙蝠のように立ち回ったのは、この男だったのだ。


(可哀想な、ロキシー。あなたのことを、心から愛していたのは、わたくしだけだったのに、こんな男に騙されて)


 だがモニカもまた同じだ。ロクサーナ、彼女だけがモニカを愛してくれていた。

 毒が全身に回る中、モニカの脳裏に蘇ったのは、幼い頃のロキシーの笑顔だった。


 ――約束よ。ずっと一緒って! 

 ――うん! ずっと一緒にいようね!


 少女たちは笑い合う。

 モニカはロキシーがとても好きだった。とてもとても、好きだった。

 あの頃二人で過ごした日々だけが、モニカにとってかけがえのない愛だった。二人共、それに気づくことができずに、時代と運命に翻弄されて、死ぬなんて――。


(だけど、この男だって、とても間抜けだわ)


 渾身の力を振り絞り、レットに言った。


「あなたは、ロキシーを、愛していた、くせに」

 

 言った瞬間、口からごぼりと血が吐き出された。モニカは笑いながら、呪いの言葉を吐いた。


「あなたは、決して、幸せには、なれない。未来永劫、苦しみ抜くのよ」


 モニカは笑う。笑い続けた。


(愛する人を手にかけたことに、彼はいつになったら気づくのかしら? 気付いた時に、彼の地獄が始まるのよ)


 早くその日が訪れて、彼が苦しむのが待ち遠しい。

 首から下げられた金色の指輪が、モニカの血を浴びて赤く輝いた。それに触れ、思う。


(願いを叶えてみなさいよ。あなたにそれができるのなら)


 目が霞み、思考が曖昧になっていく。モニカは、死の間際まで願い続けた。

 

 ロキシーを、わたくしだけのものにしておきたい。

 可哀想な彼女を、わたくしの世界に閉じ込めて、ずっとずっと、二人で生きていくの。二人だけの愛の中で、誰にも邪魔されない幸福を得るんだわ。

 いつまでも、彼女と一緒に生きていきたい。いつまでも、いつまでも――。


 モニカの頬から流れた涙が、指輪を握る手に落ちた。

 かくして願いは遂げられる。






お読みいただきありがとうございます!

どうして彼女らの世界が繰り返されたのかというと、モニカとロキシーが互いに対して抱く依存と愛情と後悔によるもので、彼女らが互いから自立し解放されるまで繰り返しが続いたという設定を考えていました。指輪の能力は深掘りしませんが、この番外編のキーアイテムとして登場させています。


次はレットの話を予定しています。書けたら投稿します。番外編はそれでおしまいです。

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